14. 白猫の妖獣



 次の日の朝、白梅が目を覚ますと、また朔の姿が無かった。


「朔!」


 外に探しに出ると、朔は小屋の近くで座りこんで入り口の方を見ていた。

 足元には杖が転がっており、地面には入り口に向かって僅かに体を引きずった跡がある。


 白梅は推測した。

 昨日は朔が大きな音を立てて倒れたせいで、白梅に気づかれて家に連れ戻されてしまったので、今日は休みながら立ち去ろうとしたのだろうか。


「ほら、やっぱりまだ安静にしていないと」


 そう言って側に近寄ると、朔は力無げに目を閉じて、ふるふると首を軽く左右に振った。



***


 白梅は朔を連れて小屋に戻ると、朝餉を用意し、ふたりで食べた。


 朔は、料理に入っているほとんどの食材を珍しがり、初めは警戒していた。


 白梅にとっては、あまり珍しい食材を使ってはいないはずなので、少し不思議に感じた。

 この周辺でも普通に採れるものばかりだ。

 朔の実家は、偏食だったか、何かしらの事情があったのだろうか?


「これも食べたことないの?」

「ない」


 しかし、朔は好き嫌いをせずに、白梅の料理を全て食べてくれた。


 白梅は、朔に珍しい食材や料理の話をした。

 基本的に白梅が一方的に話すばかりで、朔は静かに聞いていたが、時折返事をしたり頷いたりして、しっかり話に耳を傾けているようだった。



***


 白梅は、懐かしい小屋の中で、我に帰った。

 どうやら自分は寝床に腰掛けており、近くの壁には朔夜が腕を組みながら寄りかかって立っていた。


 また記憶を少し思い出したらしい。


「ここで起きたこと、少し思い出したよ」


 白梅がそう言うと、朔夜が腑に落ちたように頷いた。


「そういえば昔、朔夜にそっくりな顔をした、朔って名前の女の子に会ったの。朔夜の家族か、親戚かな?」


 そう聞いたが、朔夜は目を伏せながら、


「いずれ思い出す」


 とだけ言い、それ以上は答えなかった。

 白梅は、それもそうかと思い、特に追求はしなかった。

 しかしやはり、その目を伏せた仕草は、どこか朔にそっくりだと感じた。


(朔は、今、元気なのかな……)



 不意に、小屋の外から、子供の鳴き声が聞こえてきた。

 その声の主は、恐らくこの小屋から比較的近い場所にいるようだった。


「誰かが近くで泣いてる……!」


 白梅はその声が気になったので、小屋を出て、子供の鳴き声の方向に走り出した。


 声を頼りに、山道を進むと、人間の子どもが泣いていた。

 まわりに大人の姿はなく、一人きりでこの場にいるようだ。


 白梅は慌てて子どもに近寄った。


「大丈夫?」


 白梅が、長い睫毛に彩られた目をパチパチと瞬きさせながら声をかけると、


「おうちに帰りたい!」


 と、子どもは安堵したように泣きじゃくりながら言った。


 そこへ、白梅を追っていた朔夜が辿り着き、冷たい視線を子どもへ送った。


 すると、子どもはさらに激しく泣き喚いてしまったので、白梅は子どもの前に出て、ゆっくりと膝をついた。


「じゃあ、おうちに一緒に帰ろう。おんぶしてあげる」


 目線を合わせながらそう言って、子どもに向かって優しく微笑みかける。


(さっき、山道に入る前に村が見えたから、そこに住んでいる子かな……)


 白梅が背中を向けると、子どもは白梅の肩に手を置いてしがみついた。


 白梅は、よいしょ、と声を上げながら子どもを背中におぶって立ち上がった。

 白い猫耳がピョコピョコと動いた。


 その後、白梅達は、朔夜に案内してもらいながら、先ほど通りかかった村へ行くことにした。



***


 徐々に陽が傾いてきていた。

 しかし村は小屋から近い場所にあったので、まだ明るいうちに辿り着くことができた。


 村の入り口近くに到着すると、一人の女性が辺りを見渡しながら、必死で何かを探しているようだった。


「かあちゃん!」


 その女性を見るなり、子どもがそう叫んだので、白梅はその場所に連れて行ってやった。


 そして、子どもを背中から丁寧に降ろすと、母親と思われる女性は、ふたりに向かって何度も御礼を言った。


「本当に、ありがとうございます……!」


 白梅は、このように御礼を言ってもらえるとは思っておらず、逆に申し訳なくなって、へこへこと何度も頭を下げ返した。


 そして女性は、困ったような愛くるしい笑顔を湛えている白梅を見ながら、少し言いづらそうな素振りで、話し始める。


「近頃この辺りで、白猫の妖獣が悪さをしていると噂されています。私たちは、その妖獣を見つけたら、すぐに引き渡すようにと言われていまして」

「そうなの? 私はさっきこの辺りに来たばかりで、何もしていないのだけど」

「そうですよね、私もあなたがそのような方だとは思えません。ですので、もしよければ、この布をお使いください」


 女性はそう言うと、白梅に寒さ避けの布を差し出した。


「粗物ではありますが、その御耳は隠せるかもしれません。人目のある場所では、あまり容姿を目立たせない方がよいかと思います」


 それを聞くと、白梅は女性の気遣いに感謝して、御礼を言いながら、非常に有り難い仕草で布を受け取った。


 そしてすぐに布で頭を覆い隠してから、村に入ることにした。

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花追唄 〜妖獣の春告げ〜 黒鳥静漣 @kuroshiro73

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