第12話 side莉耶『日常の1ページか2ページ』

 1時間36分43秒までタイムを縮める事に成功した。おかげで空は黒のベールに包まれていた。


 「ぜぇ。ぜぇ」


 「大丈夫か?」


 「大丈夫だと、思う? 何回もやるんだもん。もう動けない」


 「お疲れ様」


 剣が全て砕けたため、帰りの荷物は行きよりも軽くなっている彩月さん。


 俺は採取したアイテムがあるので増えている。


 彩月さんの方が多めになるように戦利品を分けて、帰る事にする。


 「今日は本当にお疲れ様でした。同接も最大4000人突破の大快挙。登録者も2000人を超えたしね」


 「⋯⋯低評価多いけど」


 「あるあるだから」


 「そんなあるある嫌だ!」


 軽く休憩してから、帰路に着いた。


 「幸時」


 「何ですか?」


 「またよろしくね」


 「こちらこそ。彩月さん」


 「⋯⋯ダンジョンの外で敬語意識されると気味悪いんだけど」


 「それもそうですね〜」


 「あれ? これってからかわれてる?」


 家に帰る前に、寄り道をした。


 病院であり、母の見舞いに来た。


 「こんばんは母さん。最近会いに来れなくてごめん」


 母さんの寝顔を見ながら、近況を話してから帰る。


 「早く元気になってね」


 徐々に衰弱して行き、腕などが細くなって行く母親。


 目頭が熱くなるのを感じながら、家に到着。


 中に入ると、不機嫌そうな愛する妹様が仁王立ちしていた。


 「遅いんだけど。今何時だと思ってるの?」


 「⋯⋯8時です。ただいま」


 「おかえり」


 母の見舞いに1時間程掛けた。だけどそれを言うのはズルいので言わない。


 「はぁ。全く」


 悪態を吐いてから、キッと睨んだ後にキッチンに向かう。


 「今から作るから先風呂入って」


 「ありがとう」


 「誠意は言葉じゃなくて行動で表して欲しいんだけど」


 「お小遣いいくら欲しい?」


 「バカにしてる?」


 「ごめんなさい。次回はしっかり帰ります」


 「ふんっ!」


 シャワーを浴びて身体を洗い、風呂に使って足や腕をマッサージする。


 「次のダンジョンはどうしよっかなぁ」


 晩御飯は美味しかったなり。


 「竜也、ただいま。遅れてごめんな」


 「おかえり。晩御飯の時間がズレただけだから。それじゃ。俺は部屋に行く」


 「兄ちゃんその前に風呂入って」


 「うん」


 兄二人、妹には頭が上がらない。


 家事をやってくれている方に何かを言える訳がないのだ。


 感謝を忘れないようにしよう。


 ⋯⋯そして俺は翌日の昼までぐっすりと寝た。


 ◆◆◆


 黒金莉耶、私は5時には起きる。


 朝ごはんと弁当の準備をするためだ。


 料理をするのが好きなので苦ではない。こうして何かをして家族の笑顔やお礼の言葉を受け取ると心の底から嬉しいのである。


 「今日は何時もよりも早く起きちゃったな。兄さんのチャンネルでも観ようかな」


 兄さんはダンジョンって言うところに挑んで配信ってのをしている。


 個人的に辞めて欲しい。


 「⋯⋯何か増えてる。何この女」


 ズキズキと心臓に剣が突き刺さる痛みを感じた。


 兄さんと手を繋ぎ、兄さんに抱かれたりする場面もある。


 「私知らない。何これ」


 怒りとも憎しみとも言えない、感情。言葉にするなら嫉妬だろうか。


 「はぁ。朝から不快だわ」


 ただでさえ昨日の兄さんの帰りが遅れて少し気分が落ち込んでいたと言うのに。


 これは今日、きちんと問いたださないといけない。


 朝食と弁当の準備をしている間も兄さんは降りて来なかった。


 部屋の前に行き、ノックしても反応無し。


 ドアを開けて中を確認すると、スースーと可愛らしい寝息を立てて寝ていた。


 「全く」


 カシャッ⋯⋯そんな音が私の右手にあるスマホから聞こえたが気のせいだろう。


 静かにドアを閉めて学校の準備をして、駅に向かった。


 「マヤおっはよう!」


 「うっ」


 ドンッと背中を強く叩いて元気良く挨拶する親友のヒヨだ。


 「おはようヒヨ。相変わらず元気ね」


 「そう言うマヤは少し拗ねてますねぇ。お兄さんが起きなかったとか?」


 私は彼女から目を逸らす。


 「何かもう分かりやすすぎてからかう事もできないじゃない」


 「からかうな!」


 「マヤちゃん可愛いもん。からかいたくなっちゃう!」


 この子と親友辞めようかな。


 私達の友情に綻びが生まれた中、学校に到着する。


 「テニスコート行く?」


 「うん。兄ちゃんが朝練だからね」


 「ついてくぞーシンユー!」


 「兄ちゃんに会いたいだけでしょ」


 「失敬な! それじゃアタシが竜也先輩に近づきたくてマヤの親友になったみたいじゃん! 違うからね!」


 「分かってるよ。行こ」


 「あー! からかったな!」


 「いつもの返しだよ。可愛い子はからかいたくなるんでしょ」


 テニスコートに行くと、試合をしていたらしく兄ちゃんは真剣な顔で戦っていた。


 終わるまで待つ事にした。


 いつも弁当を届けに来ているため、テニス部の面々と顔見知りになったり普通に会話したりする程の仲になっていたりする。


 テニス部エースで女子人気の高い兄ちゃんなので、女子から特に話しかけられる。


 面倒な兄ちゃん目的の女をヒヨが払い除けてくれるから、毎回付いて来てくれる。


 ヒヨがいれば私は面倒な輩に絡まれずに済む。


 「⋯⋯もうテニス部マネージャーになれば?」


 「私は器用じゃないから。勉強と部活の両立はできないよ。それに、私には家事が向いてるし好きだからさ」


 「そっかぁ。美男美女の兄妹、方やテニス部エース、方やマネージャー。そこから始まる⋯⋯」


 余計な事を言いそうだったので柔らかいほっぺを抓って阻止する。


 「真顔で引っ張るなぁ」


 「ふふ。可愛い」


 「へぇ? なんてぇ?」


 「何でもない」


 そんな私達に話しかけて来る男がいる。


 普通の男子生徒ならば遠巻きで見て来るだけなのだが、1名だけ普通に話しかけて来る。


 「おはよう莉耶さん」


 「⋯⋯おはようございます」


 「あのーアタシもいるんですけど?」


 「おっと失礼。日和さんもおはよう」


 「おはようございます先輩」


 ヒヨの裾を引っ張り、身体を引っ付ける。


 視界がグワングワンと揺れて、ボヤけた昔の記憶が蘇る。


 風呂場⋯⋯身体を洗う父親クズ⋯⋯湯船に浮かぶ真っ赤な⋯⋯。


 「今日も美しいねぇまり⋯⋯」


 「わぁ。先輩ナンパですかぁ。アタシ嬉しい! でもごめんなさい。アタシには心に決めた人がいるんです」


 「え、いや」


 「いや〜好意を向けられるのは嬉しいですけどね! あーはっはっは!」


 「ちが⋯⋯」


 「そろそろ試合が終わるぞぉ。さぁブラコンマヤよ配達に行きますぞー!」


 ヒヨとの友情が強固になったのを感じつつ、兄ちゃんに弁当を届けた。


 「いつもありがとうな、莉耶」


 頭をヨシヨシと撫でられる。


 「うん」


 高校生になっても兄に感謝され、褒められるのは嬉しい。


 そんな私は子供っぽいのだろう。


 「絵になるなぁ」


 「日和も毎回付き添いありがとうな。助かる」


 「いえいえ。アタシはマヤのSPですから」


 「そうだな」


 「そこで納得しないでよ。ヒヨ、教室行くよ」


 「あいあいさー。また明日です竜也先輩」


 「ああ。明日もよろしく。莉耶もな」


 「⋯⋯うん」


 体温が上がったのを感じつつ、私達は教室に向かった。


 空気となった男先輩は有象無象と同じく私達を遠巻きに見るだけだった。


 「そう言えばヒヨの想い人って誰?」


 「⋯⋯ただの設定だよ。そんなのいる訳ないでしょ。アタシは恋愛よりも友情を取る男気溢れる女なのですよ」


 「そう」


 「嬉しくなさそう!」


 「凄く嬉しいよ」


 心の底から、ほっとしている自分がいるので間違いない。


 昼の時間。


 「そろそろ兄さん起きてるかな」


 メッセージを送ろうかと考えてから、気分の良い目覚めを邪魔するのもアレかと思い止めた。


 「あの黒金さん。先生からプリント⋯⋯」


 私に手を伸ばす男子生徒⋯⋯反射的にその手を払い除けた。


 パチンっと乾いた音が鳴り響くと談笑に包まれていた教室は静まり返る。


 ヒラヒラと舞い落ちるプリントの音だけが聞こえる。


 数秒して私が何をしたのか理解する。


 「あ、ごめっ! べ、別に君が嫌いとかじゃないから⋯⋯その。⋯⋯ごめん、なさい」


 「い、いや。僕の方こそ⋯⋯ごめんなさい」


 気まずい空気だ。


 「マヤは背後の気配に敏感なのだよ。この顔だよ。超可愛いじゃん? そりゃあもう狙われる訳よ。だから、背中からじゃなくて正面から行ってあげて。常に警戒してるからさ。マヤは悪気とか無いから、許してあげて?」


 「う、うん」


 「ヒヨ⋯⋯私に変な設定付けないでよ」


 「あながち間違ってない! 男なら皆ワンチャンを狙ってるよ!」


 「そんな冗談は止めてよ」


 「冗談じゃないよ。ねっ?」


 私に手を叩かれた男の子に話を振る。


 オドオドとしながら⋯⋯焦った心から口走った。


 「本当にそう思う!」


 「はっきり言うのはちとキモイな!」


 「えぇ〜」


 教室が笑いに包まれる。落ちたプリントを男の子が拾って、ホコリを払ってから机に置いた。


 ヒヨのフォローで気まずい空気が完全に消えた。


 「これ、先生から。これから気をつけるね」


 「えと。本当にごめんなさい」


 「大丈夫大丈夫。僕Mだから」


 「「⋯⋯」」


 「じ、冗談だよ?」


 私は⋯⋯かなりの男嫌いなのかもしれない。






◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


数日お休みします

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