第7話 次の攻略対象に向けて

 古風な雰囲気のある優雅な時間を過ごせる喫茶店にて、俺と彩月さんは次のダンジョンに向けて会議していた。


 「それで、次はどうする事にしたの?」


 「はい。2回目なので、インパクトの強いモノを考えてみました」


 「それは気になりますね」


 「そのダンジョンとは、神に加護を貰い人間が創造したダンジョン、人工的迷宮の『アリの巣迷宮』です」


 その名前を聞いた彩月さんはカップを置いて、スっと鞄に向けて手を伸ばした。


 「調べても?」


 「どうぞ」


 ピンッと来なかった彩月さんはスマホでダンジョンについて調べた。


 「一般開放されている管轄のダンジョンなんですね」


 「そそ」


 ダンジョン関連がメインとなる企業、ギルドの1つであり日本トップクラス、『彗星の軌跡ステラロード』が管理するダンジョンである。


 主にギルドメンバーの訓練用に使わられる。


 一般的にも解放されているが、使用料金が取られる。


 人工的ダンジョンの特徴はやはり使用料が取られる事だろう。


 金を使ってまでギルド管轄のダンジョンに挑む理由。


 それは、人が作るからある『面白さ』があるからだ。


 人為的に考えられたトラップやモンスター。それらを攻略するのはかなり映える。


 「⋯⋯って、このダンジョン完全ランダムって書いてあるんですけど?」


 嫌そうな顔をする彩月さん。その文言で何かを察したのだろう。


 「金がかかるにも関わらず数多にある人工的ダンジョンで2番目の攻略対象にソレを選んだ理由です」


 「⋯⋯少し詳しく読みますね。完全ランダムダンジョンで決まったルートが存在せず、複雑の通路で迷いやすい⋯⋯機動力特化のパーティが本気で挑んで最短攻略時間2時間43分56秒で数年間更新ならず」


 徐々に言葉が重くなる。


 最速攻略に特化した大手のギルドのパーティでもこの時間。


 モンスターがとてつもなく強い訳でもなければ、ダンジョンのランクが高い訳でもない。


 トラップもそこまで多くは無いだろう。


 ただ、複雑な通路なだけである。


 「確かに⋯⋯数年間記録更新できなかったダンジョンの記録を更新したら⋯⋯派手だとは思うけど⋯⋯行けるの?」


 「できない事はしませんよ」


 「⋯⋯ッ!」


 彩月さんはバンっと机を叩いて立ち上がる。


 「喫茶店ではお静かに」


 その注意も聞こえていないのか、キラキラと宝石のように輝いている瞳を向けて来る。


 期待の籠った瞳と共にその口から発せられる発言は予想通りだった。


 「これもパターンがあるんですね!」


 「フッ。もちろん⋯⋯」


 キラキラが増す。


 「⋯⋯無いっ!」


 「⋯⋯へぇ?」


 アホの子のような顔になった。面白い表情だ。


 冷静になった彼女は椅子に座り直し、俺に鋭い眼光を向ける。


 「パターンは無い?」


 「無いですね。完全ランダムです」


 「RTAはパターンなどを導き出して最適な手を使うのでは?」


 「そうですね」


 「⋯⋯私達でコレ、記録更新できますか?」


 「いけないとは思ってませんよ」


 「訳が分かりませんっ!」


 そろそろ真面目に説明するべきか。反応が面白くて遊んでしまった。


 俺は能力を使って立体地図を机の上に他の客に迷惑にならない程度のサイズで顕現させる。


 それを10秒間隔で切り替える。


 「これは?」


 「これは、俺がこのダンジョンを知ってから毎週1回は通って分析したダンジョン構造です」


 「毎週⋯⋯ですか?」


 「ええ。絶対にこのダンジョンに行く日は作ってました。なのでステラロード管轄ダンジョンの年パス持ってます」


 「年単位⋯⋯」


 そこで分かった事はただ1つ。


 本当に完全にランダムと言う事だ。


 ではどうしてそうなっているのか、それがここのモンスターの特徴である。


 このダンジョンのモンスターは『アリヤーデ』と言う巨大なアリだ。


 適当な壁を掘り進めて新たな道や部屋を作る、自由性が本能的に刻まれている。


 結果的に、時間が経過すれば構造が変わる。


 新たな道ができれば元ある道は崩れて埋まりダンジョンの修復能力で元の壁に戻る。


 「⋯⋯定期的に被りはあるけど、完璧に同じのは無いな。本当に可能なの?」


 「もちろん。ダンジョン構造にパターンは無い。しかし、モンスターはリスポーンしても根幹的な部分は変わらないのか思考パターンがそれぞれにある事が分かりました」


 「お、おおう」


 あまり理解して無いようだ。


 アリヤーデは一体一体がしっかりとした『我』を持っている。


 倒されて復活したら新たな自我が芽生えるが、根幹的な思考能力は大きく変化しない。


 「ダンジョンの構造を変えるモンスターの思考パターンが分かればダンジョン構造の予測も立てられる」


 「はいストップ」


 手をピシッと向けられ止められてしまう。


 止めるような理由が思い当たらず、不思議に思っていると呆れたように溜息を漏らした。しかもかなり大きい。


 頬杖をつきながら地図を人差し指でクルクル回す。


 「問題は構造だけじゃないの。アリの巣よ? アリヤーデは何体居るの?」


 「数千体?」


 「それの一体一体の思考パターンを全部把握して、ダンジョン構造を予測する⋯⋯無理でしょ」


 確かに。しっかりと計算すると一体どれくらいのパターンになるのだろうか。


 「正確な確率を測る事は不可能。それこそギルドがダンジョン攻略を禁止しない限り」


 「他のダンジョンにしません?」


 「しません。俺達なら行けます。俺にはその自信がある」


 「私には無いっ!」


 「キッパリ言う事じゃないですよ。大丈夫ですよ。俺が貴女を導く。だから貴女は自信のある俺を信じてください」


 「⋯⋯はぁ。参考までにどこまでダンジョンの予測を立てたんですか?」


 「全部」


 「⋯⋯はぁ?」


 「情報収集と情報処理のエキスパート、それが神が俺に与えた加護と能力ですよ。と、言っても確定じゃないですけど。まだ把握してないモノもあるかもしれないし、これらはアリヤーデが一体も倒されていない場合しかないです」


 「条件付きで全部って事ね」


 攻略者がどのルートを通りアリヤーデを倒すか分からないために、正確な地図は絶対に分からない。


 RTAにとても不向きなダンジョン。


 「はぁ。マジで無理じゃん。無理ゲーだよ。情報収集と情報処理の自称エキスパートですら確定ルート無いなんてさぁ」


 ドデーっと机の上で伸びる。


 しっかりと端に食べ物や飲み物を移動してからだ。


 そんな彼女を見て、俺は無意識に笑みが零れた。


 一人ではこんなワクワク感や楽しさは無かっただろう。


 「無理ゲー、不可能、だからこそ燃えるし面白い」


 俺の短い言葉。


 「そうだね。それでこそ配信者だ」


 二カッと白い歯を輝かせて笑みを浮かべた。


 どれだけグチグチ言って来ようが、地図をジッと見ていた彼女が止める選択肢は取らない。


 「それで作戦は?」


 「このダンジョンは数千体のアリヤーデが基本的にいる⋯⋯だが、徘徊するアリヤーデの総数は200未満」


 「え?」


 補足すると、徘徊アリヤーデが道を作る。


 このダンジョンで最も凶悪な部分はランダム構造では無い。


 1度、徘徊アリヤーデが仲間を呼び出せば待機している1000に近いアリヤーデが集まって来るところだ。


 「⋯⋯ランダム構造に大群の軍隊⋯⋯この二つを突破しないといけないのか」


 「そうですね。だからこそ、そこに攻略の糸口がある。攻略時間を更新するにはコレしか方法が無い」


 俺はとある一点に指差す。彩月さんは俺の指先をジッと見る。


 そして地図を切り替えて他のも確認する。


 「⋯⋯ッ!」


 そこで気づいたようだ。


 俺が自信を持っている理由ワケが。


 「⋯⋯それで、私はどうすれば?」


 「練習期間を2週間設けます。彩月さんはエンチャントを掛ける速度を上げてください。それと俺も使いたいのでエンチャントアイテムが欲しいです。⋯⋯最後に」


 「多いなっ!」


 「彩月さんしかできませんから。そもそもこのダンジョンに挑むと確定したのは彩月さんがいるからですよ」


 「そ、そう」


 目を横に泳がせ、頬をポリポリと擦った。


 「最後に⋯⋯マッチに火をつける速度を上げてください」


 「は?」


 「マッチに火をつける練習をお願いします」


 「⋯⋯はぁ?」

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