第2話 偶然のネタ
今の世界には神がいる。
神と言う存在が忘れられていく現代を恐れた神がその力を示して存在をアピールしたのだ。
神は信仰と認識を集めなくては存在を保てないらしい。
その一環として、我々には特殊な力を与えられて世界にはダンジョンが用意された。
自分の力に適したダンジョンならば死ぬ事は無い。そのくらい人間有利だった。
ダンジョンの資源、それらは最初は高額だった。
だがそれも長くは続かない。今では高ランクダンジョンの素材などを除いてそこまで高値で売れる物は手に入らない。
だからこそ、ダンジョンをエンタメとして扱い広告収入などでお金を稼ぐ配信者が増えだした。
ダンジョンの資源と配信の2つで金を稼げる。しかも成功すれば普通に働くよりも稼げる。
だから俺もダンジョン配信をしている。中学卒業と同時に。
入院中の母に代わり賢い妹と弟を不自由なく立派な大学に入れるためには金が必要なのだ。
タイムハンター:くろきん、として俺は活動している。
チャンネル名の由来は俺のフルネームが
頭にカメラを装備して、ライブ配信を始める。
「Dランク、コボルトダンジョン、RTA攻略始めます」
“自称RTAまだやってんの?”
“ボス倒せないのに最速攻略は無理ある”
“辞めちまえ”
“待ってた”
“アンチは気にすんな”
“頑張れよ”
“コイツの何がおもろいの?”
“意味わからん”
手厳しいコメントが多い。
「まぁ。早速始めます」
ゲートを通って、俺は走り出す。
「【アーカイブ】『マップ』」
ホログラム映像で立体的なダンジョンの構造地図が虚空に現れる。
道に赤い線が引かれており、そこを俺が通る。
これが俺の能力の一つ。
神は人に加護と能力を与える。
加護は神託を聞ける者に与えられる。神託が聞こえる神が複数いる場合、一神を選んで加護を与えてもらう事になる。
俺は4歳の頃に神託が聞こえ、神メーティスから加護をいただけた。
『情報分析』『情報記録』の加護である。
そして扱える能力は【アーカイブ】【鑑定解析】である。
情報を鑑定し分析した上でその情報をまとめる事ができる。
簡潔にゲーム的にまとめると、加護はパッシブスキル、能力はアクティブスキルに当たる。
情報関係なら有用な能力だが、戦闘能力は無い。
俺にボスを倒せる実力が無いため、RTAだけどボスは倒せない。
ボス部屋の前まで行って終わっている。
この能力、ぶっちゃけると1人いれば十分だし、ネットで調べれる情報が大半なのでかなりの不遇。
それでも俺はモンスターの出現位置、トラップの配置や効果範囲、発動条件など。
それらを調べあげパターンを見つけ出し、最速攻略と言うエンタメ満載の要素を詰め込んで配信を始める事にした。
この方が、普通に働くよりも沢山稼げると思ったから。
⋯⋯結果はコメントのようにそこまで伸びず登録者は2万人。
RTAと言う目新しさはあったらしいが、やはりボスを倒さないと言う肩透かしは痛かった。
でも諦めずにここまで来ている。今更学歴も社会経験も無い俺では役に立てない。
それに、ボス部屋までの最短でも許して、好きでいてくれる人はいるのだ。
「そろそろ必須戦闘に入ります」
今までモンスターとのエンカウントが無く、2階までやって来れた。
行動パターンなどを全て把握していれば、どの時間にどのタイミングで移動すれば良いのか計算できる。
それに練習もちゃんとしている。
問題無く進めている。
「良し。計算通り1体のコボルトだ」
戦闘能力は無い。だけど、それは特殊能力に関してだ。
最低限の肉体と技術は有しているつもりだ。⋯⋯それでも、コボルトでも命がけなんだが。
俺は短剣を抜いて、懐からビー玉サイズのアイテムを取り出す。
コボルトは鼻が良い。だから俺の存在にもすぐに気づく。
「喰らえ!」
玉を投擲して、コボルトの顔面に見事に命中。
それは爆ぜるとカラスも逃げ出す臭い煙を放出する。
ヘドロケツのガス玉、スカンクのようなモンスターの悪臭を溜めた煙玉だ。お値段なんと1200円。
その悪臭により鼻の良いコボルトは簡単に怯み、行動が荒っぽくなる。
“十八番のガス玉!”
“これを見るためだけに来てる”
“急いで倒すんだ!”
“普通に倒せない時点で終わってるわ”
“コボルトは弱いモンスターなんだよなぁw”
“コイツの攻略タイム後日更新するww”
“それが誰もできてないんだよなぁw”
“無知は帰ってもろて”
コボルトは荒っぽい攻撃の時、背後の警戒が疎かになる。
だから、背中から回って首を斬る。
モンスターの血肉は魔力となってダンジョンに吸収される。吸収されない不要とされた魔力の塊である魔石を落としてくれる。
これが換金アイテム。一応拾って先へと進む。
「ははは。この臭いでまたしばらく妹から苦言を強いられる!」
“ガス玉の欠点って本当にそれよな。臭いが落ちん”
“それの使用許可が降りるだけ妹ちゃん優しい”
“余裕そう”
“普通に戦えてるやん。誰だよボス倒せないとか言った奴”
Dランクダンジョンのモンスターなら、1体だけならば対策していれば倒せる。
ちなみにランクは⋯⋯ F、E、D、C、B、A、S、SS、U、L、Gとなっているので本当に低い。
先へと進んでいると、絶対に通らないといけない道にコボルトを発見する。
「あれ? このポイントは必須戦闘じゃなかったはずだけど」
マップを確認してもやはり違う。
⋯⋯と言うか、このコボルト普通じゃない。
根本的に何かが違う。
「【鑑定解析】」
エルダーコボルト⋯⋯コボルトの上位種?
ランク的にはC。本来はこのダンジョンじゃ現れない。
“なんでエルダーさんが?”
“おいおい詰んだよ”
“くろきんの逃げ足ならワンチャン?”
“逃げ足は速いぞ。トラップ利用するからな”
“画面端なんか居ない?”
“うわ。血!”
“くろきんの配信中々血が出ないのに⋯⋯あちゃ”
“イレギュラーなんかな? 南無阿弥陀仏”
俺の言葉にエルダーコボルトが反応して、こちらを向いた。
「うげ怖っ」
俺よりでかい身長。立派な剣。
「うん。無理無理。逃げよう!」
「⋯⋯ぇ」
小さな声が聞こえた。本当にかすれ消えるような声。
情報を確認する。個人情報とかそんなのは基本分からないけどね! 神様パワーでね!
「⋯⋯生きてるか」
このままこの人を囮にして逃げる手が最善策。
しかし、生きていると分かった上で見捨てるのは炎上不可避か。
俺は善人でもヒーローでもない。
見捨てたら数日は後味悪いけど、その選択肢はある。俺にも家族がいる。死にたくないのだ。
「まぁでも⋯⋯私情を抜きにしたら戦うしかないよな」
念の為に地形を把握してたらカメラを発見した。彼女も配信者。
こんなの、RTA(笑)を投げ出してでも拾いたい偶然の『ネタ』だろう。
勝てるかは⋯⋯怪しいが。
「やるだけやってやる」
短剣を抜いて構えると、戦闘の意思を汲み取ってかエルダーコボルトの視線が完全に俺に向く。
「あー。怖い。本当に怖い」
“良く助けるな! さすがくろきん! 正直逃亡するかと”
“ファイトやで”
“情報戦では現状勝ってる⋯⋯でもどうする?”
“相手はコボルトやで。十八番がある”
“カメラあったから探して来ました。ライブしてて。彼女も配信者です。助けてください”
“おやおや。同接が2000人超えた”
“面白くなってきた所?”
“良いね拡散チャンス”
コボルトが俺に向かってかなりの速度で接近して来る。
⋯⋯でも、既に分析は完了している。
相手の攻撃タイミングや予備動作を既に把握している。
「ふぅ」
ジリジリと壁際まで寄り、集中力を高める。
研ぎ澄ました感覚の中、横薙ぎで振るわれる剣を見る。
「そらっ!」
全力のジャンプでギリギリ斬撃を回避。剣は壁に当たり振動は全身に広がるだろう。
怯んだらチャンス。ガス玉をプレゼント。
「バイバイ!」
俺はエルダーコボルトを横切り、女性の方に猛ダッシュ。ガス玉の煙の中から離れた。
距離は大丈夫か。
俺は懐からマッチを取り出す。市販で売られてる普通のマッチ。
「ヘドロケツのガスの特徴⋯⋯」
マッチに火を付け、煙の中に投げた。
「ちょっとした火種で引火し、爆発する!」
火の中にいるエルダーコボルト。かなりのダメージだろう。
「だけど⋯⋯」
エルダーコボルトは火を手で払って俺に突進して来た。そのまま突き刺す気だろう。
「やっぱり威力は低いよね」
簡単に引火するのに火力が低い。買われない理由の一つだ。
「ほっ!」
横に転がって回避っ!
「さてさて。俺に打つ手があると思って貰ったら困るぜ。なんせ俺、情報収集が専門なんでね」
地面に捨てる空き瓶。
煙から逃げるだけならエルダーコボルトを横切ってまで女性の方に行く必要は無い。その後の危険も付きまとうから。
ダンジョンの攻略者は絶対に用意している物、命が懸かっているんだから当たり前の物。
「俺は1本しか買わないから、それしかないよ。
こんな世界だ。
瞬時に傷を癒す液体の薬だってある。もちろん高い!
でも、買わないとダメだって家族から言われたので買いました!
「ありがとう、ございます」
「感謝はいりませんので、どうにかしてくれませんか!」
情けない話、エルダーコボルトの攻撃を躱すので限界!
「私も動けません!」
治ったのは腹の傷だけか!
「でも、サポートはできます。私はサポート専門なので。【
身体の中を熱い何かが駆け巡り、高揚感に包まれる。
宙に舞う複数の紙を相手の攻撃をギリギリで回避しながら短剣で斬る。
魔法陣っぽいのが書いてある。
「【
短剣が光り輝いた。
「これなら!」
エルダーコボルトの攻撃を回避し、相手のアキレス腱を狙って振るう。
「ははっ! 何だこれ!」
本当にコボルトかよ。
豆腐を切る様にあっさりと切り裂けた。
“え、弱い?”
“くろきん強”
“あれがレイちゃんの力じゃ!”
“すげぇ。エンチャントってバフ能力の最上位だっけ? すげぇなマジで”
倒れたコボルトのトドメもあっさりと刺せた。
「凄い力だ」
「はい。ですが⋯⋯7重もしちゃうと」
バリン、と高値で購入した愛剣が砕けた。
「へ?」
「⋯⋯その。助けてくれて、ありがとうございます!」
美人な女性のお礼と笑顔。そんなのは届かない。
「剣があああああああああああ!」
この1件がネットで拡散され、プチバズりしている事を今の俺達は知る由も無かった。
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