第10話 最大級の障害()
「⋯⋯女?」
波風さんの短い呟きの後、猛スピードでこちらに向かって来る。地面を滑るように膝を動かさないで動く。
足元に水流ができている。
さらに、後方から魔法の攻撃も飛んで来る。
これはあくまで喧嘩の一種。殺されはしない。
しかし、降り注ぐ魔法や波風さんの無機質な表情のせいで命の危険性を感じてしまう。
「それじゃ、作戦通り!」
「任せて!」
まずは魔法の軌道を計算し確実に回避できるラインまで避難。
素早く鞄から油を取り出す。
1番危険なのは当然波風さんだ。彼女の峰打ちを受けた瞬間にタイム更新は不可能だ。
それと彼女の加減次第で骨が折れる。
「【
範囲や場所を細かく指定してエンチャントする。
普通にばら撒くよりも早く広範囲に油を広げる事ができる。
「んっ!」
油によって波風さんの動きが一瞬止まる。
彼女に加護を与えた神は『スサノオ』であり、能力の1つ【水流歩行】は足に面している場所に水流を出して高速移動を可能にする。
だが、水と油は反発する性質ゆえに油が染み込んだ地面ではその能力は使用不可となる。
それでも⋯⋯彼女を抑え込むには足りない。
「それじゃ止まらないよ」
地面を蹴って加速する。狙いは彩月さんだ。
「え、私なの!」
「間に合わせる!」
俺はマッチに火を付けて地面に落とす。
油によって燃え広がり魔法を放っていた人達を火の壁で覆う。
この火の広がりや強さも既にエンチャントによって強化されている。
これで魔法士は無力化できた。
「この温さじゃ私は止まらない」
火で取り囲んだ波風さんは貫通して薙刀を彩月さんに落とした。
耐久強化のエンチャントをした剣で防ぐ。
ガキンっと強烈な金属の衝突音が響いた。
「いっつ」
“防いだ!”
“流石レイちゃんだ!”
“凪の斬撃って山も切断するって聞いた事あるんだけど”
“人相手に使う能力じゃないだろ”
“モデル業は?”
“レイちゃん視点のカメラで凪様がドアップで観れる。最高”
“神回確定”
“こうじゃ無いとな!”
エンチャントによって油の広がる範囲は設定されており、火が広がってない部分もある。
そこに向かって走りながら波風さんに向かって全力で小石を投げた。
“モデルに何投げてんだよ底辺野郎!”
“無いわー”
“レイちゃんに当たったらどうすんの?”
“低評価の嵐”
小石を投げられた事により彩月さんから引き剥がす事に成功した。
「水の魔法だ! 水の魔法を使って消火しろ!」
「いそげ! いそげ!」
「レイ!」
「はい。【強化付与】『速度上昇』」
最速で俺のとこにやって来て、そのまま逃げる。
魔法部隊が復活したら面倒だ。逃げる一択。
「そこは油ないんだね」
波風さんが素早く状況把握して追い掛けて来る。
車並のスピードが出せる彼女には数秒足らずで肉薄される。
「【造物付与】」
再び地面に油をエンチャントして妨害。
「⋯⋯もう良いかな。【海断ち】」
地面に向かって、薙刀を叩き落として破壊し全てを無に返す。
「えぐっ!」
「レイ、横に跳べ!」
左右に広がり、真ん中に亀裂が広がった。
斬撃では無い。ただの衝撃による地割れだ。
「ははは。ダンジョンの性質上普通のよりも柔らかいとは言え、簡単には壊れんぞダンジョンの地面ってさぁ」
「これが、波風凪⋯⋯モデルの彼女しか知らないけど、こんなに強いなんてっ」
「まぁ、力の半分も出してないだろうけどな」
「⋯⋯嘘ぉ」
「とりあえず逃げるぞ」
「逃がさないよ」
“鬼ごっこ、勝ち目無し”
“何回も会った事あるって言ってたけど⋯⋯これ毎回どうやって逃げ切ってたの?”
“超破壊力と超スピードって本当に強いな”
“流石は我ら凪様。この毒をレイちゃんから取り除いて下さい”
“くろきん古参勢にっこり”
“問題無いだろうな”
“え、やばくね?”
“実際何重のエンチャントしたら彼女のスピードって越えられるんだろ”
“これが日本の神の力か”
“神が生まれた場所なら加護や能力の力が上がるって言う謎ルールな”
“日本の神の加護を得た二人が揃ってるのか”
“かなり豪華?”
“くろきんをぶっ潰せ!”
“これは無理だろ”
“距離潰されてる”
“あと3秒もあれば追いつくな”
“地面砕いたから時間かかってんな”
“おっちょこちょいなんだ。可愛いかよ”
“あんまり知らんかったけど、これから見ようかな”
“ご視聴ありがとうございました”
「ちょいちょいくろきん追いつかれるよ!」
「慌てるな!」
「慌てるよ! 化け物が迫ってるよ!」
彩月さんのエンチャントを持ってしても簡単に追いつかれるか。
仕方ない。やはりここは、超重要アイテムの出番のようだ。
「何か無いの! 終わっちゃう。私達殺されちゃう!」
涙を流しながら、怖い事を言う。
実際に殺されたら証拠は残るので後々困るのはあっち⋯⋯とかの話では無いな。
「今出してるから!」
「早く、死んじゃう! 死んじゃうよ私達!」
「安心しろ、殺す気だったら2秒で死んでる!」
「怖い事言わないで!」
ずっと手加減しているんだよ彼女は⋯⋯いや、他のメンバーさえもな。
それに波風さんはこれを望んでいるはずだから。
彼女限定、超対策用のアイテム。
今回のRTAでの最難関の壁を突破するアイテムは⋯⋯コレだ!
「猫のぬいぐるみ!」
「アホかー!!」
“⋯⋯は?”
“何が来るのかと期待したらこれかよ”
“はいはい。解散解散”
“くろきん、これ毎回自腹なんだよなぁ”
“段々と高級のにしてたり?”
“アンチが湧く大きな理由がコレな”
“波風さんを舐めてるなコイツ”
“はは。終わってるな”
俺は振り返り、波風さんに向かって全力で投球する。
「受け取れ、これが俺からの
猫のぬいぐるみを投げると、薙刀を捨てて全力でそれをキャッチする。
優しく、包み込むように受け取る。
波風さんは猫の頭に顔を埋めて棒立ちとなる。
「良し、今のうちに逃げるぞ!」
「いやなんでええええ!」
「作戦計画中に話しただろ」
「馬鹿らしくて忘れてたよ!」
「真剣にやれよ!」
「真剣だからだよ!」
口喧嘩しながら俺達はギルドの壁を突破した。
“空いた口が塞がらないとは正にこの事か”
“こんな事がまかり通って良いのか”
“ありえない。それでなぜ止まる?”
“どゆこと?”
“くろきん上級者にっこり”
“やっぱりこれよなぁ”
“人気モデルであり人気攻略者に直接プレゼントをあげると言う炎上案件”
“コレコレっ!”
波風凪、この人は大の動物好きであり特に猫が大好きなのだ。
SNSで毎日飼っている猫の写真をあげるくらいには好きなのである。
なので、彼女対策は猫のぬいぐるみを用意する。
ただし、これをやる度に低評価の嵐とアンチコメが量産されるので好きでは無い。
しかし、これしか方法が無い程に彼女は強いのである。
◆◆◆
「⋯⋯フフフ」
波風は猫のぬいぐるみを抱きしめて笑みを浮かべていた。
普段は撮影用の作り笑顔しか浮かべず、プライベートでは表情が一切動かない。
ギルド内でも氷の
そんな彼女が自然と笑みを浮かべていた。
「お、おい。誰か波風さんを慰めて来いよ」
「無理だよ。怖ーよ。間合いに入ったら斬られる。実際過去に口説こうとしてこのタイミングで向かった馬鹿が壁にめり込んだ」
「まじかよ」
「凪ちゃん何回も通過されてるもんね。凄いストレス溜まってそう。飲みに誘おうかな」
「良いな同性は。波風さんに気軽に話しかけられて」
「気軽では無い⋯⋯かな。立場や人気やら色々と⋯⋯違いすぎて、さ」
「ごめん」
そんなワイワイ(?)としたギルドメンバーの会話が聞こえない程に波風は自分の世界に入っていた。
ある言葉を思い出しながら。
『受け取れ、これが俺からのプレゼントだ』
プレゼント、それは波風を止めるための策である。
しかし、それを言わずにこの言葉を使っているために勘違いが起こっていた。
「フフフ。また、プレゼントくれた。嬉しいなぁ。
喜びや嬉しさでニコニコ笑顔の波風。他からは怒りで浮かべている笑みだと思われている。
今回もいつも通りこのぬいぐるみをSNSに掲載してしまうのだろう。
嫉妬で怒るファンがくろきんを攻撃しに行く、お決まりの流れだ。
(はぁ。次はいつ会えるかなぁ。今度はどんな猫ちゃんをくれるんだろ。きっと
そして思いが心の中だけでは収まらず、口から漏れ出る。
「楽しみだなぁ」
「おぉ。お怒りだ」
「次はもっと広範囲に魔法を撃とうな」
「それでも毎回避けられている気がするけどな」
波風が抱っこするぬいぐるみに力が無意識に込められる。
嫉妬心や怒りを表すように頬を膨らませる。
(そもそも、あの女誰? 浮気だぞそれは。まぁ、ただのビジネスパートナーだろうから良いけどね。私は心が広いから許せるんだよ。でもさ、ちゃんと相談とかして欲しかったな)
こうして今日もギルドの妨害は終わった。
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