11.種族不詳な妖獣の子
怪我の手当が落ち着いたところで、白梅は改めて相手を観察した。
さらさらと流れる黒髪は、艶やかで透明感があり、右の肩口でゆるく一つに結ばれていた。
まるで、美の女神の祝福を溢れんばかりに賜ったその容貌は、涼しげかつ可憐な顔立ちをしており、とても美しかった。
瞼を彩るまつ毛は長く、その色は髪と同じで黒いはずなのに、側窓から刺しこむ光を浴びて、繊細な金粉を塗したかのように煌めいている。
(綺麗……)
白梅は、今は閉じられた瞼の下にある瞳が、一体どんな色をしているのか、とても気になった。
顔色は少しよくないが、肌は滑らかできめが細かく、色は透けるように白い。
白梅もよく他人から肌が白いと言われるが、彼女の太陽のごとく内側から輝いているような肌とはまた違った、少し青み掛かった透き通るような白さだ。
白梅は思わず、その澄んだ白い頬に指を置いて、ぷに、と押してしまっていた。
(今日は……いつもより大胆になってるのかも)
白梅は自分の指を見ながらそう思った。
少女からは妖力が感じられるため、妖獣であるはずなのだが、人間とほとんど変わらない見た目をしていた。
白梅は、少女の種族が知りたかったが、容姿からは判別することができなかった。
(そうだ、紋章を見れば……)
妖獣は皆、生まれつき左の上腕に、自分の礎である獣を表す紋章が付いている。
しかし白梅は例外で、ネコ族の見た目だが、左腕にはイヌ族の紋章がついていた。
白梅はこれについて未だに疑問は残るが、既に慣れてしまっている。
目の前の少女は、見た目から種族が判別できないため、紋章を見れば分かるかもしれないと思い、白梅は少女の左腕を確認した。
(この種族は一体?)
結論、少女の左腕には紋章があったが、それを見ても、白梅には何族の紋章なのかが分からなかった。
紋章に描かれていたのは、丸い円に雲のようなものが2つかかっている図だった。
基本的に紋章には、種族の元となる獣が描かれているため、白梅はこのような抽象的な紋章をみたのは初めてだった。
白梅は切り替えて、少女の足の傷に効く薬を作ることにした。
小屋の外に出て、近所の草木が生い茂っている場所に行き、傷に効く薬草を探して数本摘んだ。
ついでに、精神安定作用がある薬草も摘んでおいた。
***
数刻後、白梅が小屋に戻ると、その物音を聞いて少女が目を覚ましたようで、かすかに息を吸い込む音が聞こえた。
白梅は、慌てて少女の顔を見ながら言った。
「起こしちゃってごめんね」
しかし、目覚めた少女の様子は、白梅の予想していなかったものだった。
その瞳は七色の色彩を湛え、キラキラと瞬いているが、涼しげな容貌に、さらに凍てつく氷のような近寄り難さを加えていた。
そして、その眼光は全く穏やかではなく、真っ直ぐに鋭く白梅を睨みつけている。
視線の標的となってしまった白梅は、顔を赤らめた後、なんだか周囲の温度が10度くらい下がった気がして、小さく身震いした。
白梅は、思わず両手を上げて首を左右に振りながら後退り、弁明した。
「あなたは、この小屋の近くで倒れていたんだよ。傷が酷かったから、私は手当てをしていただけ」
知らないひとの前で話し慣れていない白梅は、自分の顔が赤くなってゆくのを感じたが、初めて会った妖獣の子に嫌われたくなくて、少し必死になった。
勿論、頬にいたずらをしたことは伏せた。
少女は、傷口の手当てがされていることに気付き、ついでに胸の圧迫感がなくなっていることにも気付いたようで、無言で顔を少し青ざめさせた。
そして咄嗟に、地面に足をついて寝床から立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかったためか、その場に崩れ落ちてしまった。
その様子を見て、白梅は、少女の傷に触らないように、その体をゆっくり抱き抱えると、もう一度寝床に寝かせてやった。
「せめて傷が良くなるまでは、ここで休んでいったら?」
少女は、目を閉じて、状況を整理するために思案しているようだった。
しばらく経ってから、白梅が話しかけた。
「私の名前は白梅。鈴音白梅。あなたは?」
それを聞いた少女は、力の抜けた瞳を伏せながら、小さく口を開き、透き通った声で
「さ……」
と何かを言いかけたが、少し考える素振りをした後、続けて答えた。
「朔、と呼ばれている」
「苗字は?」
白梅は、初めて女の子の妖獣と会話していることに少し興奮を覚えつつ、さらに尋ねると、朔は力なく首を左右に振った。
どうやらその質問には答えたくないようだ。
妖獣は、種族によって使われる苗字が決まっていると、村長は言っていた。
いくつかの主要な種族の苗字は教わったことがあるので、少女の種族が分かるかと思ったが、またもや知ることができなかった。
白梅は、種族について探るのは諦めて、少女の身を案じることにした。
「足の傷が深かったから、しばらくは安静にしていた方がいいよ。薬を持ってくるね」
そう声をかけると、薬を作るために調理場へ向かった。
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