第22話 イレギュラー攻略RTA
小さい時、母がまだ元気で働いていた時の記憶だ。
「「にーさーん」」
竜也と莉耶がツンツンしておらず、俺に構って欲しくて色んな遊び道具を持って来ていた。
懐かしい記憶。
この曇りのない目が眩む程に輝く笑顔を守りたくて、俺は働くと決めていた。
俺は兄だから、倒れた母の代わりに二人を養う義務がある。
俺は俺のために、二人を守って行きたいと決意した。
⋯⋯この笑顔を曇らせたくない。手離したくない。
そのために重要な事は何か。
俺が、死なない事だ。
『兄さん!』
頭の中で響く、竜也と莉耶の声。
遠のく意識が押し出されるように、奥から響く俺を支えてくれる声。
俺は兄だ。
「こんなところで⋯⋯倒れてる暇は⋯⋯ねぇんだ」
俺は二人を良い大学に入れるために稼がないといけない。
だから、こんなとこで死んでられないんだ。
「立てるっ!」
俺は力を振り絞って立ち上がり、スライムに短剣を向ける。
こいつを倒さないと外には出られない。
だから倒す。
「昼飯、一緒に食うんだ。家族と一緒に食うんだ。約束したんだ。早く、帰るって。⋯⋯だから、さっさと帰る!」
これ以上、莉耶に心配されたくないんでね!
「イレギュラー攻略RTA、始めます!」
◆◆◆
私に加護を与えた神は強い力を持っていた。
私と同等の能力を扱える者は稀であり、世間的に貴重な存在となった。
会社を持っている父はそんな私の力を欲した。
『儂の言う通りにしていれば生活は安泰だ』
父の口癖だ。
私を自分の道具として扱う事しか考えていない。
私を1人の娘として見てくれ無い。
喧嘩した時なんて。
『お前は儂無しには生きてはいけない』
私をなんだと思っているんだこの父は。
抗いたくなった。認めさせたくなった。
だから私は年甲斐にも無く家出をして今こうしている。
そして、こうなった。
幸時に向かうイレギュラーボスのモンスター。
なんで、どうして、と言う言葉よりも先に立ちたいと思った。
私が戦わないと幸時は死ぬ。
そして相手の弱点も何もかもが分からない私だけ残り⋯⋯じわじわと死んでいく。
幸時が生きていれば弱点を見抜ける。私が生きていれば火力が出せる。
どっちも欠けてはならない。
⋯⋯なのに、立てない。
『儂の言う通りにしておけば、こうはならなかった』
父が私に語りかけているような気がした。
哀れんだ目を向けて来ていた。
嫌いだ。その目が嫌いだ。
私は1人の人間だ。立派な人間だ。
お前の道具でもペットでもない。
認めさせてやる。
その哀れんだ目を二度とできないようにしてやる。
私はお前の言いなりにならなくても、ちゃんと生活できるって見せつけて見返してやる!
「だから、戦うんだ。私が戦う理由は⋯⋯ここにもある」
昔はソレだけだった。
でも今は違う。
莉耶ちゃんと約束したんだ。幸時を守ると。
私は強い。そうでなくてはならない。
幸時を守る、幸時に守られる。
そうやって、私達はやって来た。
「殺させない。絶対に、殺させない。」
悲鳴をあげる身体に鞭を打って立ち上がる。
同時に幸時の言葉が鼓膜を貫いた。
「イレギュラー攻略RTA⋯⋯ね。上等っ!」
私は生きてここを出る。そして立派な人間になって父の吠え面見るまで突き進むんだ。
「私達は負けない!」
◆◆◆
彩月の言葉が届いた。
「エンチャントアイテムは!」
「無い!」
「ならそこら辺の石ころをエンチャントアイテムにしてありったけのエンチャントを短剣に込めて斬れ。チャンスは俺が作る」
彩月に短剣を投げ渡し、俺は小盾を構えてアイドルスライムに接近する。
「⋯⋯分かった」
不安な言葉で短く呟いた。
「安心しろ。今の俺は、確信を持ってる」
「分かった!」
鼓舞すると、今度はシャキッとした言葉が返って来た。
俺は安心してスライムに集中する。
こいつは戦いの中で学習して大きく力を伸ばして来た。
だが弱点がある。
それは強さのベースを彩月にした事だ。
俺は彩月の戦闘を間近で見て来た。攻撃時の癖も記憶している。
俺からは何も情報を与えないが、相手の情報は持っている。
だから、対応できる。
「こいや!」
アイドルスライムの正拳突きを回避し、壁に向かって走る。
「もう分かる!」
予備動作、変形前に現れる癖も。
アイドルスライムの情報は完全に把握した。そしてこの部屋の地形もだ。
「剣での攻撃なら当たると思ったか?」
横薙ぎの剣撃を屈んで回避し、特にダメージにならない挑発用の拳をねじ込んだ。
ヘイトを彩月に向けさせない。
俺の方が火力は低いので、弱い者から先に倒す考えを持つスライムは俺を狙う。
パンチやキックは本気で躱し、剣での攻撃は手加減を加えて回避する。
身体が慣れれば慣れる程、相手の攻撃を回避しやすくなる。
「当たらないぜ。何度やってもな」
剣の方が当たると判断してずっと剣の攻撃が続く。
下地を作るために俺は薙ぎの攻撃は全力で回避し、刺突の攻撃は盾で受け流す。
壁に背を付ける。
「逃げ場が無くなったか」
左右に逃げれば待っているのは斬撃だ。上から逃げようとすれば刺突が飛ぶ。
スライムの股下を通るのは自殺行為。
逃げながら回避する事ができなくなった俺に確実にトドメを刺すべく、回避されにくい刺突を伸ばす。
「にひぃ」
計画通り過ぎて自然と笑みが零れる。
タイミングを見て俺は屈む。
すると、剣はあっさりと壁に突き刺さる。力任せには抜けない。
刺さりやすい場所に誘導したのだ。刺突を誘導しやすいようにもした。
「1番刺さりやすい場所に誘導したんだよ」
しかし身体を自由自在に操れるコイツにとっては数秒の時間稼ぎにしかならない。
それでも⋯⋯十分間に合った。
「エンチャント終わった!」
「おっけ。なら、後は確実に斬れるように俺が隙を作る」
コイツは心臓を狙う癖がある。
きっと自分の弱点が心臓位置にあるのと関係している。
だからこそ、調節がしやすい。
チャンスは数秒。確実に決めてくれないと死ぬのは俺達だ。
練習も検証もできない完全一発勝負。
「来いっ」
心臓を守るように盾を構える。
俺の持つ盾じゃスライムの本気の刺突には耐えられない。
それが分かっている奴も盾を貫通させる強さで刺突を放つ。
「狙い通り」
腹に灼熱の熱さと痛みが走る。
「ごほ」
「⋯⋯ッ!」
俺の生み出す最大の隙は⋯⋯自分を犠牲としたモノだ。
ずっと倒せなかった相手に致命打を与えたとなれば油断する。
急所は外したがかなりキツイ一撃だ。
彩月はこのチャンスをしっかりと生かす。
「終わりだ!」
分裂される前に真っ二つに弱点である心臓の魔石を斬り裂いた。
間違い無く、相手の命を刈る事のできた一撃だ。
だが、同時に俺の意識も血流と共に失って行く。
「⋯⋯ぁ」
「ッ!」
彩月が倒れる俺を支えてくれる。止血しようとするが、深く刺さったせいか全然止まらない。
「死ぬな! 死んだら許さない。絶対に絶対に許さない!」
泣き叫ぶ彩月の声がとても遠くに聞こえる。
⋯⋯そして、俺の意識は完全に闇へと落ちた。
あれからどれくらい経過したのか、俺の目に光が飛び込んだ。
「ぁ⋯⋯ん?」
「ッ! 兄さん!」
莉耶が俺の顔を覗き込んで来る。瞳に溜めていた雫が俺の頬にポツンと落下する。
「⋯⋯昼ご飯、一緒に⋯⋯食べる⋯⋯約束⋯⋯した」
まだ声が上手く出せないな。
「もう。4日前の話だよ。でも、うん。絶対に家族皆で食べよ」
奥から足音が聞こえ、新たに人が入って来た。
竜也だ。
「兄さん⋯⋯全く。寝坊し過ぎだよ」
泣くのを必死に堪えているようだが、我慢できずに流していた。
二人の顔を見て、俺は心配させてしまった申し訳なさと生きている喜びを噛み締めた。
「ごめん。二人とも。悲しい、思いさせて」
「「ほんとだよ」」
その後入院生活は数日続くと言われ、目覚めた2日後に彩月が顔を見せてくれた。
「幸時⋯⋯良かった。本当に、良かった」
「彩月の相棒がそう簡単にくたばるかよ」
「何よ、それ。あほらしい」
それからあの日の事や今後について話し合った。
こんな事があれば莉耶は当然攻略者を辞める事を願う。強制させる勢いだ。
しかし、俺は少しだけ、いやかなり打算的な事を考えていた。
実は今回の事でネットでは俺達の名前が広まっているのだ。
つまり、バズったのだ。
この波に乗らない配信者がいるだろうか?
いーやいない。
俺はこの道しか無いのだ。この道を目指していたんだ。
後悔しない選択を選び生きるが俺のモットー。
だから⋯⋯俺は彩月と共にダンジョンの前にやって来る。
「今日も始めますか」
「うん。やろっか」
「「ダンジョンRTA!」」
ダンジョンライブ・RTA〜脳筋系美女配信者を助けたらバズったらしいので、一緒に最速攻略目指します〜 ネリムZ @NerimuZ
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