1.妖獣について
四季折々の花達は、この世界を色鮮やかに彩っていた。
梅雨が明けたら紫陽花や菖蒲が咲き誇り、暑さが過ぎれば菊や竜胆が豊かな実りを伝えて、寒さの中では白銀の世界に水仙や椿が紅白の対比を静かに生む。
そして、淑やかに艶やかに、香りながら咲き綻ぶ梅の花は、雪解けの合図とともに、春の訪れを誘った。
***
時をさかのぼること15年前。
かつてこの世界では、人間と妖獣が、争いごとなど無くそれぞれ平和に暮らしていた。
妖獣とは、大昔に栄えた多種多様な獣と、人間のあいだの子達から発展した子孫だ。
妖獣が人間と異なる特徴は、二つある。
一つは、妖獣は祖先となる獣の種類が沢山あり、体の特徴によって種族を判別する。
身体の大部分は人間に近いのだが、必ず種族ごとに獣の特徴を持っており、その特徴によって種族分けされている。
例えばトリ族なら背中に大きな翼があり、トカゲ族なら全身を覆う鱗があり、ネコ族なら頭の上に大きな三角耳がある。
そして、もう一つ人間と異なる特徴は、妖獣は身体に妖力を宿しているという点だ。
妖力とは、妖獣にとって、活力であり生命の源でもある。
つまり、妖獣が何らかの行動をするために欠かせないもので、枯渇した場合は死に至る。
体に保有できる妖力の量は個体差があり、多く有するほど、より強力な妖獣になると言われている。
この世界では長い間、人間の暮らす場所は人間の王が、妖獣の暮らす場所は龍族が長となって、それぞれの地を治めていた。
龍族は、妖獣の中で一番妖力量が多く、力が強いとされていた。
しかしある時突然、人間の王が妖獣達に奇襲をしかけ、龍族の居城を攻め落とした。
その戦いによって多くの妖獣が命を落としてしまった。
龍族は、五龍いたうちの、赤龍、黄龍、青龍、白龍の四龍が討死した。
そして、当時まだ幼体であった黒龍のみ、居城から骸が見つかっておらず未だに行方が分からない。
黒龍は、かの戦いでは、随一の神速であったと噂されていた。
そして、彼に挑んだ敵は、全員返り討ちに遭ったため、今ではその姿を知る者は誰もいないと伝えられている。
黒龍は当時の戦場において、一本の草すら跡を残すことを許さなかったとされ、人間達は、生き残った彼がいつか妖獣達を従えて報復する可能性を恐れていた。
今ではこれらの出来事は風化しつつあるが、前王の統治時代では、黒龍が成体になる前に行方を掴もうと、血眼になって探した。
戦いから生き残びた他の妖獣達は、今では長を失い住処を追われ、山奥などの自然に身を潜めたり、人間に成りすまして人里に紛れるなど、細々とした暮らしを営んでいた。
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