8.追悼



「そうだ、私はあのひとに恩返しがしたかったんだ……」


 突然白梅が呟いたので、隣に腰を下ろしていた朔夜は、気遣わしげな視線を送った。


「記憶が?」

「うん。少し思い出したよ」


 朔夜が水の入った木椀を手渡してきたので、白梅は受け取って御礼を言った。


 木椀に口を付け、冷たい水を飲み干すと、心地よく喉が潤う。

 気づかないうちに、相当喉が渇いていたようだ。


「ありがとう」


 水を飲み終えて、朔夜に木椀を返す。


 そういえば、あのひとが座っていた場所も、ちょうどこの木陰だった。


「この先にもまだあるんだね」


 朔夜は頷くと、すっと立ち上がり、白梅に左手を差し出した。

 白梅がその手を掴むと、朔夜は白梅を軽々と立ち上がらせた。



***


 山道を進むと、生い茂る木々の中に、一つの古びた小屋が現れた。


 もう何年も使われていないと思われる小屋は、中に入ると、調理器具や寝床のようなものが揃っており、かつて誰かが生活をしていた形跡があった。


 その寝台の上に、花弁の光が漂っているのを見付けた。

 やはり、この場所も自分と所縁があるのだろうか。


 白梅はその光に近寄った。



***


 白梅は、あの悲しい夜から少し立ち直った後、早少女村の人達を弔うことにした。


 その日の朝は、目が覚めた後、目隠しの男性が置いていったと思われる木の実と水をいただいて、白梅はすぐに早少女村に向かって走り出した。



 村の入り口の目前に辿り着いたところで、赤い衣を着て薙刀や槍を持った人間が数名、白梅に向かって襲いかかってきた。


 しかし、白梅の頭の中には、早少女村の人を弔いたいという強い意志しか無かった。


(皆を弔うまでは、誰にも邪魔はさせない……!)


 その強い気持ちだけを持って、村の入り口へ突っ込んで行ったところ、白梅の体が光り輝き、襲いかかってきた人間達は強風を受けたように、遠く四方へと飛んで行った。

 

『あと四回……』


 頭の中でそう告げる声が聞こえたが、白梅はとにかく村の中へ急いだ。



 村に到着するまでは、実のところ、村人達の亡骸と対面する勇気が無かった。

 しかし、いざ村の中に入ると、白梅の記憶にあったはずの多くの亡骸は、全て跡形も無くなっていた。


(皆は一体どこに行ったんだろう……)


 あの夜に起こったことが、今でもまだ信じられない気持ちで、白梅は村の中を見渡しながら歩いていた。


 懐かしい家、誰もいない畑、音の無い大通り……


 そして、村の中央の広場に辿り着くと、大きな穴を掘って何かを埋められた形跡があった。


 少し掘り返してみると、服の端切れや髪留めなどの小物が出てきたので、恐らく誰かが、村人を全員この場所に埋めてくれたのだろうと思った。


 しかし、悲劇のあの夜において、白梅以外の村人は全員殺されていたはずだ。

 一体誰が埋めてくれたのだろうか……


(もしかして、あのひと……)


 白梅の頭の中で、あの晩に声をかけてくれた目隠しの男性が過った。


 白梅は、村人を埋めてくれた、どこの誰かも分からないひとに向かって、心の中で感謝した。



***


 その日は明るいうちに、村人が埋められたその場所に墓石を建て、綺麗な花を摘んで、墓石の前に手向けた。

 そして、静かに手を合わせると、白梅は長い間その場で祈りを捧げ、早少女村に別れを告げた。

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