第11話 アリの巣迷宮、RTAのキーポイント

 ギルドの壁を抜けて必須戦闘も彩月さんのパワーで解決し、少しすると想定外のルートを発見する。


 一旦止まってルートの再計算を行い、速やかに再行動する。


 想定外のルートが現れようとも大きくは変わらない。すぐに新たな予測が立てられる。


 「おっと。見えたぜ」


 「手袋嵌めます」


 「おうよ」


 ◆◆◆


 それは作戦会議中の事である。


 「今回、最速の記録を出すにはここを通るしかない⋯⋯逆に言えばここを通過すれば最速クリアは確定する」


 「今の最速タイムもここを使ったのかな?」


 「それは無いと思いますよ。危険な事には変わりないですし、失敗した瞬間、千にも近いアリヤーデに襲われる」


 「うげっ。そんな場所通るのか。安全なの?」


 「ダンジョンの中です。安全なんてありませんよ。諦めすか?」


 「冗談!」


 眩しく笑う彼女。


 俺達が最初に目指すのは⋯⋯『絶対に存在する縦穴』である。


 どんな構造になろうが、確実に存在する道。


 ここに辿り着けさえすれば最下層に真っ直ぐ行ける。


 「でもなんでこんな縦穴が?」


 「アリヤーデはピンチの時に特殊な超音波とフェロモンを発して仲間を呼びます。そこで駆け付けるのが通常よりもスピードが速い戦士アリヤーデ。そいつらがどこからの呼び出しにも対応できるように用意されています」


 「なるほど」


 通常のアリヤーデよりも小柄な戦士アリヤーデが通る専用の通路。


 呼び出しに対応するため、最上階から最下層まで真っ直ぐ繋がっている。


 「質問良い?」


 「どうぞ」


 「この縦穴に隣接している大きな部屋は何?」


 「そこが戦士アリヤーデの溜まり場。そこでずっと待機してるんです。召集がかかるまで」


 「ふむふむ」


 「なので今の最速攻略者はこの道は使ってないと思います⋯⋯敵陣ど真ん中ですから」


 「⋯⋯で、私達はそこに行く訳か」


 「はい。突っ切ります」


 「アホなの?」


 「アホとは失礼ですね」


 「でも実際そうでしょ! 超危険な場所に自ら足を踏み入れるって!」


 「大丈夫ですよ。俺は⋯⋯確実にできると思うからこのルートを選んでいるのですから」


 そんな俺の発言に対して怪しい物を見る目を向ける彩月さん。


 しかし、しっかりと話を聞いてくれたら理解してくれた。


 「一発でタイム更新してやりましょう」


 ◆◆◆


 「【強化付与ブーストエンチャント】『筋力上昇パワーアップ』」


 超長いロープを付けたナイフを天井に突き刺す。


 軽く引っ張って安全なのを確認してから、下に向かって落下する。


 軍手をしていても摩擦でかなり熱く感じる。素手だったら血が出ていてもおかしくないスピードで落下して行く。


 途中途中で壁を蹴ったりして減速し、安全に着地する。


 “一気に最下層に行ける?”

 “何この道?”

 “てかこの先にいるのって?”

 “一気に沈んだ!”


 “おや、風の流れが変わったか”

 “波風さんが恋しい”

 “雑誌買うかな”

 “だいぶ時間経ったな”


 “ただの移動中は地味だよな”

 “特に穴を移動中は暗くて退屈だな”

 “これ、レイさんも同じルート来てるんだよね? んで、今くろきん目線だよね? 上向いたらパンツ見える?”

 “そろそろ着地するのか”


 「ふぅ」


 ここでは息を殺す。


 少しでもアリヤーデを刺激してしまうと死ぬからだ。


 「ひぃいいい!」


 と、俺は彩月さんにきちんと注意したはずなんだけどな。


 俺の動きを模倣しなかったのだろう。


 慣れない動きで落下ペースを調節できなかったのか、真っ直ぐ落ちて来る。


 ズゥーっとかなり速い。


 「じ、じぬー」


 「大丈夫だから声を抑えて〜」


 小声で言っても届かない。


 俺は急いで予備で用意して貰ったエンチャントアイテムの『パワーアップ』を使う。


 落下して来る彩月さんを上手くキャッチする。


 「⋯⋯ッ! き⋯⋯」


 一瞬頬を赤らめていた様に見えたが、それがすぐに青ざめる事となる。


 1個だけの強化じゃかなりのスピードで落下して来た彩月さんをきちんとキャッチできず、倒れてしまった。


 「イタタ⋯⋯お尻が」


 “抱きやがったコイツ!”

 “許さん!”

 “下敷きになっとけよ”

 “レイちゃんを汚すな!”


 「もう! お姫様抱っこするならちゃんとしてよ!」


 「想像以上の重量が⋯⋯」


 「何それ! 私が重いって言いたいの!」


 「いや、そう言う訳じゃ⋯⋯」


 俺が言葉を止めると、彩月さんも同じ方を向く。


 俺達の方に顔を向けている戦士アリヤーデの集団。


 「急げ!」


 俺は松明を取り出して、先端の布に油を染み込ませる。


 彩月さんは練習したマッチ術で火を付け、アイテムエンチャントを使って速攻で松明に火を付ける。


 生物は火に恐怖する。闇に閉ざれたこの場所で生活するコイツらは光にも恐怖する。


 ⋯⋯が、アリヤーデは視力が低くあまり光を認識できない。


 低い⋯⋯そう、低いのである。


 「私の魔力受け取れ! 【強化付与ブーストエンチャント】『視力上昇サイトアップ』!!」


 アリヤーデ達の視力を強化し、光を強く認識させる。


 暗闇に慣れた目に強い光が差し込めばどうなるか。


 脳に強烈な痛みが走り一瞬怯む。


 “敵にエンチャントしたのか!”

 “でも一瞬しか効果ないよな?”

 “どうするの?”

 “レイちゃんスタイルだな”


 紙を取り出して破り、自分達にエンチャントを掛ける。


 最後の工程だ。


 「【重複付与ウエイトエンチャント】!」


 重ね掛けしたスピードアップのエンチャント。


 「バフを重ね掛けして」


 「超スピードのゴリ押しで突っ切る!」


 俺達は真っ直ぐモンスターの群れを抜けて行く。


 “おおお! 行けるぞ!”

 “レイちゃん式エンチャントゴリ押し最高!”

 “行けるの?”

 “つまんな”


 “タイマーコミット!!”

 “タイマーコミット!!”

 “タイマーコミット!!”

 “タイマーコミット!!”


 “次はどうする?”

 “こっからボス部屋までが本番”

 “あと少しかな?”

 “行けるぞ! 頑張れ!”


 “応援してるぞ!”

 “チャンネル登録しました”

 “ファイトー!”

 “あと少しだぞ!”


 段々と光に慣れたアリヤーデが俺達を追い詰めるために道を塞いで来る。


 あと少しでこの部屋を抜けられると言うのに。スピードが⋯⋯足りない?


 “このままじゃ間に合わない?”

 “待って。そこ行けないとレイちゃんピンチだって!”

 “嫌だ!”

 “レイちゃん!”


 「くろきん!」


 「⋯⋯ッ! おうよ!」


 彩月さんが手を伸ばし、俺はそれを取る。


 そして油を俺の片手に持ち、彩月さんは片手を地面に着けた。


 「繋がっていればエンチャントは使える! 【造物付与アイテムエンチャント】油を地面に付与!」


 「燃えろ!」


 エンチャント後に地面に松明を落として火の海を作り出す。


 道が開いたのを確認して走って行く。


 「行けたよ」


 ニコニコ笑顔と親指を掲げる。俺もそれに同じ様に返した。


 一人じゃ味わえない。楽しさを今、経験している。


 「行こ!」


 「⋯⋯おう!」


 ここまで来れたら後は楽だ。


 なぜなら、最下層の戦士アリヤーデの部屋とボス部屋は近くにあるからだ。


 最後の砦としても用意されているからだろう。


 「3分もあればボス部屋に着く!」


 「カップラーメン!」


 宣言通り3分経過してボス部屋を発見した。


 「エンチャント盛り盛り!」


 いつも通りワンパンできる最低限のバフを掛けて、俺がドアを蹴り開けて彩月さんが中に入り、ボスの女王アリヤーデをぶった斬る。


 “ワンパン!”

 “これぞレイちゃん!”

 “時間は?”

 “ワクテカ”


 俺は時間を確認する。


 「ど、どう?」


 肩で息をしながら、期待を胸に広げて眩しい程にキラッキラの眼差しを向けて来る。


 「⋯⋯1時間43分24秒」


 「今の攻略時間は2時間43分56秒⋯⋯って事は?」


 「ああ。記録更新だ」


 「いっっっっしゃあああああ!」


 “おめ”

 “お疲れ様”

 “一発更新!”

 “めっちゃ早い!”


 “今宵は酒が美味いな”

 “この嬉しそうなレイちゃんが1番可愛い”

 “おめでとう!”

 “毎回クリア後はレイちゃんしか映らない”


 二人だからから感じる達成感、興奮。


 「くろきん!」


 「うん?」


 「またよろしくね!」


 「もちろん」


 それを互いに感じていた。


 ボスの落とした物を回収して、休んでから地上への転移陣に乗ろう。


 「一発クリア。しかもかなりの短縮。やったね!」


 「ああ」


 「⋯⋯あの、くろきん」


 「なんだね?」


 「どうして配信を終わらないの?」


 「そりゃあ⋯⋯時間ある限り時間を縮めるために繰り返すからだよ。ギルドの人達も引き帰しただろうしな」


 「⋯⋯え」


 「休憩したらもっかい行くぞ〜」


 「いやああああああああ!」


 “まだまだ楽しめる!”

 “良いね!”

 “頑張りまっしょう!”

 “いえーい!”

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