第20話



【アルヴァトロス領、軍基地】



『偉大なる空に輝く黒翼山の星にしてアルヴァトロス隊長閣下ァァァアアーーーーーーーッッッッ!!!!!!』


「ああ……」



 はいアルヴァトロスくんです。

 はい。どうせ開口一番叫ばれるだろうなって知ってましたよ。みんな戦友だもんね。


 いやさぁ慕われるのは嬉しいんだよ? でも、あんま過剰すぎるのは小心者の俺的にビクッてなるというかさぁ……!



「閣゛下゛ッ……! よもや閣下に再び仕えられるのみならず、再びこうして歩けるとは……ッ!」

「切断された手を有難う存じますッ! これでまた戦うことが出来まするッ!」

「隊長閣下万歳ッ! 隊長閣下万歳ッッッ!」



 と喝采してくれる者の中には、重傷による退役兵が多くを占めていた。



「……そうか。満足しているようで、何よりだ」



 俺が治癒した傷痍しょうい軍人。その数たるや、辺境領だけで二万人以上だ。

 十三年間続いた『世界大戦』で、どれだけの者が脱落したかわかるってもんだよ。



「戦友たちよ……我が誇るべき同志たちよ。もはやけいらに不自由はさせぬ」



 みんな、大変だったよね。


 これだけの数の戦争障碍者が出たんだ。

 一人一人に満足な補償が出来ているわけがなく、働けぬ者は退役軍人用救貧院という場所に押し込まれ、どうにか糊口を凌いでいた。


 ――ふざけるなよ。



「誓約しよう。我が軍門に在りし限り、卿らを二度と飢えはさせぬと。報奨を、厚遇を、そして尽きない手足と臓腑を、卿ら勇者に与えよう」


『オオォォォォォォォォォオオオッ……!』



 頑張った人は報われるべきなんだよ。

 だからこれからは俺が好きなだけ支えてあげるし、どんな傷も癒してあげるね。


 もちろん、ここにいるみんなだけじゃないよ。



「我が求むるは此の世の楽土だ。総べての同志に救いをもたらす楽園だ」


『総べての同志――!?』



 そう、総べてだ。

 一切例外まるでなく、総べての仲間が救いを受ける対象だ。



「報われぬ者は卿らだけではないだろう。帝国中に溢れているはずだ……惨めに地を這う、落伍者となった同志たちが……!」


『うぅッ……!』



 全員が悔しそうに顔を伏せた。


 そうだよね。みんな自身もそうだったんだし、他にも同じ苦労をした仲間たちが、苦労に見合わない不遇を受けてるって思うと、すごく辛いよね。


 だから俺が助けるよ。



「帝国が救えぬというのなら、このアルヴァトロスが救い上げよう――! 欠けた手足と懸けた命に、相応報いる救済を! この楽土にて与えてみせると契約しようッ!」


『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッッ! 隊長閣下ッ、万歳!!!』



 大喝采に頷き応える。


 うんうん、俺ってばいいこと考えちゃったね!


 全ては帝国から好かれるために、元々この地はハッピー領地にする予定だったもん。


 そこでさらに帝国がカバーしきれない戦争障碍者たちを全部集めて助けてあげたら、きっと国は『うおおおお! アルヴァトロスくんはなんて優しい子なんだっ! 大好き~!』って好感度爆上がりすること間違いなしだ!

 ぬっふっふっふ!


 戦友も救える。国家上層部も喜んでくれる。まさにみんな幸せ大作戦だね! ぶい!



「先日にウルク王国と交えたように、今後も危険は多いだろう。卿らには我が刃となって、どうかこの地を護ってほしい」


『ハハァアアアーーーーーーーッ!』



 みんなのハイテンション返事に満足し、さて帰っておやつ食べようと思った時だ(※ちなみに今日のおやつはニーナの作るミルクケーキ。物凄くクリーミーで美味しいのだ)。


 感情を込めた拍手と共に、軍服を纏った婦人が歩み寄ってきた。



「あぁ――あぁッ……! やはり閣下こそ、至高の御仁。全軍属の希望に他なりませぬ……ッ!」



 と涙ながらに言ってくる彼女に、俺は内心ビクッとしてしまう。



「……これは、ノルン中尉」


「あぁ畏まらないでください、閣下。今や貴方様のほうが階級も上でしょう」



 そう。この人はノルン中尉といって、俺の元上官である。

 つか初陣の時、俺含めた徴兵部隊を率いていた人だな。それが最終的に俺が大尉になって上官になっちゃったんだから、ちょっと気まずいんだよねぇ~~~。



「ふむ……まぁ、互いに軍属を辞めた身だ。ここは楽に行くとしよう」



 今基地にいるみんなもだけど、ノルンさんも軍を辞めてきちゃったんだよなぁ。


 一般的な民衆と違って、軍人は領地だけでなく帝国軍にも籍を置いている。

 それが勝手に異動するとなれば、辞表を出さなければ叶わない。



「俺についてきてくれたことは嬉しいが、除隊させてしまったことはいささか心苦しく……」


「私は幸せの絶頂でございますッッッ!」



 ひえっ!?



「ノルン中尉、もはや階級は存在しないのだ。敬語は別に使うことも……」


「いえ閣下は軍属の星ですッどうか畏まらせてくださいッッッ!」



 畏まらせてくださいってなんだよ!?


 え~~~ん俺のこと尊敬し過ぎてて怖いよぉ~~~!



「あぁ閣下。階級といえば、貴方様は尉官相当で収まるような人ではなかった」



 そ、そう?



「その功績を鑑みれば、元帥に任じられても当然だったでしょうに」



 って元帥は重いよッッッ!? めっちゃ責任重大じゃん嫌だよ怖いよッッッ!



「貴方様はまさに軍神でございます。私は今でも覚えていますよ、我が軍勢が窮地に落ちる中、独り凄絶に戦い続けた貴方様の雄姿を……そして絶対的な魔術の才に覚醒し、奇跡の逆転を齎す様を……ッ!」



 と恍惚な表情で語るノルンさん。


 年嵩としかさゆえの肉付きも相まって、これまたニーナを上回るような肢体をした彼女である。色っぽい顔をすると非常に目に毒なのだが、左手の薬指を見るによこしまな視線を向けないほうがいいだろう。

 たしか戦場の同期と結婚してたんだったか。ある意味職場婚だな。



「……閣下。もしも閣下が働きに見合った地位と指揮権を与えられていたのなら、貴族軍人の愚かな指令で犠牲になる者は激減したでしょう。我が伴侶も、夫婦らしいことを何一つすることなく死ぬことも、なかったはずです」


「そうか、ご亭主は亡くなられたか……」



 俺だけ激戦地に転属になったから知らなかったなぁ。可哀そうに。



「モイラ未亡人会長も、フォルトナ商会長も同じです。出兵の日に想いを告げられ結ばれるも、夫は戦地から帰ってこなかった」



 ふむふむ……って、ん? なんか危険未亡人二人の名前が出てきたぞ?



「私たちの未来は、腐敗した権威主義によって奪われたのですッ!」



 なんか危険な言葉が出てきたぞッ!?



「ゆえに閣下ッ!」


「(えッ!?)」



 ノルンさんは左手薬指の指輪を外すや、俺の手を掴んで指輪を渡してきた。



「(えッえッえッ!?)」


「この『国災未亡人会』のノルンッ、身命全てを閣下にお捧げ致しますッ! どうかご自由にお使いくださり、国家上層部を叩き潰してくださいませ――ッ!」



 ってまたかよぉーーーーーーーーッッッ!?


 この人も例の秘密組織のメンバーかよ! え~~~ん重い指輪が三つになっちゃったんだけどぉ~~~~!?


 


◆ ◇ ◆




【帝国軍本部にて】



「――アルヴァトロスめ、さっさと死ねばよいものを……!」



 会議室には重い空気が満ちていた。


 黒檀の長机に並ぶ面々。彼らこそ、ヴァイス帝国軍が上役たる少将以上の者たちだった。



「我らが手駒たるシュレヒト曰く、目論見通りにウルス王国軍に襲撃されたというが……」

「よもや犠牲者の一人も出さずに勝利するなど、ありえんだろう……っ! 戦果の改ざんなのではないか?」

「ともかくアルヴァトロスとその領地は健在なのだ、勝利したのは事実だろう。おかげで下民共の評価にまた箔付けする結果になったわ……!」



 苦々しく英雄を語る上位者たち。その全員が貴族軍人である。


 長年に亘り、各家で代わるがわるに軍上層部の席を独占し、実績と俸禄を吸い尽くしてきた彼ら。


 その腐敗したシステムは今、一人の男に台無しにされようとしていた。



「アルヴァトロス……ッ! あの、金髪の小僧め……!」



 救国の英雄、アルヴァトロス。

 流刑村出身の下賤極まる身でありながら、魔術兵としても類を見ない戦闘力を発揮し、滅亡寸前だった帝国に奇跡の勝利をもたらした男だ。


 ゆえに全ての帝国民は彼に感謝と尊敬の念を抱いているが、上位者たちは違った。



「勝利に役立ったことは褒めてやろう。が、程々ほどほどのところで死ねばよかったのだ……!」



 下民風情が持ち上げられる状況など、彼らが望むわけがなかった。


 それゆえ死地へと追い込み続けた。

 強権を振るって次々に激戦地が最前線へと送り、英雄の死をこいねがった。


 だが、アルヴァトロスは死ななかった。


 死線にて、勝利を。窮地にて、勝利を。

 逆境にて勝利を。孤軍にて勝利を。悲境にて勝利を窮境にて勝利を危地にて苦界にて困苦にて泥沼にて土壇場にて修羅場にて四面楚歌にて勝利を――全ての戦地で勝利と勝利を重ね続けた。


 狂気である。



「くそぉぉぉ……死ねよアルヴァトロスぅ……ッ!」



 気付けば帝国上層部の意思は、『世界大戦勝利』ではなく『英雄抹殺』に傾いていた。

 あの男を全力で消さなければいけない。

 それは最優の若き雄を前にした、古き権力者たちの生物的本能からくる殺意だった。



 ――特にその思いは、現元帥にして公爵たる『ゲバルト・フォン・バルトロメオ』が強く燃やしていた。



「そもそもである! あんな男がおらずとも、我ら帝国は勝利できていたはずなのだッ! あの男はその栄光を掠め取った簒奪者に過ぎないッ!」



 巌の様な拳で机を叩き、ゲバルト公爵は続ける。



「それをあの小僧が調子に乗りおって! 大尉風情に過ぎぬ分際で、『閣下』と呼ばれているのだぞ!? それは将のみに許された敬称だ! 誠に不愉快であるッ! さっさと殺害するべきだ!」



 吠えるゲバルト。その怒りには将官らも「その通りだ!」と同調する。



「確かに帝国は劣勢だったが、まだ勝ちの目は十分にあった! 戦勝の栄光は我らのモノだったのだ!」

「活躍は認めてやる、が! 別に彼奴きゃつがいなかったところで、今より多少兵が死ぬだけで勝ちは確実だったはずだ。ゆえに図に乗る権利はない!」

「むしろ彼奴を恐れた敵国連中が兵を抱えたまま降参したせいで、暴利の講和が結べなかったわ! そういう意味では国益の損失者だ!」



 ――勝手極まる言い分である。


 十三年前。外交の拗れが頂点に達し、『世界大戦』が幕開けた。

 帝国対五大国家+インスマウス部族軍という極限の状況。それを前に帝国人五千万の人口はみるみる激減していき、ついには志願者であれば子供でも徴用可となり、また刑務所や流刑地の男たちは強制徴兵という戦況に相成った。


 もはやその時点で“勝ちの目”など存在しない。

 訓練も受けていなければ命令を聞かせられるかも怪しい子供や犯罪者など送ったところで、前線は混乱するだけなのだ。


 だが――アルヴァトロスという男が奇跡の勝利を齎してしまったせいで、上層部は目が眩んでしまっていた。


 あの男が出来たなら、自分たちも出来た。勝てた。

 あの状況でも不可能なことじゃなかったんだと、『戦勝』への価値観が壊れてしまっていたのだ。


 それは挫折を知らず生きてきた貴族たちが、ついに人生最初で最後の敗北を味わう場面で、負けることが出来なかったがゆえの悲劇だった。



「よしッ……このゲバルト・フォン・バルトロメオ。よい案を思い付いたのである!」



 自分たちが凡俗で、かの英雄が化け物である事実も知らず――化け物のいる地がどうなっているかも知らず、ゲバルトは夢想は語る。



「先のウルク王国軍との紛争で金髪の小僧は勝った。だが、あまりにも勝ち過ぎである。今ごろ王国は恐怖に狂っているはずだろう」


「そ、それがどうしたので、ゲバルト元帥?」


「そこを利用する。まずは元帥権限により、国際回線ホットラインを開く。至急、術師を用意せよ」



 魔術師の中には、【感応術式】というものの使い手が極僅かに存在する。

 他の【感応術式】使いと波長を合わせることで、距離を無視した通信が可能なのだ。彼らは帝国含めた六大国家の中枢に置かれ、政争の道具にされていた。



「そして【感応術式】を用いて王国軍に忠告するのだ。“我らは諫めているものの、アルヴァトロスは非常に激怒している。僅か三千の手勢を用いて、そちらに攻め込む準備をしているぞ”とな!」



 これで敵は掛かるはずだと、ゲバルトはにやける。



「頭が良ければわかるはずだ。“我々は諫めている”という点で、帝国軍はアルヴァトロスを支援していないと。そして“攻め込む準備をしている”ということは、このまま亀のように固まっていても殻を砕かれるということだ。その二点を鑑みて――敵は、逆に一気呵成の大進軍を行うはずだ!」



 ゲバルトとて元帥。軍略自体の知識はあり、それを用いて敵の行動をある程度操ることは出来る。

 なお、それを自国の英雄殺しに使う点が最悪なのだが。



「オォッ、流石はゲバルト元帥! これで彼奴を殺すことが出来る!」

「獣人の長所は足の速さだ。前回以上の大進撃に期待できますな!」

「三倍の軍勢に勝ったそうだが、三十倍の十万も集まればひとたまりもないだろう!」



 にわかに盛り上がる作戦室。

 案を出したゲバルトも髭を撫でながら調子付く。



「うむうむ。――王国軍は講和破りを免れるため、前回のズカキップ辺境伯出兵を独断と断じて処分したそうだ。よって、今やズカキップ領は空白地帯……そこの利権を得るためにも、戦果を求めて多くの兵が集まってくれることだろう」



 これで英雄の領地も終わりだと、軍上層部らは高笑いを上げた。


 ――なお、彼らは知らない。


 彼らが絶えず英雄を死地へと追い込んだがために、アルヴァトロスの魔術がどれだけ練磨と覚醒と成長を遂げ、神のごとき万能性を持つに至っているのかを。


 そんなアルヴァトロスの下には、シュレヒト辺境伯より奪い取った万を超える手勢が集まっていることを。


 そして極めつけは……そのことを伝えるべきかシュレヒト自身が保身に悩んで迷っているため、情報が遅れていることを……!



「これで英雄は滅亡だ! 我らが忠実な手駒たるシュレヒトも、きっと現地で喜んでくれることだろう!」



 こうして彼らは何の現実も知らないまま、王国軍の到来を待つのだった。

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