第8話 アリの巣迷宮RTA前

 私は彩月、今は近所の河川敷でマッチに火をつけては消す作業を繰り返している。


 「取り出し! シュって付ける!」


 こんな無意味な行為をしていれば当然不審がられ、警察を呼ばれたりもした。


 「⋯⋯これ、意味あるの?」


 そんな事を思いながら、時は流れてダンジョンRTAの日がやって来た。


 ◆◆◆


 今日はライブ配信なので、朝早く起きて身体を動かす事にした。


 朝早いのは朝練のある弟、竜也たつやもである。


 黙々と朝食を食べ片付けて、学校に行く準備を終えていた。


 「おはよう竜也」


 「おはよう」


 軽く挨拶される。とても素っ気ない。


 「兄さん」


 「ん?」


 「今日もダンジョン行くんだろ。晩御飯、間に合わないならちゃんと連絡してやってくれ。ずっと待ってる莉耶が可哀想だ」


 「あ、うん。ごめん」


 「別に俺に謝る必要は無いよ。ご飯作って貰ってるんだから、それ相応の態度はした方が良いよ」


 「うん。そうだな。本当に」


 「それだけだから。怪我、すんなよ。学校行ってくる」


 「行ってらっしゃい」


 今日の竜也は普段と違いかなり喋ったな。


 何か良い事があったのかもしれない。


 竜也が学校に向かった数分後に、朝食や弁当を作るために莉耶が起きて来る。


 普段誰も居ないから油断していたのか、パジャマが着崩れてヘソなどの肌が露出していた。


 ジロジロ見るモノでも無いので、目を逸らす。


 「莉耶も高校2年なんだから、しっかりした方が良いぞ」


 「兄さんに言われたくない」


 「ご最も」


 「それに兄妹なんだから欲情しないでしょ? したらキモイけど」


 「しないよ」


 ストレッチする俺の分も朝ご飯を用意してくれる。


 「でもそんなんじゃ彼氏できないよ」


 「ガリっ⋯⋯要らんよそんなの」


 歯を食いしばった音がした。


 今の発言は良くなかったか。


 そりゃあそうかを兄に色恋の話はしたくないよな。


 俺と違い竜也と莉耶はルックスもスタイルも良いし、きっと学校でもモテるのだろう。


 高校に行かなかった俺には味わえない青春を味わっているに違いない。


 この選択に一切の後悔は無いがな。俺は後悔の無い生き方をするのだ。


 「朝食できた。食え」


 「いただきます」


 ミネストローネ、コーントースト、コーヒー牛乳が置かれている。


 「朝からミネストローネ。竜也もだけどなんか良い事あったん?」


 「⋯⋯別に」


 俺をキッと睨んだかと思ったら、目を閉じてぶっきらぼうに答えた。


 その後、黙々と朝食を食べる。


 「今日ダンジョン行くの?」


 「おう。晩御飯までには帰って来る。今日は絶対」


 「そう。分かった」


 「ダンジョンについて聞きたい?」


 「別に」


 「⋯⋯竜也って彼女いないの?」


 「いない」


 「そっか」


 会話が続かなかった。


 洗い物は俺がして、莉耶は弁当を作り出した。


 「あ、昼は外で食べるから弁当大丈夫」


 「⋯⋯ふーん。そう」


 俺の分の弁当箱を棚から取り出したが、力強くしまった。


 ご機嫌だった莉耶が急に不機嫌になった。


 目付きが猫から鷹になったのだ。唇も少し尖らせている。


 「竜也の分まで、毎日ありがとうな」


 「別についでだし。お礼なら毎回言われてる」


 「そっか。莉耶は俺達の自慢の妹だよな。料理上手いし。毎回やってくれる。ほんと、感謝してる」


 「料理、母さんに教わってからずっと好きだから。別に感謝する程でもない」


 竜也は朝早いから、昼の分は届けているらしい。


 竜也に合わせて起きても早すぎるらしいのだ。


 兄妹が同じ学校で弁当を毎日渡していたら⋯⋯変な噂が立ちそうだけど大丈夫かな?


 「そう、私は料理好き⋯⋯家族の料理を作るのが」


 洗い物の水音で掻き消されたが、莉耶が何かを言った気がした。


 「なのにっ!」


 再び恨みの籠った鋭い眼光で睨まれた。


 「あの、俺何かしましたか」


 「無駄遣い」


 「⋯⋯ご最も」


 「晩御飯、遅刻許さないから。人数分作るから。冷蔵庫圧迫させないでね」


 「はい。約束する」


 「破ったらご飯抜きだから」


 「破らないから。絶対に」


 「⋯⋯そう」


 莉耶よりも先に家を出て、目的のダンジョン近くまで向かう。


 そこには、マッチに火を付ける動作練習をしている、変人がいた。


 「こうして、こうで、シュッ!」


 「練習お疲れ様です。傍から見ると変質者ですね」


 「あんたがヤレゆーたやん!」


 「そうなんですけどね。成果は如何程で?」


 「ふっ。出してからつけるまでの動作を1秒未満で行けるレベルになりました」


 「エンチャントの方は?」


 「2週間で能力の扱いは差程変わらないんだよ?」


 ハイライトの無い、闇深い瞳を向けられた。即刻謝罪。


 エンチャントアイテムも貰って、荷物確認する事にした。


 マッチ、超長いロープ、手袋、松明、油などなど。


 今回の要はエンチャント速度である。つまり、彩月さんの力が大きく関わって来る。


 「⋯⋯え? コレ、必要なんですか?」


 彩月さんが俺の荷物から引っ張り出したのは猫のぬいぐるみだった。


 くりくりおめめにふわふわの毛並み。


 女の子が可愛がりそうな一般的なぬいぐるみである。


 「ああ。最速タイムを出すには超重要アイテム⋯⋯になるかもしれない」


 「まさかの不確定要素!?」


 「備えあればなんたらですよ」


 「備えあれば憂いなし、ですね。⋯⋯そうか。これが超重要アイテムなのか」


 ぬいぐるみと見つめ合い、時間が過ぎて行く。


 「⋯⋯この子、可愛いですね」


 「そうだな。可愛いと思う」


 「幸時がそう言うのウケないと思うので止めた方が良いと思います」


 「わりとマジでガチで本気で本心な顔で言うの止めてくんない? 傷つくよ?」


 ぬいぐるみを可愛いと思う心があっても良いだろ。


 似合う、似合わない以前にだ。


 「ほれ、リュックに詰めるから返して」


 「えっ! ニャンの助2世を手放せと!」


 「変な名前を付けるな! そして1世は?!」


 「私の枕元にニャンの助がいるので、その子を1世にします」


 何真剣な顔で言ってるんだろこの子。アホなのかな?


 とてもくだらないプライベートな情報を手に入れてしまった。


 「もしも使わなかったらプレゼントするから、返して」


 「そんな! 運命的出逢いを果たしたニャンの助2世と私を引き剥がそうと言うのね! なんて非道なの?!」


 「何が運命的出逢いだよ。返しなさい。それは俺の金で今回のライブのために買った物なの。無駄にしたくない」


 「私の好感度メーターの数値が上がりますよ」


 「ビジネスパートナーの好感度上げにリアルマネーを使うのは無駄だろ?」


 意地でも返さないつもりなのか、猫のように「シャー」っと威嚇される。


 そんなふざけた威嚇では、ただ可愛いとしか思わない。


 「にゃー。僕も彩月ちゃんと一緒にいたいにゃー。幸時くん、この幸福な時間を奪わないでにゃ」


 手を自分で動かし、口を隠して低めの声を出しながら喋る。


 竜也よりも年上なのに何やってんだよ、冷静ならばそう思うかもしれない。


 しかし、神から与えられた優れた容姿のせいか弄る事はできなかった。


 「可愛いなっ!」


 「かわっ!」


 「ほい」


 「あぁっ!」


 隙を見てサラッと取り返して詰め込んでおく。


 「⋯⋯ぬいぐるみ専用のエリア用意してあるんですね。意外です」


 しっかりと仕切りで分けている。ぬいぐるみ専用の場所。


 「そりゃあ汚れたり形が崩れて欲しくないからな。せっかくだから綺麗な状態が良い」


 「なんか可愛いね」


 「ぬいぐるみだからな」


 「いやいや、幸時が」


 「俺が? そうかな?」


 「いや、顔の話じゃない」


 「⋯⋯そうか」


 「凹むなよ!」


 そんな茶番を終え、荷物を担いでカメラをセットする。


 ダンジョンのゲート前に行き、年パスと彩月さんの使用料をゲート管理者に渡す。


 ゲートが開かれ何時でも入れる状態になってから、ライブ配信をスタート。


 「レイ、おさらいだ。このダンジョンは完全ランダム構造。『アリの巣迷宮』」


 「最速攻略時間は2時間43分56秒。仲間を呼ばれたら逃げる一択、失敗して金だけドブに消える」


 「そう。一発勝負。ダンジョン練習すら無意味にする」


 「ワクワクして来ますね。案内エスコートよろしく」


 「ああ。それが俺の役目だ。それじゃ、ダンジョンRTA始めます!」


 「楽しくなって来た!」

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