第27話
「死ネェェェェーーーッ!!!」
俺に向かって猛ダッシュする狐女さん。彼女が踏み込むたび、眼前を囲うニーナの蒼炎が消えていく。
「――あいつは、『聖謐なるリメラ』! 魔術完全無効化能力を持った一級術師なのだ!」
と叫んだのは側に控えたラフムだ。彼女の言葉に「ほう」と思わず頷いた。
「
火炎術師の最上位たるニーナの蒼炎。それを翳らせるとかじゃなく完全に消してるあたり、マジなのだろう。
これはかなり珍しいタイプだな。魔術無効化系能力者の中でも、ここまでの抹消力を持つ者とはほとんど戦ったことがない。せいぜい三回くらいだろう。
「となれば、近衛隊よ」
『オォオオオーーーッ!』
応えたのは俺の周囲に集った三十名ほどの者たちだ。
未亡人3号・ノルン中尉を始めとした、軍属経験者の中でも選りすぐりの集団である。彼らはリメラに弩弓を向け、正確無比に一斉射撃を行った。
だが、
「シャァアアアーーーーーッ!」
女はありえない膂力を発揮した。
足元に転がった獣人兵二匹の死体を掴み上げると、棍棒のように振り回してボーガンの雨を弾き散らしたのだ。
これは人間業じゃないな。高い身体能力を有する獣人にしても限度がある。力も、動作に移るまでの速度も、高速の矢を見切る集中力も、完全に人外の域だ。となると、
「
こりゃまたソフィア条約違反だな。理性や健康を害する薬物は戦争の混迷化を招き、また種の存続に大きな害を為すことから、所持自体が禁じられているはずだ。
ゆえに薬物強化者の獣人なんて化け物とはほとんど戦ったことがない。せいぜい七回くらいだろう。
「ジッ、死ねっ、死ネッアるヴぁトロスゥウウゥぅゥウーーーッ! 息子ノッ、あの子の仇ィィイイイーーーッ!」
まさに決死だった。目を血走らせ、泡噴きながらリメラは駆けてくる。
そうか、そんなに俺が憎いのか。
「ノルン中尉、近衛隊を下がらせよ」
「なっ、しかし閣下!? それはあまりに危険ではっ」
「命令を復唱させる気か?」
「ッ、了解しました!」
ごめんねーノルンさん。心配してくれるのはめっちゃ嬉しいよ。
でも今回の戦いは、万が一にも仲間に犠牲者が出たらダメな感じなんだよね。
集まってくれた十万の民衆には、まだまだ酔い痴れていて欲しいんだ。
仲間を失う悲しさ? やったらやり返される緊張感? いらんいらんそんなもん邪魔だ。
俺の軍勢はそのほとんどが『民兵』である。長年の訓練により奴隷化された軍人ではなく、一般人に毛が生えた存在だ。
そんな連中を最も効率的に使う方法。それは、調子に乗らせることだ。
戦争の痛みなんて全く知らず、完勝する快楽だけを浴びせかけることだ。そうすればみんな理想の手足でいてくれる。ノリノリで敵を殺してくれるんだ。
ゆえに死者なんて一切出さんよ。
仲間を失う悲しさから命の大切さを学ばせないためにも、反戦感情や敵への哀れみに目覚めないために。
その果てに、最強の殺人鬼たちを生み出すために。
「皆の平和は、俺が守る」
みんなを背にして復讐の化け物と対峙する。
すると領民たちは『アビャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ! 偉大なる空に輝く黒翼山の星にしてアルヴァトロス様が守ってくれてりゅぅうううううーーーーッ!?!?』と大絶叫して前とかお尻とかを濡らしだすが、うんごめんね利益目的で守ってるだけだから……!
「英雄ヲ気取るな
超高速で飛びかかるリメラ。自身の足が砕け折れるほどの踏み込みで、亜音速の拳を放ってきた。
それを前に、
「ああ、その通りだ」
完全に
「げぼぉッ!?」
「貴様は正しい。貴様の何も間違っていない。貴様の憎悪は
殴り飛ばした瞬間に胸元を掴んで強引に引き寄せ、二度、三度と連続で殴る。
「護国の英雄? 馬鹿を言え。俺は所詮は殺人者だ。常に貴様たち『敵』を殺すため思考を廻す、今や立派な人でなしだ」
リメラが必死に片腕を振るった。薬物強化された膂力。防げば盾とした箇所が拉げるだろう。
ゆえに俺は肘と膝を尖らせ、振るわれた腕を挟み砕いた。彼女の口から絶叫が上がる。
「だがな、俺は一切後悔していない。俺が『敵』を殺すことで、護れた命は確かにあった。貴様の息子――という名の殺人者を殺すことで、俺は誰かを救ってみせたのだからな」
「なッ、オマエェーーーッ!?」
何を言うかッと吠えるリメラ。
我が息子は違う。お前なんぞと一緒にするな。同じ軍人でも魂が精神が違うのだ立派なのだとやれ唾を飛ばしながら――ああ。
「いい加減に黙れ」
股ぐらに全力の蹴りを放った。瞬間、下腹部から破裂音が響くとともに女は「ぎゃひッ!?」と悲鳴を上げて白目を剥いた。
さらに身体が無防備に浮かぶ。薬物強化を施そうが、体重までは増加しないからだ。
じゃあ拳を握り固めてっと、
「もッ、もうやめッ――!?」
さて、
「もはや会話する気はない。俺は、『敵』とは三言以上話さん」
剛拳鉄槌。
その顔面へと深く強烈に拳を捩じ込み、脳漿を地に吐き出させたのだった。
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