10.性別の変化



 一般的に、妖力量が多いほど、妖力のコントロールがうまくいきづらい傾向にある。

 そして、妖獣が大人……成体になる前の、幼体の時には、特にその傾向が強い。


 妖力コントロールがうまくいかなかった場合、感情や欲望の抑制が行えないなどの様々な弊害が伴い、酷い時には、体内のホルモンバランス等が崩れて、性別までもが一時的に変化してしまう。


 殊に、妖力量が最高峰といわれている龍族などは、妖力コントロールが非常に困難である。

 その強力すぎる妖力故に、暴走を起こして、成体になる前に命を落としてしまう者も多いらしい。

 それゆえ幼体の龍族には、他者と体を接触しない、異性と会話をしない、といった、己や他者を守るための幾つもの掟と、非常に厳しい修行があるほどだ。


 白梅の妖力は、梅の花を初めて見た日に起きた奇跡以来、量が多くなっていた。

 そして、ただでさえコントロールが不安定である中、獣体になる草を食べて大量の妖力を消耗したため、一時的に性別が変わってしまっていたのだ。


 白梅は、稀に性別が変わることがある、ということは知識として知っていたが、実際に経験したのは初めてだった。


(私、本当に男のひとになってるの……)


 白梅は自分の体を見下ろした。

 体がいつ戻るのか、本当に元に戻るのか、分からないことは多かったが、既に吹っ切れてしまった白梅にとっては些細なことだった。



***


 白梅は外に出て、木に登ったり木の実を取ったりして、今の身体を一通り楽しむことにした。


 白梅は生まれて初めて木に登って、高い場所から見晴らした。

 その日はとても晴れており、小屋や先日行った村が小さく見えている。


(すごい、こんな世界もあったんだ……)


 白梅は、今自分が生きていることへの感謝、早少女村の人々への感謝を捧げながら、全てへのお返しとして、せめて笑顔でいようと心がけた。

 思い切り体を動かすのは心地が良かった。


 そして、外で見つけた色々なものを換金するために、近くの大きな村に向かうことにした。


 あの村で出会った恩人には、まだ再会できていなかった。



***


 白梅は村で換金し、そのお金で生活に必要なものを買った。


 途中に厠へ寄ったが、いつもと違う身体に、色々とどうしたらよいか分からなかったので、とりあえず拭いた。

 白梅は、少し泣きそうになっていた。


 買い物を終えて村を出ると、陽が傾きはじめてきた。  


 小屋に向かって山道を歩いていたところ、周囲から血の匂いが漂い始めた。


(様子がおかしい……気をつけて進もう)



 白梅が警戒しながら進むと、道中に、赤い衣を着た三人の人間が、切り傷で血まみれになって倒れていた。


 白梅が恐る恐る近付いて生死を確認したところ、まだ息があったので、とりあえず一人ずつ抱えて元来た道を辿り、村に運んだ。

 人間達をそれぞれ村の中の見えやすい場所に寄り掛からせると、誰かに見つかる前に急いでその場を退散した。


 白梅は怪訝に思いながらも、内心、大人の人間の体を軽々と持ち上げられる今の腕力に、感動を覚えていた。


(本当に私の体なの……? ちょっとすごいかも)


 今なら、いつもより背伸びした気持ちで過ごせるかもしれないと思った。



***


 白梅は山道に戻り、警戒を続けながら小屋へ向かった。

 小屋の方向に向かって、血の跡が絶えず道に広がっていたためだ。


 もうすぐ小屋に到着するといったあたりで、また人影が倒れているのを見付けた。


(この辺りも物騒なのかな……)


 人影に近付いて確認すると、倒れていたのは、黒い髪の美しい少女だった。


 少女からは僅かに妖力が感じられるので、妖獣なのだろう。

 白梅が生まれて初めて目にした、妖獣の子だった。


(女の子だ……!)



 少女はその身体に対して、随分大きな黒い衣を纏い、腰に小刀を二つ下げていた。

 片方の小刀には、美しい虹色に輝く玉が埋め込まれていた。


 衣は血に濡れて破けており、元はとても綺麗だったであろう左足から、大量に血を流して気を失っている。


 先ほどから地面にあった血の跡は、この少女のものなのだろう。


 足の傷口には薄い布が巻かれていたが、止血ができていないようで、出血多量を起こしているようだ。


(早く手当てをしなきゃ……)


 白梅は、自分とさほど年齢が変わらないであろうその少女が可哀想に思い、小屋まで抱えて帰り、寝床に寝かせてやった。


 小屋の中は、少女の血の匂いで充満した。


 足の傷口を見ると、血や土に混ざって、いくつかの葉が付いていた。

 その葉は、血流をよくする特徴があり、止血には全く向いていない葉だった。


 恐らく、怪我をしたあと、転んだのか運悪く傷口にその葉の成分が入り、止血ができずに意識を失ったのだろう。


 白梅は出血多量の原因が分かったので、その葉を取り除き、傷口を綺麗に洗ってやった。


 葉を取り除く途中に、つい、いつもの癖で傷口を舐めそうになったが、思い留まった。



「っ……」


 突然、少女が小さく咳き込んだ。


 少女はまだ意識が戻らず、顔色が随分悪かったので、腰の小刀を外して、着ていた黒い衣を緩ませてやった。

 すると、なぜか布がきつく巻かれた胸元が現れた。


 白梅は、その苦しそうな布を解いてやると、少女の可憐な姿からは想像し難い、なんとも素晴らしい大きさの豊満な胸が目の前に現れた。


 白梅は、衝撃を受け、その滑らかそうな肌に指を置いて揉みしだいてしまいたい衝動に駆られた。

 そしてその時、なぜだかわからないが股の間が少し熱くなったのを感じた。


 しかし、ふいに目の前の少女が身じろぐ様を見て思い止まり、怪我の手当を最優先にすることにした。

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