第2話




「ふ……(あ~~~~~~やっと着いたっすわぁ最果ての地……! 俺、普通に都会で平和に暮らしたいんだけどなぁ)」



 男爵就任から数日後。


 俺は領地兵としてついてきてくれた保有大隊1000人(+戦犯美少女一匹)を引き連れ、国の最外縁たる東の土地にやってきた。


 森林豊かで川のせせらぎが響くイイ場所ですねぇ~~。

 ま、森をぐいーっと超えた先に敵国があるせいで全て台無しなんですけどね! がはは!


 てか、



「……領地は、まるで整っていないようだな(えぇ?)」



 どうなってんだこれ?


 俺が男爵就任から速攻で辺境に流されたのは、王家と寄り親たる『シュレヒト辺境伯家』が、“事前に話は進んでたから、もう住む場所の準備とかしてあるよ~!”って言ってきたからだ。

 まぁだからこそ領地拝命を断るわけにはいかなくなったんだけどさぁ……。



「――アルヴァトロス隊長閣下、これはどういうことでしょうか? 一応は土地は拓かれ、石材や材木こそ各所に積んでありますが……」



 と口に出したのは、銀髪ぐるぐる金目美少女のニーナちゃんだった。

 ちなみに現在の衣装はメイド服です。貴族となった俺の従者になるのだから、との理由で。



「ニーナ……(うーん容姿は100点! でも中身は0点なんだよなぁ)」



 彼女こそ俺の胃痛の種である。

 条約破りの敵国難民巻き込み無双でゲリラを駆逐したせいで、罪人でありながら現場軍人や過激派民衆からはえらい支持されてるんだってさ。美少女だしね。


 それで裁判判決が慎重になって遅々としてたところ、俺の部下になることになりました。なんでや。


 教えてくれライデン……!(※ライデン:士官学校卒のエリート。鼻にかけたところはあったが、たまに青空教室を開いて無学な兵に文字を教えていた。忍び込んできたゲリラのガキに刺されて死亡。最後の言葉は「かぁさぁん……!」)



「くっ、あばら家すら存在しないじゃないか! 寄り親であるシュレヒト家は何をやっていたのか!? 私たちに野ざらしで寝ろとッ!?」



 ヒートアップしていくニーナちゃん。


 ちょっと落ち着け……と言いたいが、他の部下たちも同じような様子だ。

 彼女のように喚いてはいないが、その表情は苦々しい。



「約束が違うぞ。野宿しろということか?」

「我らはいい。だが偉大なる空に輝く黒翼山の星にして隊長閣下を地に寝かせるなど……」

「シュレヒト家は何を考えているんだ……!」



 ひぇぇぇ。1000人の軍人ヤンキーが一斉に不機嫌になると、すげー怖い雰囲気になるよ……!


 あと俺も別に雑魚寝でいいからね? 下っ端のころはそれが普通だったし。



「はぁ……(やれやれ。ともかくこれ、一回シュレヒト家さんに話しないと駄目だよなぁ)」



 正直怖いから貴族様となんて話したくないけど、ここで黙ってたら部下がどう思うかわかったもんじゃないからねぇ。

 あぁやだやだ……。



 などと内心憂鬱になっていた――その時。大集団を率いて、俺たちに近づいてくる者らがいた。



「ッ、これはこれは、噂のアルヴァトロス男爵……。写実絵に違わぬ美丈夫ぶりのようで……!」



 と話しかけてきたのは、素敵な帽子の紳士さんだった。

 明らかに上流階級者だとわかる風貌だ。彼が引き連れてきた謎の大集団が小汚いぶん、この場から浮いている。



「おっと申し遅れました。私の名はジャンジャック・フォン・シュレヒト。以後、お見知りおきを?」



 男がそう名乗った瞬間、俺の部下たちが殺気だった。

 特にニーナちゃんはカンカンだ。



「むッ、お前がシュレヒト辺境伯か!? この領地の有り様はなんだっ! 建物の準備をしておくという話じゃなかったのか!?」


「おや、辺境伯たる私に対して口が悪い……。これは飼い主の品格が問われますなぁ?」


「なんだとッ!?」



 ちょいちょいちょいちょい!?


 ニーナちゃんもそりゃ確かに礼儀知らずだけど、シュレヒトさんもなんで挑発かましてんだよ!?


 貴族として俺の寄り親になってくれるって話では……!?



「ふはは、どうやら勘違いされているようだ。確かに私は『建物の準備をしておく』と言いましたが、それは建物を建てておくという意味ではない。木材や石材を用意し、をしておくという意味だ」


「なにぃ~っ……!?」



 おぉう。それは明らかに詐欺だろシュレヒトさん……!

 ニーナちゃんがもうガチギレファイヤー寸前だからマジでやめてくれよ。難民焼肉しちゃうから。


 にしても、なんでこんな嫌がらせじみた真似してくるんだ?

 え、俺ってなんかしちゃった? かなしー。



「どうやら情報の齟齬があったようですねぇ。残念、残念。まぁ些細な行き違いは水に流して、これからの話をしようじゃありませんか」


「なんの建物も用意してない件が、些細な行き違いだとッ!?」


「雌犬は黙ってなさい。――えーではアルヴァトロス男爵、アナタには隣国『ウルス王国』の侵略に備えた先鋒役として、早急に陣地たる領地を整える義務があります。そのために、我が大切な領民たちを2000人ほど差し上げましょう」


『……』



 辺境伯は恭しい仕草で背後の連中を指し示した。


 あー、その人たちって領民なのね。

 それをくれるっていうのはまぁありがたいわ。でも、なんかみんな痩せてるし元気がないような?



「あぁ、使い潰してくれても構いませんよ。何せ彼らは、税収も治めずに領地の端に寄生していた、いわゆる貧民街スラムの連中ですから」



 って、大切な領民ちゃうんかーーい!

 完全に不良債権じゃねーかッッッ! んなもん渡すな!



「というわけで、どうか彼らと協力して領地を作り上げてください。じゃないと、アナタが引き連れてきた者たち合わせて、3000人が野ざらしの地で暮らさないといけなくなるんですからねぇ? 病気が蔓延してしまったら大変だ~」


「……」



 うーーーん、よくわかった。

 これ、俺完全に喧嘩売られてるじゃん。



「ちなみに、食料も用意しないとダメですよ? 領民を食べさせるのが領主の務めですからねぇ。ま、どうしても無理なら売ってあげても構いませんがね。アナタが誠心誠意、頭を下げてくれればですが~!」



 はぁぁ……別に俺自身はどれだけ馬鹿にされてもいいんだよ? ちょっとへこむくらいだし。


 でも黙ってるわけにはいかないんだよね。

 このまま馬鹿にされっぱなしでいたら、怖い部下たちが『情けない大将め!』って俺に失望して責めてくるだろうからね。

 特に戦犯ニーナちゃんは規範意識ない馬鹿だから『お前みたいな腑抜けを上官と認めるか! しねぇ~!』と余裕で殺しにくるだろう。やばぁ……!


 だから怖いけど勇気を出してっと……。



「――蛆虫ウジムシが」


「ぐがッ!?」



 俺は辺境伯様を締め上げた。

 そのまま片手でモノのように持ち上げる。



「うぎッ、お、おまえぇ!?」


「殺してやる」



 うぅぅ、やりたくないけどギュゥゥゥゥ!


 部下の皆さん見てますか~~!?



「ぐぎぃぃぃッ!? じッ、じぬぅううぅっぅうッ!?」



 おっとそろそろ死にそうだな……!

 顔面が蒼白になったところで投げ捨てます。ぽい。ごめんねぇ……?



「うぐッ!? げほっ、がはッ……!? ぉッ、お前、なにを……!?」


「失礼した。戦場帰りゆえ、貴様の首筋に蛆が沸いている錯覚をしてしまった。それを払おうとしただけなのだ」


「なにぃッ!?」



 いやーー、本当すみませんね辺境伯様……!


 暴言とか暴力はめっちゃ嫌いなアルヴァトロスくんだけど、部下たちの目が怖いからこうするしかないんですわ……!



「そっ、そそっ、そんな言い分が通用するかッ! それにお前ッ、なんだその口の利き方は!? 辺境伯たる私に、『貴様』だと!?」


「あぁすまない。貴様が先ほど言った通り、俺はこの雌犬の飼い主でな? 品格というものが足りないようだ」



 ニーナの頭を撫でてやる。

 すると「めすいぬ……っ!」とめっちゃ嬉しそうにとろけた笑みを浮かべた。


 いやいやニーナさん、辺境伯の犬扱いを引用して皮肉るためにそう言っただけだからね? あとで謝る予定だったからね? なのになんで喜んでるんスか……。



「ふっ、ふざけるなよアルヴァトロス男爵! 何が錯覚だ、この私に手を上げるなどッ」


「まぁ許せよシュレヒト辺境伯。貴様も言っていただろう? 些細な行き違いは水に流せと」


「ぐっ……!?」



 はい、これで文句は言えなくなりましたねー。


 ちらりと振り返れば部下たちもニヤついております。

 どうやら溜飲は下がったみたいですね。



「自分もアルヴァトロス閣下に犬扱いされたい……ッ!」

「あの新入り、なんて羨ましいのかしら……!」

「オレも雌犬にしてください……!」



 って一部の連中はきしょいこと言うな!



「ぉ、お前ぇぇ……許さんからなァ……! 食糧支援など絶対にしてやるものかッ! 建物を建てるための道具も貸さんぞッ! そのまま領民どもを野垂れ死なせて、無能の汚名を背負うがいいわ!」


「結構だ。貴様に心配される必要はない」


「なにぃ!?」



 さーて、それじゃあ領地作りしちゃいますかぁ~。


 貴族になった以上、何しても構わないよな?




「――平民の『魔術』使用には厳格な規則がある。それは、戦場においては上官・平時においては土地の領主が許さぬ限り、行使は厳禁ということだ」



 この世界の一部の者は、魔力と呼ばれるエネルギーと固有の術式を持って生まれる。


 それらは兵器に他ならない。

 術式にもよるが、街中で安易に使用してミスしようものなら、大惨事を招いてしまうからだ。

 ゆえに立場なき者の使用は制限されていた。



「だが、俺はこれより帝国貴族だ。法の許す限り、これからは自由に術を扱える」



 全身に魔力を滾らせ、土地全体を視界に収めた。

 そして、



「発動せよ――【創造術式】」



 瞬間、俺が指を鳴らすのと同時に、土地一帯の材木や石材が浮かび上がる。


 それらは高速で地に突き刺さり、組み合わさって重なり合い、瞬く間に『住宅街』と化していった。



「なッ、これは……!?」



 目を見開く辺境伯に説明してやる。



「【創造術式】。俺の術であり、材料さえあればあらゆる存在を生みだすことが可能だ」



 まぁ創造物の構造イメージが出来てなきゃ無理だから、スマホとか作るのは無理無理の無理だけどね。

 あと加工するには魔力使うから森をそのまんま住宅街にするとかは難しいけど、今回は材料が加工済みで助かりましたわ~。




「な……なんだこれは、聞いていないぞ……っ! せ、生産系の魔術を使うとは情報にあったが、一瞬で街を作り出すなどありえない……!」


「ありえないことなどない。命懸けの戦場にて、想像力の鍛錬により術式発動速度を磨き、魔力運用効率を徹底的に最適化し続ければ可能となる」



 いや~ほんと速さと効率は大正義だからね。

 敵の突撃に合わせて内心泣きながら壁作ったり、魔力切れると失神するからマジで最低限魔力使用で効力発揮できるよう頑張ったよ……。



「さて、街が出来たな。これよりこの地を『アルヴァトロス領』とする」



 数秒のうちに俺の領地が完成した。


 石畳まできっちりと敷いた、簡素ながらもオシャレな街だ。


 まぁ家の構造はどこも同じ感じになっちゃったけど、そこは本職さんがいじるってことでよろしく頼むわ。



「――そして、領民たちよ」



 俺は、呆然とする辺境伯の背後に立つ、これまたぽかんとした貧民たちを見た。



「無様な有り様だな。誰もがやつれ果て、欠食に骨を浮かせている」


『っ……』



 恥じるように顔を下げる貧民たち。

 だが、



「安心しろ。我が軍門に下ったからには、誰一人として病ませはせん」



 俺はもう一度指を鳴らした。


 すると、領地内にいた動物たちが一斉にこちらに引き寄せられ、その過程で皮が剝がれて肉となり、貧民たちの前に積み上がった。



「宣言しよう。俺の背中に続く限り、お前たちに絶望は訪れないとな」


『おッ――うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーッッッ!!!』



 途端に沸き立つ大集団。



「ぁッ、アルヴァトロス様バンザァァァイ!」

「一生ついていきますアルヴァトロス様ッ!」

「アンタこそっ、オレたちの新しい希望だ!」



 部下たちが肉に火をつけて香ばしい匂いを漂わせる中、貧民たちは一斉に俺を讃えてくれるのだった。



 ふ~~。

 これで部下たちからの失望回避&ガラ悪そうな貧民どもからの、好感度は最低限稼いだな!


 あ。



「シュレヒトよ。次に愚策を弄するならば、


「ひぃッ!?」




 ◆ ◇ ◆




 この日、貧民たちは『王』の到来を目撃した――!



 全てのきっかけは数日前、シュレヒト領の兵士たちに掻き集められ、こう命令されたことに始まる。



 “お前たちは、これから訪れるアルヴァトロス男爵の民になれ”と。



 ――明らかな嫌がらせだった。



 恥ずかしいことながら、貧民たちは自分たちが無能で、例の男爵に負債になってしまうとわかっていた。


 アルヴァトロス男爵……噂だけなら聞いたことがある。


 曰く、様々な絶望的な戦場に派遣され続けるも、その全てにおいて勝利を飾ってきた伝説の英雄だ。


 きっと有能なのだろう。

 だが、それはあくまで戦場での話。

 領地運営となれば話は別で、きっと天下の英雄様も、自分たちを持て余してゴミのように扱うに違いない。



 そう、思っていたというのに――、



『安心しろ。我が軍門に下ったからには、誰一人として病ませはせん』



 ――かの英雄は、想像を超えた存在だった!



 まずその神々しい容姿と雰囲気だけで嫌味なシュレヒト辺境伯を威圧し、彼が焦りを隠しながら侮辱の数々を重ねてきたら、一切何も躊躇することなく首を締め上げてみせた!


 それだけでもう胸がすく思いだ。

 

 さらにそれだけに留まらず、舌鋒でも辺境伯を圧倒し、そのまま超常たる魔術の才で空き地に『街』を作り上げてみせた……!



 そして、そして。



『宣言しよう。俺の背中に続く限り、お前たちに絶望は訪れないとな』



 かの英雄は、自分たちを受け入れてくれた……!


 住む場所を用意し、食べ物を用意し、生きる場所を与えてくれたのだ……!



 もう喜びに言葉もない。


 その頃には、うのていで領地に逃げていく元領主シュレヒトなどどうでもよくなっていた。



 “ああ、この人だ! 自分たちの掲げる主君は、このアルヴァトロス様だ!”



 心からの忠誠を誓う貧民たち。


 ――かくして彼らは、目の前の男が“あぁ~~、戦犯に続いてまた変な連中抱えちまったぁ”と思っているとも知らず、忠誠心をマックスにするのだった……!




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【今回の人物紹介】


アルヴァトロスくん:部下たちが怖くて辺境伯を絞殺寸前に追い込んだ。3日くらいベッドで「ちょっとやりすぎたかなぁ……!」と悩む。


ニーナちゃん:アルヴァトロス様の犬になりたい!


部下A:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下B:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下C:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下D:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下E:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下F:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下G:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下H:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下I:アルヴァトロス様の犬になりたい!

部下以下略:アルヴァトロス様の犬になりたい!


シュレヒトさん:ぎゃあああああああああああああぐやじいいいいいいいい!!!!!!

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