第29話



「ぐぅうぅぅッ、アルヴァトロスめ! 貴様がいなければ、儂こそが世界に謳われる魔術兵に……!」



 いや~~ようやく追い詰めれたねぇバブムさん!

 こいつマジで逃げ足速いからうざかったんだよね。接近して圧掛けたらすぐ自軍放置で遁走しやがるの。

 まぁおかげでこいつとの戦闘はボーナスステージみたいなもんだったけどさぁ。



「いいか!? 貴様が儂に勝てているのは、単純に若さあってのことだ! もしも同世代に生まれていれば貴様は儂の影を踏み続ける生涯にッ」



 あーうん。



「右足」


「は?」



 ――瞬間、俺の命令に瞬時に応え、雑木林から顔を出した弩弓兵数名がヤツの右足を穿ち抜いた。



「ぎゃッ、ぎゃぁあああーーーーーーーーッ!?」



 はぁスッキリ感。ようやく流血させられたよ。

 戦争の美学とかそういうのは俺にないよ? でもさ、将校クラスの人間が毎回無傷で逃げていくのって、正直言ってもにょっとくるじゃん?

 人を使って戦争するなら、負けたらちゃんと傷つかないと。



「バブムよ、聞け」


「うぅぅ……!?」



 血だまりに沈む狸に語る。



「貴様は俺を憎んでいるようだな。己が魔術で屠ってやりたいと、そう思っているな?」


「そッ、そうだぁ……! それが一体っ」


「俺は別にどうでもいいぞ。誰が羽虫キサマを殺そうとな」



 左手を上げる。すると別方向の藪からも兵らが飛び出し、バブムの左手を矢衾やぶすまにした。



「うぎゅぅうッ!? こッ、このっ、魔術も振るえぬ一般兵共がッ!」


「あぁそうだ。彼らはただの一般兵。それも我が下にいる者たちは、そのほとんどが民兵だ」


「なにぃいぃ……!?」



 ざっ、ざっ、と。軍靴の音を立てながら、次々と周囲に兵士たちが集結してきた。

 バブムもハッとした表情から気付いたようだ。とっくに包囲状態にあるのだとな。



「こ、こんな、こんな……!」


「理解したか。貴様はただの兵士たちに追い詰められているのだ。貴様が今まで使い潰した、ただの一般兵たちにな」


「ッ、ふざけるなァーーーッ!」



 こんなことがあって堪るかッとバブムは吼えた。



「元気な『素材』だな」


「……は? そ、ざい?」



 あぁそうそう。言っておく必要があるな。



「俺は敵とは三言以上話さんようにしている。記憶に関する脳細胞は、死にゆく味方に使いたいからな。ただ……これから役立てる貴様は、もう敵ではなくて『素材』なんだ。人間であるうちに話してやろう」


「は? は?」


「実はな、『聖謐なるリメラ』の散らばった脳を見て思ったんだ。我ら『魔術師』と、貴様が見下す『一般人』。その脳構造はどう違うのかをな」


「は――はぁ!?」



 これは転生者な俺だけの視点かもだよなぁ。


 女神とやらに人類が作られたのは、たった千年前とされている。

 最初から一千万人が創造されたというから人口こそあるが、学問はあんまり発展してないんだよ。

 だから薬物使用による錯乱も、脳という個所に詰まった『魂』が壊れるからとされている。解剖学が進み切っていない証拠だ。



「ゆえに、貴様で調べてやる。殺害したのち頭部を切り取り、通常の人間とどう違うか見てやろう」


「おまっ」


「違いが分かれば善し。その時は我が【創造術式】を以って、親愛なる我が兵に『術師化改造』を施そう。また魔術師だけの脳器官があると分かればまた善し。その時は貴様の【洗剣術式】を誰かに移植してやろう」


「まて――待てぇッ!? 嫌だぞ儂はっ! そんな死体を暴かれるような真似は嫌だァアアーーッ!」



 隻腕隻足を必死に動かし、バブムは俺から離れようとする。


 まぁそうなるだろうと思ってたよ。だから気遣いの準備は出来ている。


 これから役立ってくれる彼を、安心してあの世に送ってやれるようにな。



「――ラフムよ」


「はいなのだ!」



 俺の声に応え、バブムの前に白犬ロリのラフ太郎が飛び出した。



「なっ、お前はラフムッ!? ズカキップのところの気狂い娘ではないかっ!?」


「今は閣下のお嫁さんなのだ」



 誰が嫁だ。



「ッ、死んだと思っていたがそうか! 貴様、アルヴァトロスに寝返りおったのか!? 気こそ狂っていたが、獣人の素晴らしい種を世界に広めると宣っていたのに! 思いを反故にしおったかぁ!?」


「少し違うのだ。ラフムは閣下に負けて、語って、この世の真理を見つけたのだ。獣人じゃなくて、もっと素晴らしい閣下の種を全てのメスに植え付けるのダァアアアアーーー!」


「頭おかしいのかッ!?」



 うんわかる。俺もラフムちゃんのこと止めたいんだけど、周りの民衆も『うむ、相変わらず素晴らしい思想だ……!』としたり顔で頷いてるからなぁ。士気下げる真似はしたくないから強く止めれないってばよ……!



「まぁいいさ」



 これから死ぬ男には関係ないことだ。

 さて、最後に安心させてやろう。



「老将バブムよ。このまま死んでは獣人の未来が不安だろう? ならばこそ――ラフムよ。この男と戦ってやれ」


「ラフムなのだ!?」



 ラフムなのだ。



「せっかくの実戦の機会だ。魔術に目覚めたというのに、それを使わず終わるのは惜しいだろう。ゆえに栄えある老将を討ち取り、お前の魔道の始まりとするがいい。冥途の土産に若き才を見せてやれ」


「おぉおお……っ! わかったのだ! 頑張ってこいつをぶっ殺して、獣人の未来はラフムがいるから安泰とわからせてやるのだ!」



 と健気なことを言ったところで、バブムが「ふざけるな!」と叫んだ。



「そっ、そんな女はむしろ獣人の恥だッ! 絶対に生かすものかァッ!」



 バブムの全身から魔力が溢れる。下げた二刀が浮かび上がり、己が欠けた手足へと向かっていった。



「【洗剣術式】ッ、《人刃一体》!」

 


 そして刀と肉が接合する。柄の部分が筋肉の束のように解け、手足と一体化。さらに、ドクンッドクンッと無機質であるはずの刃に血脈が奔り、空いた左手や右足の爪が鉄刃となって生え伸びる。

 まさに刀の化け物と化した。



「グフハハハッ、これぞ我が秘奥義よ……ッ! 【洗剣術式】の本質は刀剣の材質変化。ゆえに刃を歯や爪と同質にして融合し、また刃と融合した己を刀剣と見立てることで、儂自身を刀剣強化してみせたのだァッ!」



 なるほど。こいつ自身に知識はないだろうが、長年の経験から『エナメル質』の存在を理解し、魔術に応用してみせたか。

 それにバブムの魔力がさらに増した。“秘奥義の内容を語る”という愚行――それゆえの強力な『誓約ゲッシュ』とし、一時的な強化を図ったか。腐っても老練の魔術師だな。



「ラフム、やれそうか?」


「わからないのだ」



 でも、とラフムは一拍置き、



「閣下が命令してくれるなら、この世にやれないことはないのだ!」



 力強く言い切るラフム。それを見守る領民たちも、『超絶わかる……!』と理解者ヅラで頷いた。



「(みんな重いな……!)……そうか。ならばラフムよ命令だ。あの古狸を血祭りに上げ、真なる決着を紛争につけよ」



 と言って肩に手を置くと、



「アビャアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!? 閣下の優等遺伝子ハンドに触れられて命令されるの最高なのだァーーーーーーッ!?!?!?」



 ラフムの全身(特に下半身)から特大量の魔力が沸き上がった。それを見守る領民たちも、『いいいいいいなああああああああああ!!!』とアヘヅラで涎を垂らした。

 ってなんだお前ら!?



「チィッ、アルヴァトロスの傀儡共がッ! あぁ、今こそようやくわかったわ……アルヴァトロスよ、貴様は下民共を洗脳しているのだな!?」



 えっ!? バブム(素材)さん何言ってんの!?



「直接対峙して感じる、『隷属か反攻か』を迫られるオーラッ! さながら若く強く美しい若獅子の性香フェロモンがごとく、雌や雑多な者どもは引き寄せられ、逆に群れの上位層にあるような者共は脅威を感じさせられるのだ!」



 そーなの!? 俺そんなやばい匂い出てたの!?



「帝国は元々傲慢で愚かな国だが、それでも戦争の英雄たる貴様を躍起になって潰さんとしている狂乱ぶりがイイ証拠よ! あぁぁぁわかるぞォ……儂も軍最上位の魔将として分かる。貴様の様なオスはッ、一刻も早く排除しなければとなァーーーッ!」



 刃と化した四肢をスパイクに、『斬照のバブム』が一気に駆けた。

 狙いは、俺だ。ってラフ太郎相手にしろ言うたやんけ!? いや来るなら殺すから別にいーけど!?



「偶然に生まれッ、そして戦争という研磨の場が生み出してしまった化け物め! 種を蒔く前に死ねぇーーー!」



「ふん……(種なら搾り取られてますぅ……!)」



 そうして俺が魔術を発動しようとした時だ。

 ラフムが小さな歩幅で歩み、俺の前に立つ。



「閣下のお手を煩わせないのだ。だってコイツと戦うのは、ラフムの仕事なんだから」



 歴戦の魔将と対峙するラフム。そんな彼女に、バブムは嘲りの笑みを浮かべた。



「低能の雌がッ! 魔術に覚醒したばかりの貴様が、儂に勝てると思うてかぁーーーッ!」



 アルヴァトロス諸共もろとも殺してくれると男は叫び、ついに二人が交差する――その刹那、



「絶対勝つのだ。だってお前との対決は、祖国じゃ誰にも期待されてなかったラフムに、閣下だけが与えてくれたお仕事なんだから――!」



 特大の雷光がラフムから溢れた!


 まさにその場で雷が爆ぜたような超電子爆発。それに巻き込まれたバブムは「がぐぎィイイーッ!?」と狂った悲鳴を上げ、数瞬後に光が散った時には、黒焦げになって膝をついていた。



「ばッ……馬鹿、な……ッ!? これほどの、威力は、一級魔術師、級、のォ……!?」


「ラフムはもう疎まれるラフムを卒業するのだ。これからは偉大なる空に輝く黒翼山の星にして隊長閣下と、ラフムと同じく閣下を慕う戦友たちみんなを守れるような、頼れるラフムになるのだ」



 そして彼女は手のひらを向ける。狙いは、魔将バブムの首から下。その白く柔らかな可愛らしい手に、凄絶なる殺意の雷光が収束する。



「や、やめろ……!」


「だからお前は」


「やめろォーーーーーーーーッ!?」


「脳みそ置いて、死ねなのだ」



 ――【雷光術式】、《荷電粒子砲かでんりゅうしほう》。



 魔術名の解放と共に、極大の破壊光が魔将を森ごと消し飛ばしたのだった。



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