第8話



【朝、領主邸の寝室にて】



「むぐぅ~~~~~~~~~~!♡♡♡」


「……もういい加減に喋っていいぞニーナ」


「オッッッッホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!♡♡♡」


「やはり黙れ」




 はいアルヴァトロスくんです。

 今日も今日とてバチクソ汚いニーナちゃんに食われまくってます。


 嫌だなぁこのモーニングルーティン……!



「さて、昨日は装備も整え終えたしな。今日の予定は特産品開発でも……」



 とその時だ。各方角の防壁上に取り付けた鐘の一つから、カーンッカーンッカーンッ! とけたたましい音が響いた。



「む。東の方角から鐘三回……そちらから大群が攻めてきたということか(あわわわわわ!)」



 俺は急いで立ち上がった。

 すると、



「ンギィイイイイイイイイイイイイイーーーーーーッ!?♡」


「あ(あ)」



 そういえばニーナちゃん刺さったままだったわ。


 彼女の身長が150cmほどで俺より30cm以上低いから、完全に足がぷらーんっとなっちまってる。



「わッ、私の全体重がッ、し゛き゛ゅ゛う゛にかかってりゅぅうぅぅぅうう!?!?!?♡♡♡」



 ちょっとごめんねと俺は思った。




 ◆ ◇ ◆




【領地外縁部、防壁上にて】



「状況は」


「ハッ、これは空に輝く黒翼山の星にしてアルヴァトロス隊長閣下!」


「挨拶はいい」



 見張り兵のルーカスくんに声をかける。防壁が完成してから、常時交代で配置するようにした人員だ。



「時刻0500ゼロゴーマルマルより、ウルス王国側より敵兵と思しき大集団が出撃するのを確認。数はおおよそ一万。現在は森の中ゆえ確認不透明ですが、距離と経過時間からして数分後には見敵するかと」


「上出来だ」



 防壁を高くしてよかったなぁ。

 前世の一般的な校舎より高い二十メートルくらいにしたから、視力が良くて常時敵地から目を離さない人材を陣取らせておけば、出撃段階から敵戦力を測れる。



「お前はとても優秀だ。ルーカス、どうかこれからも俺の側にいてくれ」


「オッッッッホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!♡♡♡」



 肩にぽんと手を置いて褒めたら叫び出した。うわこわ。



「落ち着け」


「ハ」



 うわぁ急に落ち着くな!



「さて――お前たち、聞いていたな? 早くも戦陣の時が訪れたぞ」


『ハッッッ!』



 防壁上より振り返り、地上に目をやる。


 そこには既に3000人の領民たちがフル装備で待機していた。



「王国兵の数は一万。我らの三倍以上の数だ」


『ッ……!』



 領民の半数以上が緊張気味な顔をした。

 まったく素人の貧民たちだな。



「向こうの辺境伯はズカキップといったか。流石に素人ではないようだな」



 こちらに一切隙を与えぬ突然の強襲に加え、籠城地を攻め落とすには三倍以上の兵力が必要というセオリーをちゃんとクリアしてきた。


 この速効性、やるよなぁ獣人。俺ら普通の人間より脚力に優れるだけあるわ。



「だがしかし」



 あまり恐怖はなかった。


 俺が恐れていたのは、ウルス王国の獣人たちが一丸となって数十万の兵を差し向けてくる展開だ。

 一万程度なら手勢を急いで集めたってだけだろう。そして何より、



「真に有力な王国軍人は、『西部戦線』で皆殺しにしたからな」



 今残っているのは後方組ばかりだ。『奇跡のエタナ』も『剣王騎バルル』も『千年将軍ギルガメッシュ』も、全て俺と仲間たちが殺した。



「ゆえにお前たち。恐れも、緊張も、個々人抱くのは自由だが、臆して絶望することだけは一切全く必要ない。此度の狩人はお前たちだ」


『ッ――!』



 いやぁ~安心したわ。

 だって俺の初陣なんて、五倍以上の敵勢力と正面衝突しなきゃだったんだぞ?

 それに比べたら籠城戦+三倍程度なんて演習だわ。今回の敵勢力規模なら、逆にいい感じに経験を積ませることが出来そうだな。



「では」



 俺は手を振り下ろした。



「獣狩りの時間だ。おもむくままに、殺戮せよ」


『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!』





 ◆ ◇ ◆




【森林中、ズカキップ勢力】



「――さぁ、いよいよ英雄狩りの時だ……!」



 森の中、ズカキップ辺境伯は後方を振り返った。


 そこには殺意に耳と尾の毛を逆立たせた、勇敢な一万の兵士たちが。



「殺す……! そして、おれこそが王国の英雄に……!」

「早く突撃の許可をォ!」

「兄ちゃんたちの仇だァーーーッ!」



 その若き勢いにズカキップは頷く。


 彼らこそ、奇跡の逆転と大敗を喫した『西部戦線』から二年の間に育った新芽だ。


 その若いエネルギーを此度の強襲に大いに活かしてもらうつもりだ。



(まぁ……)



 元気すぎて心配な者もいるが――と、ズカキップは側に控える娘を見た。



「うおおおおおおおおおおおおおおッ! 殺すのだ! 殺すのだ! 殺すのだ! 殺すのだ!」


「……控えよ、ラフム」



 彼女の名はラフム。白犬の耳と尾を生やした、ズカキップの実子だった。


 一応は兵役経験者である。二年前の『西部戦線』時のも、ズカキップと共に王都本部にて後方支援を担当していたのだが……。



『こらラフムッ!? 宗国の王子の、ひ、秘部を踏みつけッ、何をしている!?』


『交渉なのだ父上ッッッ! この耳長がエルフヘイム宗国にもっと支援を要求すれば、帝国をラクに落とせるのだ! 国のためなのだァァァァアアアアーーーーーッ!』


『ラフムッッッ!?』



 ……この少女は信じられない戦犯を起こした。


 当時。対ヴァイス帝国に向けて同盟を結ぶため、各国はソフィア条約に従い人質を送り合っていた。

 だがなんと、ラフムはエルフの幼き王子を、交渉と称して拷問。


 勢いあまって、。最悪である。



(……あれには肝を冷やしたが、帝国が我らもエルフ宗国も徹底的に叩き潰してくれたおかげで、どうにかなった。完全に余力が消え去ったからな……)



 戦敗が逆に功を奏した。


 普段であればエルフ宗国と戦争になりかねなかったが、もはやお互いに疲弊しており有耶無耶に。


 身内から戦犯を出したズカキップも、多くの人材の戦死によりどうにか辺境伯に就くことが出来た。



「弱い血などこの世から絶やすのだッ! 根絶やしにするのだッ! 我ら獣人の強き血のみがあればいいのだァァアアーーーーーーッ!」


「……そう、だな(馬鹿者が)」



 かのエルフ宗国との一件は別に消え去ったわけではない。


 火種は今なお燻り続けている上、もしズカキップが英雄アルヴァトロスを討って王族入りを果たした際には、間違いなく攻撃材料にされるだろう。


 ああ、ゆえに。



「……ラフムよ。一番槍は、貴様に任せる。吾輩の娘として存分に役目を果たすがいい」


「オォォオッ!? 光栄なのだ父上ッ!」



 ――この娘には死んでもらうことにした。



(これで格好がつくだろう。エルフ宗国も恨み骨髄なアルヴァトロス……あやつを討つために下手人はいしずえになったとなれば、連中も強く言えまいて)



 ゆえにせいぜい暴れて死ねと、ズカキップは娘を切り捨てる。



「さぁ、いよいよ伝説の時だ。森を抜けた瞬間、一気にアルヴァトロス領を討ち滅ぼすぞ!」


『ウォオオオオオオオオーーーーーーーーーーッッッ!』



 戦力も殺意も十分だ。


 弓矢すら躱す獣人の動体視力を以って、いざや防壁に乗り込んでやろう。



「では貴様たちッ、いくぞぉおおおおおーーーーーーーー!」


『オオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!』



 こうして彼らは栄光を夢見て突撃し、




「は?」




 弓とは比べ物にならない速さと威力の、『ボーガン』の雨あられを浴びるのだった。

 


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 @えーぶい(【時間操作】転生村長とかいう作品はじめました)

https://kakuyomu.jp/works/16818093081816776794

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る