第9話

【アルヴァトロス領前、ズカキップ勢力】



「なっ、なんだこれは、なんだこれはァーーーッ!?」



 後方にてズカキップ辺境伯は叫んだ。


 意気揚々と先陣を駆けた獣人たちが、防壁より降り注ぐ無数の礫に撃滅されたのだ。


 矢、ではなかった。もっと短く深く、それゆえに高所からの弾速が速過ぎる。



「なんだこれはっ……新兵器なのか……!?」



 昇る朝日が防壁上の兵たちを照らす。


 彼らは一様に、弓矢を横向きにしたかのような異様な鉄製武器を手にしていた。



「あれは、一体……!?」



 ――ズカキップは知らない。


 かの兵装こそ、中距離戦の威力において弓矢を凌駕し、悪魔の兵器と恐れられた『ボーガン』なる存在であることに。

 しかもアルヴァトロス製の近代仕様だ。装填速度に難があった原初のボーガンと違い、滑車と歯車で弦を容易に巻き上げる半機械クレインクイン式コンパウンドクロスボウである。

 また本体上部には矢のマガジンが存在。グリップ下にセットされるレバーによって、弦を引くのと同時に次弾装填が可能。ゆえに下手な弓兵に勝るほどの連射速度を確保している上、弦もまた【創造術式】からなる加工困難な金属繊維仕様である。この世界で一般的に用いられている麻の弦や動物の腱からなる有機弦とは比べるべくもない、オーパーツだ。


 その激射の前には、獣人たちの反射神経も反応不可。鎧も蝋のごとく射貫かれ、瞬く間に死体の山が積み上がっていった。



「ズッ、ズカキップ殿ッ、これはどうしたら!?」

「貧民を多数抱えた実働1000人の軍ではなかったのですか!?」

「ズカキップ辺境伯殿ッ!」



 ――獣人たちは知らない。


 ボーガンと呼ばれる兵器の強みは、弓矢と違って素人でも安定した威力と命中率を発揮できることに。

 貧民ですら騎士を殺せる逆襲兵器トリックジョーカー。その性質こそが、中世において十字教より使用禁戒を受けた由縁である。



「ズカキップ殿ぉおお!?」



 ゆえに獣人らには、防壁上にて次々と交代で短矢を放つ者たちが、歴戦の猛者に思えた。


 話が違うと総司令たるズカキップに詰め寄る。



「えッ、えぇいッ! いくら強力な武器を使ってこようが、見るにあれは弓矢の発展形だ! 近寄れば無力なことに変わりないっ! ゆえにッ」



 ズカキップ側も切り札を切る。


 彼の側に、五名の短杖を持った獣人たちが控えた。



「『魔術兵』たちよ、仕事の時間だ。かの防壁を焼き砕け!」


『オォォォォオオオオオーーーッ!』



 彼らこそはこの世界の最大兵器、魔術兵。

 特にズカキップが揃えた者たちは、魔力消費量が激しい代わりに絶大な爆炎を放つことができる【火炎系術式】の使い手たちだった。

 発言力の及ぶ周辺領主らから借り受けた者たちだ。その希少性と魔力消費を鑑みて、軽々に使うはずではなかったが……、



「アルヴァトロスとの決戦に使いたかったが、仕方がない。やれぇお前たちッ!」



 ボーガンの掃射で挫かれた士気を盛り立てるためにも、ここで盛大に戦果を挙げる。


 かくしてズカキップの指示を受け、魔術兵たちは巨大な五つの爆炎球を生成。

 杖を振るうのと同時に、放たれた業火たちは防壁に炸裂し、激しい爆発を起こすのだが――しかし。



「は?」



 防壁は、まったくの無傷だった。

 焼けてはいる。黒焦げてはいる。だが、それだけだ。

 一切罅すら入ることなく、防壁は鎮座し続けていた。



「なっ――我らの魔術がぁ!?」

「なぜ砕けんッ!? なぜ無事なのだ!」

「一体なんなんだぁああッ!」



 叫び散らす魔術兵たち。

 国の切り札として貴族もかくやという待遇を受けてきた彼らの尊厳プライドは、防壁とは逆に激しく傷付けられた。


 ――魔術兵たちは知らない。


 かの防壁が厚さ十メートル以上を誇る上、さらには【創造術式】の効力によって、一切の不純物が取り除かれた純結晶構造体であることに。


 そもそも損壊という現象は、衝撃を受けた際に組成構造の複雑性から起こる。

 Aという物質の中にBという違う物質があれば、衝撃はAを砕けずともB周辺との『溝』に反射し、結果的に物質Aに内部から損傷を与えて罅を生むのだ。他に物質B2、B3、あるいは物質Cや物質Dなどが含まれていれば、その脆弱性は跳ね上がる。


 だがしかし。

 アルヴァトロスの【創造術式】は素材の構成自体に作用し、雑多な不純物を分離させることが可能なのだ。


 地面から砂鉄のみを浮かばせ、そこから細かく砂礫を除去し、純正の鉄を生み出したように。


 かの男が戦争の中で極め尽くした魔術センスは、石榑いしくれの壁を自然界に存在しない超結晶性防壁へと変貌させてみせた。



 さらに、さらに。



「――敵魔術兵確認。『バリスタ』用意」



 天壌から響く妖しき美声。

 それと共に、防壁の頂点から超巨大弩弓が顔を出した。



「は?」



 ズカキップたちは一切知らない。

 かの巨大兵器こそ、城すら砕く威力を誇る、『攻城兵装バリスタ』なる存在であることに。



「撃て」



 そして放たれる巨大烈弾。轟音が響くのと同時に、ズカキップ周囲の魔術師たちが爆散して消滅した。



「……はぁ?」



 知らない。知らない。ズカキップは、何も知らない。


 人に当たれば原型を留めるわけがない、その威力も。

 放たれる巨大矢が凶悪極まる炸裂仕様であることも。


 ズカキップはたまたま運よく弾が当たらなかったのだという、その奇跡も。



 ただ。



「わっ……わあああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーッッッッ!!! もう嫌だ!!! もう嫌だ!!!もうやだああああああああああぁあああああああああああああーーーーーーーーーーー!!!!!」



 生存本能だけが、『このまま死ぬ』と恐怖で男を突き動かした。



「撤退だぁああああああぁあああああああああーーーーーーーーーーー!」



 汗と涙と糞尿をぶちまけ、ズカキップは一目散に撤退していく。


 その様はあまりにも惨めで、当然の反応だった。


 ヒトが真に恐れるものは『未知』だ。

 来るとわかっている大脅威より、いつ来るかわからない謎の脅威を受けた時にこそ、人間は過剰に喫驚する生き物だ。



「うわああああああああああぁああぁあぁああああああああーーーーーーーッッッ!!!」



 だからこそ、この世界の人間からすれば超常の兵器を次々と見せるアルヴァトロスの戦いは、最悪の悪夢でしかなかった。



「てっ、撤退命令が出たぞオォオオオーーーッ!」

「もう駄目だぁああああ!」

「おっ、置いていかないでくれぇえええーーーーー!?」



 総大将の狂乱は瞬く間に軍勢に伝播した。


 痛みと興奮のエンドルフィン放出でどうにか戦意を保っていた最前兵も、後退していく後方を見て鎮静。

 そこでようやくと、を理解し、絶望。


 人間性を取り戻した瞬間に激痛と恐怖の虜になり、血を吐きながら後退を始めた。


 だが……もう遅い。



「――開城」



 指を鳴らす音が、高らかに響く。


 それと同時に、兵士たちが破壊を夢見た絶対防壁の一部が、まるで溶けた蝋のように切り拓かれた。



 そこから現れる、黄金の男。



 帝王紫フェニキアパープルの瞳を光らせ、『英雄アルヴァトロス』が顕来する。


 そして。



「【創造術式】、発動」



 溶けた防壁石が形を変えた。

 アルヴァトロスの周囲に浮かび上がり、無数のねじれた石槍と化したのだ。

 その切っ先は、恐怖に狂う敵兵たちだ。彼らの胴体を冷たく見据え、英雄は此処に裁を下す。



「【創造術式】、《螺業烈槍グランドスピア射出バースト》」



 かくして戦場に死が満ちる。


 無数の螺旋槍は王国兵たちの肉体を捩じ切りながら貫通し、一瞬にして数百体の串刺し死体を生み出した。



 さらに、さらに、さらに。



「焼き尽くせ、『火炙りの魔女』」


「ハッ!!!」



 蒼炎輝く光輪を背に、ウルス王国が怨敵『火炙りの魔女ニーナ』が天翔けた。


 悪名高きニーナ・シュバルト。最悪の雌豚と全獣人が忌み嫌う彼女だが、その汚名以前に呼ばれるべき二つ名がある。

 それは、『天才』。

 平凡な生まれながらに圧倒的な魔術センスを有し、爆炎を放つだけでなく完全に熱ベクトルを支配して身に纏わせ、飛行すらも可能とした、『魔導の才人アルヴァトロスの再来者』。それがニーナのステータスである。


 ゆえにもはや、獣人たちに明日はなかった。



「“獣葬・獄炎・罪業滅却”“天主覇道にはだかる衆愚よ、神火の光に灼き祓われよ”」



 獣人たちが最後に耳する、滅びの『誓約ゲッシュ』。

 それは魔術の使用に際し、詠唱・儀礼・服装指定・薬物使用などの造作リスクを設けることで、精神的昂揚と共に術式効果を増加させる技術である。

 そのウタに合わせ、ニーナの掲げた光臨が極大に蒼く燃え上がり――、



「その腑罪ごと浄滅せしめろ。【煉獄術式】、《魔塵焱アジ・ダハーカ》――!」



 此処に吹き荒ぶ灼熱の蒼嵐。周囲の木々ごともの皆等しく消し飛ばし、必死に逃避する獣人たちを骨も残さず焼き払っていく。



 ああ……さらに、さらに、さらに、さらに。




つわもの共よ、皆殺せ」


『オオオオオオォォォォォォォォォオ……ッ!』



 宣告の下、領兵たちが機械弩を手に出撃を果たす。


 その様はまさに地獄の猟犬。

 奇跡の生還者を完全に摘むために、一万の王国兵を一人残らず肉塊に変えるために。

 かのアルヴァトロスという男に、容赦など一切なかった。




「ぉ、おわ、りだ」




 王国兵の誰かが呟く。その二秒後にその者は百発の弩に射貫かれた。



 ああ――兵士たちは間違えてしまったのだ。


 彼らは、手を出してはいけない相手に触れてしまった。



 アルヴァトロスという、など、関わるべきではなかったのだ。



 こうして栄華を夢見たズカキップ軍一万は、九割九分以上が死亡という歴史的大虐殺を受けてしまったのだった……!


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