第13話 踏み込んだ関係、歩み寄る関係

 「ん〜良く寝た。そしてもう昼や」


 竜也からの「起きたか?」メッセージに返信して、「こんにちは」の挨拶を返す。


 彼は俺の起きる時間帯を予知するので正直怖い。


 莉耶が用意してくれたご飯を食べて彩月さんに会いに行った。


 いつもの喫茶店は営業時間外なので別のところで集まった。


 「幸時、私気づいてしまったの」


 「うん」


 「こうやって作戦会議の度に何かしらの店を使っていたら⋯⋯出費が激しいと」


 「そうですね」


 「なので、幸時の家に行けない?」


 俺は少し考える事にした。


 俺達の家は戸建てなので広さはあるし、客人を招くのは問題無い。


 しかし、他人を家に上げる行為を好まないのが俺の家族なんだ。


 「難しいかなぁ。ウチは弟と妹が他人を入れるの嫌いなんですよね」


 「他人⋯⋯かぁ」


 「あ! ごめん」


 「いやいや。良いよ。確かに他人だからね。ウンウン。⋯⋯ちょっと傷ついたくらいだから」


 「ごめんなさい」


 「なのでここは奢って?」


 「それはヤダ」


 「チィ」


 舌打ちをしたよこの人。


 「本当にダメ?」


 「難しいな。ある事情で家族の輪に他人が入るのを拒絶するんだよ」


 お金の話から変えました。


 俺達の家族に父親と言う存在がいない事に繋がる話だ。


 何か事情があると分かってくれたのか、彩月さんはそれ以上何も言わなかった。


 「それじゃあ⋯⋯私の家に行く?」


 「⋯⋯マジ?」


 「金も掛からず、涼しい場所って考えるとね。それにある程度の自由がある」


 彩月さんの家で会議できるなら楽ではある。


 しかし、それはどうだろうか?


 俺はこれでも男であり、一人暮らしの女の子の部屋に行くのは⋯⋯。


 もはや犯罪では?


 「私から誘ったからね。幸時が良ければ家に来てよ」


 「⋯⋯良いのか? 女の子の部屋に男が入って」


 「ぶっふ。私18だよ? 女の子って柄じゃないよ。それに幸時は配信などに真剣じゃん? 何か魔が差して悪さしても、私の方が強いし」


 「それは確かに⋯⋯」


 自慢じゃないけど、エンチャントを重ね掛けした彼女ならデコピンで負ける自信がある。


 「そ、それじゃお願いします」


 「緊張するのはキモイから止めて」


 「彼女いない歴イコール年齢ですから」


 「それは私もだから」


 とある地雷を踏んでから、俺は彩月さんの家にやって来た。


 普通のアパートの一室であり、中は俺の想像とは違った。


 何と言うか、普通に一人で暮らしてますって感じの部屋だった。


 殺風景⋯⋯である。


 「何? ピンクくて可愛らしい部屋でも想像してた?」


 「⋯⋯包み隠さず言うのであれば」


 「正直だなぁ。そんな金無いよ。あったらもう少し可愛くしてる」


 「そっか。お邪魔します」


 「邪魔するなら帰って〜」


 「はいよ〜」


 「帰るフリくらいはしなよ」


 「面倒だろ?」


 セリフだけは乗ったのだ。許してくれ。


 指定された場所に腰を下ろして待つと、お茶を出してくれた。


 ソワソワとする気持ちはしばらくあったが、部屋の構造などの情報を把握すると冷静になれた。


 次に行くダンジョンをネットで調べながら意見交換を始める。


 時間は流れて、疲れたので身体を伸ばして軽く休憩すると、彩月さんと複数の人が写った写真が目に入った。


 背景に家があったりしたので家族写真だと推測できる。


 「家族⋯⋯仲良いんですか?」


 俺が半無意識に質問すると、ビクッと身体を震わして見るからに動揺し始める。


 再び地雷を踏んだらしい。


 「私、家出してるんですよ。家族との喧嘩で。仲は良くないですよ」


 「そっか。詮索するつもりは無いけど⋯⋯少しだけ助言する。今の俺の母は病院で寝てるんだ。仕事中に急に倒れてさ」


 「⋯⋯っ」


 「状況は急に変わる。明日も同じ様な生活ができるとは限らない。限りある時間だから、後悔しない選択をするべきだよ」


 「⋯⋯そうですね。その通りだと思います」


 普段は俺が敬語なのに、真逆になっている。


 太陽も沈み茜色が広がる世界。この部屋は夜よりも暗く重い空気に包まれた。


 次の言葉を発するのが躊躇われる時、彩月さんがパンっと手を叩いて明るく言葉を出す。


 「夜も近いですし、晩御飯食べていかない?」


 無理しているのは見るからに分かる。


 普段の明るい笑顔とは違い、作り笑顔だからだ。


 空気を悪くしたのは俺だ。この提案には乗るべきだろう。


 「家族にその旨を伝える。何作るんだ?」


 「カレーにしましょう。カレーを嫌いな人はいないからね!」


 「楽しみだな」


 冷蔵庫を開けると、寒かったのか氷に包まれた。


 「買い物、行くか?」


 「⋯⋯はい」


 俺達はカレーを作るために近くのスパーへと足を運ぶ事にした。


 街道を歩く中、彩月さんが踏み込んだ話をする。


 「私達って配信を一緒にやっているのに、全然お互いの事を知らないよね」


 「詮索するつもりが無いからな。ビジネスパートナー。プライベートは別だろ?」


 「そうだけど。もう少し知った方が良いんじゃないかって。今日みたいに暗い空気になったら配信中やばいじゃん?」


 これ以上溜め込んで辛い思いをしたくない。だから吐き出したいのかもしれない。


 だけど言いたくない、そんな空気を感じる。


 言いたいけど言いたくない、矛盾に支配された彼女。


 「そんな辛い顔してまで話す必要は無い。溜め込んでるモノを笑いながら吐き出せるようになってから、話してくれ」


 「でもさ。それじゃずっと距離があるよ?」


 「そうか? 家に上げるくらいには親しい関係になったと俺は勝手に思ってた。友達じゃんってさ」


 「友達? ビジネスパートナーが?」


 「だってさ。の家は完全なプライベートじゃん? そこに入れてくれたんだよ。それはプライベートに踏み込んだ事になるでしょ」


 「⋯⋯ッ!」


 寧ろ家にまで上げておいてビジネスだけの関係は無理がある。


 そこまで来ると俺が凹む。友達で良くない?


 「俺ってさ、中学卒業と同時にこの世界に入ってるからさ、友達がいないんよ。だから彩月が初めての友達。数少ない友達を大切にしたいタイプなんだよ俺。辛い顔してんのに、話させるのは友達を大切にしているとは言えないだろ?」


 同じペースで歩いていたのだが、彩月が歩みを止めたので俺が少し前に出てしまった。


 「私⋯⋯!」


 ポロポロと目から雫を落とす。


 「ごめん。ありがと」


 「踏み込み過ぎたのは俺だ。だから、ごめんなさい」


 「なんそれ」


 クスリと笑った彼女は⋯⋯夕日に照らされているからか顔が少し赤かった。


 そんな彼女に心臓がバクバクと激しく踊るのを強く感じていた。


 「幸時!」


 「何?」


 「私の相棒が君で良かった。君を誘って良かった!」


 「お互い様だ。俺も誘ってくれたのが君で良かった。今の達成感も楽しいも嬉しいも⋯⋯全部彩月がいるから感じるんだ」


 「⋯⋯同じだなぁ」


 「それが相棒だろ?」


 「⋯⋯恥ずかしい事言うなぁ」


 「えぇ」


 彩月は走って俺を追い抜き、クルリと振り返った。


 「早く行こ。お腹減った!」


 「だな」


 人は話したくない事はいくらでもある。


 過去の罪、黒歴史、他者に理解されない趣味嗜好。


 自分が言いたくないと思うのなら言う必要は無いだろう。それで何かが変わる訳じゃない。


 寧ろ言ったから変わる関係だってあるだろう。


 無理して言っても良い事は無い。


 関係悪化が1番ダメな事である。


 買い物袋を持って、彩月の家に帰宅した。


 「奢って貰った上に持ってくれてありがとう」


 「綺麗な女性の手料理が食べられるなら安い料金と労力だよ」


 「あれぇ? 口説かれてる?」


 「身を守る術だ」


 「は?」


 素で返された。


 とにかく褒めれば機嫌を治してくれる、莉耶から身を守る術である。


 「⋯⋯もしかして、誰にでもそんな事言うの?」


 「誰にもは言ってないよ」


 こんな事言うの莉耶くらいだ。それ以外に相手いないし。


 「ふーんそっかー。作るから座ってて」


 「はーい」


 俺達の関係が数十歩進んだのを感じた。






◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


連載再開します

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