13. 看病



 その晩、朔が熱を出したので、白梅はつきっきりで看病をした。

 汗が出れば丁寧に拭ってやり、彼女が呻いたら手を握って、呼吸が安定するまで側にいてやった。


 しばしば、朔の息使いは苦しげに荒くなり、呼吸が乱れていた。


(怪我が酷かったから……きっと怖い思いをしたんだろうな)


 そう白梅は考え、子守唄を口ずさんでいた。


「大地に根付く愛し子よ……花を追い、夢を追いかけ、風と共に舞い上がれ……」


 幼い頃に、村長によく歌ってもらったその唄を、白梅は懐かしく思いながら丁寧に歌った。

 いつもより高い声は出せなかったが、今の声も新鮮で、我ながらなかなか悪くないと感じる。


「真白の花に包まれて、あたたかなまどろみを……」


 この少女が安心して眠れますように……

 そう、想いを込めて、優しい声で歌い続けた。


 そうしているうちに日の出がはじまり、いつしか白梅は、寝床近くの床の上で丸くなって眠りに落ちていた。



***


 早朝、白梅が目覚めて体を起こすと、股間に強烈な違和感があった。


 性別はまだ戻っておらず、白梅は、無意識に目線を下げそうになった。

 しかし、なんだかそこを見るのが恐ろしく感じたので、頭の中のごみ箱にその違和感を放り投げて勢いよく蓋を閉めた。


 そして、立ち上がり、いつもどおり何事もなかったかのように顔を洗った。


 顔を洗い終え、寝床を確認したところ、朔の姿が消えていた。


「朔、どこにいるの?」


 慌てて小屋の中を探すと、ふいに外から、ドサッという、地面に何かが叩きつけられるような鈍い音が聞こえた。


 白梅が外に出ると、小屋から少し離れた場所に朔が倒れていた。

 地面には身体を引きずったような跡がいくつもある。


 朔は、倒れたまま項垂れているようだった。


 白梅に迷惑をかけまいとして、早朝に出ていこうとしたのだろうか?

 白梅は、項垂れたその姿を見て、なんだか健気だなと思った。


「まだ安静にしていようね」


 白梅は朔に近寄り、優しく声をかけてから、軽々と体を抱き上げ、寝床に座らせた。


 朔は、どこか精気のない表情で、その場に座ったまま動かなかった。

 白梅は、調理場に向かい、ふたり分の朝餉の用意をすることにした。



***


「ご飯ができたよ!」


 白梅は二人分の食事を用意して、調理場から戻ってきた。


 昨日は外で散策したため食べ物があり、村で調達した食材も豊富だったので、それなりに良いものを準備することができた。


 白梅は料理の腕には多少自信があったが、朔がちゃんと食べてくれるかは不安だった。


 朔は、初めは少し警戒を示したものの、出された食事をゆっくりと食んで、完食した。


「美味しい」


 しかも、感想まで言ってくれた。


 白梅は、目を伏せながらそう言った朔の様子を見て、嬉しくなり上機嫌で椀を片付けた。


 朔は口数が少ないだけで、意外と素直な子なのかもしれないと思った。


 白梅も、恥ずかしがり屋な性格上、人と話す時は口数が少ないが、朔があまり話さないため、白梅の方がいつもより口数が増えていた。



***


 朔は基本的に、自分のことは自分でやりたがったので、白梅は、朔が自由に歩き回れるように手頃な杖を用意して渡してやった。


 その他に、掃除や洗濯などの一通りの家事を終えた後、白梅は午後の予定を考えていた。


 洗濯物がまだ乾いていないので、村に行って、替えの衣や傷の手当て用の布などを調達することに決めた。


「この後、村に買い物に行くけど、何か欲しいものはある?」


 白梅が聞くと、朔は目を閉じて首を左右に振ったので、白梅は村で適当に必要そうなものを見計らうことにした。


 村で歩いていると、道行く人達の会話が聞こえてきた。


「ちょうどこの場所で、黒龍が暴れたって噂だ」

「三人倒れてたんだって? 全員昏睡状態らしいな」


 その場所は、先日白梅が、朔を襲った三人の人間を運んだ場所だった。


(噂って、当てにならないものもあるんだね)


 白梅は猫耳を隠しながら、そそくさと村を後にした。


 そして帰りがけに、木の実を取って、おやつに食べることにした。



***


 小屋に戻ると、朔が寝床で座っていた。

 白梅は朔の隣に腰掛け、先ほど採取した木の実を取り出した。


「私の好きな木の実なんだ。一緒に食べよう」


 木の実を朔に分けてあげながら、白梅はその実を美味しくいただいた。


 朔は、いまだに白梅と目を合わせようとしなかった。

 それでも、目を伏せながら、隣に座って木の実を一緒に食べていた。


 そうして、この日は無事に過ぎ去った。

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