第10話



【戦争終結、ジャンジャック・フォン・シュレヒト】



「こ、こんな……こんなバカなことが……!」




 辺境伯、ジャンジャック・フォン・シュレヒトは絶句した。


 彼の想像では、実働部隊が千名ほどしかいないアルヴァトロス側は、相当な苦戦を強いられるはずだった。


 流石に戦争の英雄だ。いとも容易くやられることはないだろうが、それでも楽勝などありえない。


 きっと戦況は苦しくなり、現場は錯綜するはずである。



 ――その隙を突き。味方と称して領地に入ったジャンジャック本人が、彼を害するはずであったのに。それなのに。



「なぜ、もう王国軍を撃滅している……!?」



 戦いが始まってから一時間足らずで、すでに決着がついていた。


 結果はアルヴァトロス側の大勝利である。


 舞台となった領地の裏側は屍山血河の地獄と化しており、貫かれ串刺され焼かれている死体全てが、ウルス王国の獣人たちだった。


 人間の死体は、どこにも一切見えなかった。



「――ああ。これは、辺境伯」


「ひっ!?」



 そして。


 悠々と歩み寄ってくる金髪の男が一人。


 帝王紫フェニキアパープルの瞳を揺らす彼こそは、帝国の最高戦力にして忌むべき下賤者『英雄アルヴァトロス』に他ならなかった。



「こ、ここっ、これはアルヴァトロス卿! いやぁっ、異変を聞きつけて馳せ参じてみれば、もう終わっていたとは……!」



 思わず声が上ずってしまう。


 なぜならば、この付近に散らばる肉片共――王国兵を彼に差し向けたのは、ジャンジャック・フォン・シュレヒト本人に他ならないのだから。


 ああ、それが露見したらどうなるか……。目の前の虐殺を成した美丈夫の一挙手一投足が、今は恐ろしくて溜らない。



「ぉ、お怪我がないようで、何よりで……!」


「これは心配痛み入る。……しかし、意外だな。よもや貴殿が救援に来てくれたとは」


「いっ、意外とは、何がだね!?」



 どきりと胸が高鳴った。


 妖しく見下ろす眼光を前に、辺境伯の足が震える。



「些細な行き違いとはいえ、貴殿とは少々揉めた仲だ。それが、こうも易々と馳せ参じてくれるとはなぁ?」


「ひぐッ!?」


「しかもずいぶんと迅速じゃないか。王国の完全な奇襲に対し、よくぞ気付けたものだなぁ……?」


「あっ、あっ、あぁあ……!」



 ――間違いない。この男、感づいている……!?



 シュレヒト辺境伯の心中に緊張が走る。

 心臓が縮み上がり、小さな背中から嫌な汗が噴き出した。



「あっ、あ、それは、あの……!?」


「言わずともよい。貴殿は俺の寄り親として、立派に務めを果たしに来てくれたのだろう? まさに貴族の鑑だなぁ」


「っ!?(こいつゥ……!)」



 何が『貴族の鑑』だろうか……。その情け容赦ない嫌味に、辺境伯の脳裏は恐怖と屈辱と怒りでグチャグチャになった。



「わ、私が……!」



 私が、ウルス王国と密約を交わしたことに感づいているくせに。

 その露見しようものなら国賊になりかねない所業をわかっていて、貴族の鑑と言ってのけるか。


 ああ、貴様はなんて冷血な男なのか――と。



「うっ、うぅぅぅう……!」


「おやおや? どうしたのだ、シュレヒト辺境伯よ。まるで泣きそうな顔をしているじゃないか。それほどまでに、俺が無事だったことが嬉しいのか? んん?」


「うぅぅうううううーーーーッ!」



 最悪だ、最悪だ、最悪だ!


 全てを見抜いたその上で、目の前の男は決してこちらを直接害することなく、その舌鋒で嬲り始めた。


 何も言い返せないのを承知の上で……アルヴァトロスという男は、愉しんでいるのだ。


 こちらが屈辱に苦しむ、嘆く姿を――!



「えッ……ええ本当にッ、アナタが無事で嬉しい限りですよッ、ええッ! では私めは不要のようですので、領地に帰らせていただきます!」



 ――結局、ジャンジャック・フォン・シュレヒトは泣き寝入りの撤退を選ぶことにした。


 半ばやけくそ気味に吐き捨て、忌々しき美丈夫に背を向ける。



「あぁ、待つがいい辺境伯よ」


「っ、な、なんですかアルヴァトロス殿……!?」



 呼び止める美声に振り返り――そして、戦慄することになる。


 かの英雄の口元には、まるで玩具を見つけた獣のように凄絶な、満面の笑みが貼り付けられていたからだ。



「くくくッ……これより戦勝式を行う予定だ。貴殿もどうか、


「ひぃいいいッ!?」



 言葉の裏を読み取り、震える。


 ――拉致監禁からの拷問。そうして密約の事実を吐かせながら、報復として生き地獄を味わわせる意図が、明白だったからだ……!


 ゆえに、



「けッ、結構でございますぅううううううーーーーーッ!」



 辺境伯は一目散に逃げだした。


 屈辱と怒りと何より極大の恐怖を胸に、己が領地へ駈け込んでいく。


 ――それからジャンジャック・フォン・シュレヒトは数日、ベッドの中で英雄バケモノの復讐に怯え続けることになるのだった。




 なお。



「あちゃ~残念だなぁ。辺境伯様が助けに来てくれたのマジ嬉しかったから、ぱーっと一緒に楽しもうと思ってたのにぃ」



 ……無駄に妖しき究極の美貌を持つ男は、何も考えていなかった……!


 そもそも辺境伯が王国と繋がっていた事実も気付いていない。


 このアルヴァトロスというクッソ思考の浅い男は、言葉の表面だけを読み取って普通に『辺境伯が助けに来てくれた! 実はいい人!』と思い込んでいるだけだった。



「ま、いっかぁ! これで実は辺境伯様がいい人で、たぶん俺に嫌がらせしたのも、上司の王族に嫌々やれって言われたんだとわかったしな! わはは、アルヴァトロスくん大人だからそういうのわかるよ~仕方ないわ~!」



 何もわかっていなかった。


 小心者ゆえ戦いとなれば敵を全力で滅するが、平時となればふわふわ思考がこの男のデフォルトである。


 よって悪辣なるシュレヒト辺境伯のことを『実は苦労人のいいひと』と判定。


 疑う気持ち一切なしで、勝手に好感度を爆上げするのだった。



「今度遊びにいこっと」



 地獄である。




 ◆ ◇ ◆




【翌日、朝の寝室にて】




「うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーニーナちゃんが朝勃ちグチャグチャしていない!? やったぁ奇跡だあああああーーーーーー!」



 戦争の終わった次の日、俺は朝から感動した……!



「ニーナちゃん、たびたび『自重しろ』『十五の乙女であれば恥じらいを覚えろ』って言ってるのに覚えなかったもんなぁ。やっぱガキの頃から嬉々として戦争やってるやつはアカンと思ってたけど」



 ようやくあの淫乱毛布も淑女の一歩を踏み出したかぁ。つか朝睡姦しないってのはそもそも人間として当然のことで、そういう意味では淑女以前に人としての一歩なのかもしれないが、まぁよし!



「昨日の戦いじゃ怪我人も出なかったし万々歳だぜ。自陣は心配しなくていいから、敵の心配してきますか~」



 ――約一万人との戦いで、俺たちはその九割以上を抹殺した。


 ただあれだけの大軍勢なので生きて帰ったやつもちらほらいるみたいだし、あと捕虜として捕まえたやつもいたりするのだ。



「ソフィア条約第三条一項。『戦闘中、武器を捨てて両膝を突き両手を上げ、降伏を叫んだ者はみだりに傷つけてはならない。また失神状態にある者も然り』だからな」



 先日の連中は大パニック状態だったのか、泣き叫んでも武器を持ってたり、武器を捨ててても自陣に駆ける者ばかりだった。


 それじゃあ駄目だ。殺さないと。


 前者の場合は騙し討ちの可能性があるし、後者の場合は陣地に補給に戻るだけとみなされて降伏判定にならないからな。だからちゃんと皆殺した。



「で、だ。失血やら衝撃やらで気絶した連中は捕虜にしてやったんだが、その中に一人気になる子がいたんだよなぁ」



 なんと十代前半の女の子獣人である。


 これは珍しいと俺は思った。



「俺ぁ十二歳で戦場に出されたけど、そんときは帝国が滅亡のピンチだったからしゃーなしだし。あとニーナちゃんなんかも十代前半から戦場にいるみたいだけど、あっちは先天的に魔術の才があったみたいだからなぁ」



 その点、あの女の子はどちらの例にも該当していないようだ。


 なにせ意気揚々と先陣に混ざって突っ込んできて、魔術を使うわけでもなくボーガンで撃たれまくって倒れたしな。

 で、普通は臓器まで貫かれて死にそうなもんだが。



「……ありゃ胸に助けられたな」



 あの白耳白尻尾の獣人少女、顔立ちは十三歳そこらで身長は130cm台程度と幼いが、胸が、その……爆乳ニーナを圧倒的に超えていた。


 保有魔術【創造術式】ゆえ物質構造を見抜ける俺の目によると、乳サイズは130cmオーバー。

 ざっくりPカップといったところだ。おかげでめっちゃ印象に残ってるよ。



「ふぅむ……あの胸、危険だな」



 性的な意味で、じゃない。魔術的な意味でだ。


 現状は迷信にすぎないが、魔術の才を持っている者は、男なら逸物・女性なら乳房が発達する傾向にあるという。


 まぁ魔術師は『魔力』と呼ばれる不可視のエネルギーを大気から血肉に取り込んでいるというのだから、その貯蓄なり貯蓄媒介の発生なりで、他者より質量が増すことは当然っちゃ当然だ。



「戦場では雑に先陣切らされてあっさりやられているのを見るに、非魔術師なのは確定。となれば、俺と同じく後天覚醒型の可能性があるな」



 魔術の才を持つ奴は一般的に物心ついた頃には覚醒するが、中には大きくなってから強いショックで目覚めるやつもいる。

 俺がその例だ。初戦場で死に物狂いになってたら覚醒した。



「……そういう意味じゃ、あのロリPカップはやばいな。未知の兵器ボーガンで半死半生の矢衾になるとか、ショックとしては十分だ」



 はい、昨日は勝ったことや隣の辺境伯がいい人なのがわかって、舞い上がって意識になかったです。


 一応女の子だから野郎どもとは違う捕虜収容室に入れたけど、監視もろくにつけなかったしマズいかも~……!?



「よ、よーし! あのロリPカップは丁重に扱うぞォ~!」



 というわけで、さっそくお見舞いしに行きますか。

 昨日は失血しまくっててくたばってたけど、もしかしたらもう意識を取り戻してるかもだからな。



「魔術の才に目覚めさせないためにも……そして目覚めてても大暴れさせないために、全力で優しく扱うぞッッッ!」



 紳士になるのだアルヴァトロスくん!


 えいえい、おー!




◆ ◇ ◆



【収容室にて】



「さぁラフム、現在のウルス王国の情勢と戦力を吐きなさい」


「ぎゃああああぁあああああああああぁあああああああーーーーーーーーーーーーッッッ!?」



 ……部屋に来たら、ニーナちゃんが例の女の子を椅子に縛り上げて、火傷まみれにしていた。



 っておいおいおいおいおいおいおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーッッッ!?!?!?!?!?!?


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