第4話



「おぬし――王族から死んでほしいと思われとるぞ」



 えぇ……!?(ドン引き)


 いやいやいやいや、いやいやいやいやトゥルーデさんや。

 アンタ何言うてはりますの???


 十二歳の頃からムリゲーな戦場で頑張って全勝してきた俺が、まさかそんなわけないですやん……!



「まぁわかりきっていたことだろうがな」



 なんもわかってねーーーよ! 絶賛混乱中だよ!



「露骨な手を打たれたものよ。まずおぬしを、冷戦中とはいえ『ウルス王国』の直近に配置した」



 う、うん。それはまぁちょっとイヤだなぁって思ったよ?


 でも国も無限に土地があるわけじゃないしね。

 元平民の新参貴族だし、変なとこ貰ってもしょーがないかなぁって納得してるけど。



「そして、あの女じゃ。戦争犯罪者たる『火炙りの魔女ニーナ』を、おぬしのところに回したんじゃからもう最悪よ」



 えっ、あーーー。今は銀髪巨乳美少女メイドになってくれてるニーナちゃんね。


 うん、たしかに普段から言動が過激なところがあるし、正直顔合わせるたびにビビッてるよ?

 でもまぁ今のところは従順に過ごしてくれてるし、別に……。



「ウルス王国は激怒しているだろうよ。なにせ、ニーナという女が焼いた武装ゲリラと難民共は、ウルス王国の民草なんじゃからのぉ」



 あっ……………ああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーー!?


 そそそそそそッ、そういえばそーーだったわ!!!

 あいつ、ウルス王国にとっちゃ怨敵みたいな存在じゃんッッッ!


 それじゃ、いつ王国軍が攻めてきてもおかしくないじゃ~~ん……!



「ふっ……(か、完全に忘れてたってばよ。いや部隊関係者以外のヤツがやらかした軍法調書なんて、流し読みするくらいだし……自分馬鹿すぎて笑えてきたわ……)」


「ほほう。その笑み、『望むところだ』といった具合か」



 ちげーよ自嘲の笑みだよ!!!



「というわけで、我が帝国上層部はウルス王国を刺激して攻め込ませ、貴様を戦死させる腹積もりらしい」



 えぇ~~~……。それもう謀殺みたいなもんじゃん。


 なんで頑張った俺にそんなことするわけ?



王侯貴族ブルーブラッドの考えがわからんなぁ。元平民の俺相手に、どうしてそんな真似をするんだか」


「ハッ、わかっているだろうに皮肉を言うな」



 なんもわかってないし本心なんですけど!?



「――怖いんじゃよ、『英雄アルヴァトロス』という存在が。土地持ち貴族にせねばならんほど絶大な功績を上げ、民衆から大人気の平民……。そんな男がのさばり続ければ、限られた上位の席と土地を食い荒らされると思ったんじゃろ」



 えぇぇーーーー、それで俺お命を狙われてるンすかぁ……!?


 俺なんて、駅近の一軒家と気立てのいい嫁さん貰えればそれで満足なんですけど。


 なのになんで敵近の領地と気狂いした戦犯貰わないといけないんだよ……。



「やれやれ……恐ろしくて堪らんな(えぇぇんこわいよぉ~……!)」


「ふひははははッ! 冗談を言うなよアルヴァトロス! 聞いておるぞ。おぬし、領地の場所が決まった日には部屋で一人笑っていたそうじゃのぉ?」



 えっ!? なんの話!?



「ニーナなにがしを連れてきた部下が話しとったわ。“アルヴァトロス様は、この試練を楽しんでいらっしゃる”とな」



 ニーナを連れてきた部下がって……あーーーーーーッ、ニーナと出会う直前か!


 たしかに部下が扉を叩く前、俺笑ってたわ!


 ってそれは別に楽しんで笑ってたんじゃなくて、変な領地をもらっちゃって沈んでた心を無理矢理元気にしようと笑ってただけなんですけど!?



「流石の胆力というべきか。やはり世に謳われる英雄は違うのぉ?」



 いやいやいやいやいや、違うっての……!



「……トゥルーデよ……お前は勘違いしているぞ。俺は英雄なんて柄じゃない」



 表面上は冷徹軍人然としてるけど、中身はふわふわな一般人なんだっての……!


 もう怖くて堪んねーよっ! 俺みたいなヤツに変な評価下すなよ~!


 

「ああ、理解しておるわ。とてもじゃないが、おぬしは褒められた人間性をしておらん」



 えっ、わかってくれてるのトゥルちゃん!?


 やったーーー! 可愛いだけじゃなくて賢いねぇトゥルちゃんチュッチュッ!

 


「英雄というより、むしろおぬしは『獣』じゃな。苛烈な戦場ほど血を滾らせ、あらゆる敵兵えものを嬉々として喰い殺す危険人物よ」



 って、ちげーーーーーーーーーーーよッッッ!?


 なんだその評価おまえボケてんのかっっっ!?



「そしておぬしは、そんな本性を嫌悪してもいる。まったく、完全に血に酔ってしまえばラクになれるだろうに……」



 知らねーよ! なんだそのキャラ付け!?



「フッ。持て囃すばかりの若造共と違って、わらわにはわかるさ……!」



 理解者ヅラやめろ。



「というわけで、王侯貴族共には悟られんよう、提供物資の中には兵装物も紛れさせておいたわ。全部タダでやるから、いざというとき使うがいい」


「トゥルーデ……(お、おう。それはめっちゃ有難いんだけどさ)」



 うーん、できれば亡命ルートとか貰えたほうが嬉しいんだけど……!


 てかヘタに軍備が整っちゃったら、部下たちに『どうしようもないから逃げろ』って命令も出せなくない!?

 そんでみんなが逃げないなら俺も逃げるわけにはいかないし、戦うしか選択肢がなくなるんじゃないの~!?



「これで、いざウルス王国が攻めてきても最期まで戦えるな! がはははは!」


「そう、だな……(最期とか言うなよぉ!?)」



 だから戦いたくないんだっつのーーーーーーー!




◆ ◇ ◆




 

 ――大商人トゥルーデ・トット・トート。


 彼女は晩年、『もうこの国は見限ろうか』と思っていた。


 神聖ヴァイス帝国は大国だ。大陸中央の大部分を占めるが故に繁栄と進軍を続け、結果。



 “笑えるのぉ。全方位の国が敵に回るとか……”



 気付けば完全なる四面楚歌だ。

 自重を忘れて躍進した大国の、極めて妥当な末路である。



 だが結局、トゥルーデは逃げられなかった。


 彼女は御年二百歳となる。

 宿した【保存術式】により、二次性徴期前の子供の姿で、常人の二倍以上の生を歩んでしまった。


 それゆえに大切な人間が多くなり過ぎた。


 仕事仲間や友人だけでなく、かつての友の子や孫、その弟子やその兄弟やその伴侶が――と。


 絆は新たな絆を生み、気付いた時には、見捨てていくには惜しい人間があまりにも増えすぎてしまっていたのだ。



 “生き過ぎるのもダメだのぉ……。しがらみで身体が重くなる。周囲全てが、子供に見えて可愛くなる……!”



 そんな甘さが招いた結果だろう。


 ――兵站の搬入を行っていたトゥルーデは、中隊規模の黒ずくめの集団に商隊ごと襲われ、拉致されてしまった。



『す、すまない。だがこれも任務なんだ……!』

『アンタを秘密裏に引き渡せば、俺たちは地獄の戦場を抜けれるうえ、金だってもらえるんだよ……!』

『恨むなら、王族や貴族を恨んでくれ』



 トゥルーデを拉致したのは、自国たるヴァイス帝国の軍人たちだった。


 首謀者は王侯貴族の面々だ。


 理由は明白。

 当時上流階級者の間では、『不老者のトゥルーデとまじわれば、不老の恩恵が得られるかもしれない』と噂されていたからだ。



 ――何を馬鹿な、とトゥルーデは思った。


 彼女が歳を取らないのは、その【保存術式】の技術が卓越しているからに他ならない。



 “同じ魔術を持つ者なら普通におる。だがわらわは、どうにも天才だったらしい”



 魔術の完成度クォリティは、想像力とセンスで決まる。


 彼女の【保存術式】の場合、劣化させたくない対象物体を正確に思い浮かべ、その形状・構造・剛性率・温度――全ての状態を、


 あまりにも難易度が高すぎる。

 ゆえに訓練を重ねた【保存術式】使いでも、断続的にイメージを損ない、物体を劣化させてしまうのが普通だ。


 それに比べたらほぼ二百年間不老でいるトゥルーデは、もはや人間ではなかった。



 “だから、だろうのぉ。周囲に妙な夢を見させ、こうなってしまったか……”



 ――その結果がこれだ。

 戦場付近での拉致とは考えたものよと溜息を吐く。

 おそらく王侯貴族たちは、トゥルーデを“戦乱に巻き込まれて行方不明になった”と言い切るつもりだろう。

 裏では不老をもたらすための性奴隷として飼いながら、だ。



 “夢を見たことは責めんよ。わらわとて、老いて醜く死ぬのが嫌だから、この魔術を極めたんじゃからのぉ”



 だが。



 “――戦場からの脱却を餌に、軍人たちを犯罪者に仕立て上げた根性が気に食わん。本当に、腐りきっておるわ”



 きっとこの国は長く持たないだろう。


 栄華の果てに腐乱した上層部と、周囲全てが敵の現状。


 もう完全に詰みだ。じきにヴァイス帝国は終わりを迎えることだろう。



 “やはり、長生きなどするべきではないな。友人たちだけでなく、国が腐って終わりゆく様まで看取ることになるのだから……”



 身柄を抑えられながら、トゥルーデは静かに絶望した。


 これから、商会の部下たちや旧友の子孫たち……数えきれない人々が死ぬことになるだろう。


 そんな未来を想像し、かたく瞼を閉ざさんとした――その時。

 



『――そこまでだ』




 覇の一声が、耳朶を揺らした。




『なっ、なんだお前は!?』

『いや待てッ、こいつぁまさか……!』

『あの黒翼山で、奇跡の勝利を果たしたという――!?』



 いったい何があったというのかと、目を見開くトゥルーデ。


 そして、彼女は見ることになる。


 この終わりゆく帝国に舞い降りた英雄『ヴィンセント・アルヴァトロス』の姿を――!



『その背格好に声……覚えがあるぞ。貴様ら、第七中隊の者たちだな? それが一体、何をしている……?』


『こっ、これは!?』


『国を護るべく剣を執る腕で、何ゆえ子女をかどわかしている……?』


『ちがっ、あの――!』


『問答無用だ』



 それからは、夢でも見ているようだった。


 敵は中隊規模。百人以上の大集団だ。

 だというのにアルヴァトロスは一切恐れず彼らに向かい、全撃必殺を遂げてみせた。

 鋼のごとき鉄拳で全ての軍人を一切逃がさず粉砕し、血反吐を吐かせて半死に追いやってみせたのだ。




『貴様らは許されん邪悪だ。この場で死なないだけ、有難く思え』



 男の表情は苛烈なる怒気に染まっていた。

 常人の沙汰ではない。空気が震え上がるほどに鬼気迫るその様は、まさに鬼神だ。



 “ああ、ああっ……!”



 ――この日、トゥルーデは確信した。


 きっと彼なら、国を変えてくれるだろうと。


 この恐怖を知らない修羅のごとき益荒男ますらおならば、大切な人たちを必ずや救い上げてくれるはずだと。



『少女よ、名は?』


『とぅ、トゥルーデ、じゃ……!』


「そうか。恐ろしい場面を見せてしまってな。どうにも、気が高ぶりすぎてしまった……」



 巌のごとき顔付きに浮かぶ、笑みとも呼べないほどの小さな微笑。

 それに思わず『ぁぅっ!?』と妙な声を出しつつ、トゥルーデは誓う。


 いつかこの男を、この国の中心に据えてやろうと――!






 なお。



『では、俺はこれで……(ちくしょおおおおおおおおおおおッッッ! うんこ漏れそうで野グソスポット探してたら、面倒なことやらかしやがってよぉコイツラぁッ!)』



 トゥルーデは知らない。


 目の前の男が、必死でうんこを我慢していることに……!


 怒りの表情や鬼気迫る雰囲気は、ただ肛門が限界なだけなことに……!



『ま、待つのじゃ! せめて自己紹介をっ……!』


『む(ふぁっ!?)』



 ――こうして大商会の魔女トゥルーデは、中身へたれクソ野郎に全ての未来を託すのだった……!



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【英雄アルヴァトロスくんの中身】

・うんこ(限界)

・託された国の未来←NEW


トゥルーデ「これで安泰!!!」



【悲報】国の未来、うんこと混ざった模様……!

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