第17話



【領主門前にて、シュレヒト】



「――来るがいい、アルヴァトロス! 男らしく相手してやるッ!」



 全身鎧姿にて、ジャンジャック・フォン・シュレヒトは待ち構えていた。


 恐るべき英雄の到来に怯えていたシュレヒト。

 がたがたと震え、一時は老執事と共に逃げ出そうか算段を立てていた彼だが、やがて決心がついた。



「アルヴァトロスとて人間だ! 剣で首を刎ねれば当たり前に死ぬはずだッ!」



 そう。こうなったら攻めてくる(※と思い込んでる)英雄を、逆に討ち取ってやろうと決めたのだ。


 もちろん、忠実な執事・セバスチャンから見てもとんでもない無茶であるのだが。



「……恐れながら旦那様、かの英雄は歴戦の猛者です。後方実績しかない旦那様には、荷が重すぎるかと……!」


「ふんっ、わかっていますよセバスチャン。ですが黙って嬲り殺されるくらいなら、男として前のめりに死んでやりましょうッ!」



 それに、とシュレヒトは汗の浮かぶ顔に笑みを作る。



「勝機はあります。なにせ、アルヴァトロスの手勢は本人含めて三人だ! ならば寄って斬るチャンスもあるはず……ッ! そこを突きます!」


「おッ、おぉ旦那様ッ! 捨て鉢になったわけでなく、本気で勝利を目指しているのですね!? ならばこのセバスチャン、肉壁になる覚悟でお支えしましょうッ!」


「セバスチャンッ……!」


「共にアルヴァトロスを討ちましょうぞ、旦那様!」



 こうして、彼らが無駄に戦意を燃やしていた時だ。


 領主邸に続く大通りの果てより、黄金の人影が近づいてくるのを感じた。



「旦那様!?」


「っ、来たか!」


 

 間違いない。

 陽光に輝く黄金の美髪。引き締まった鋼の長身。

 さながら百獣の王がごとく、遠目にも本能をざわつかせるような気配。


 ああ、彼こそは。



「待っていたぞ、『英雄アルヴァトロス』――!」



 ついにまみえた“宿敵”を前に、シュレヒト辺境伯は不敵に笑うのだった。



 ――なお、その笑みはアルヴァトロスの背後に続く大群を見て、霧散することになる。



「……は?」



 大量の、人間だった。


 それも十や百や千ではない。


 万にも及ぶ、大軍勢がそこにいた――!



「はッ、はぁああああああーーーーーっ!? お、おいセバスチャンよっ!? なんだあの軍勢は!? あの男は三人で来たんじゃないのか!? 手勢を率いていますよっ!?」


「そんな……ハッ、お待ちください旦那様! あの軍勢の連中、我らが領地の民衆たちですぞ!」


「なにぃっ!?」



 一体何がどうなっているのか。


 アルヴァトロスの手下が彼に従ってついてきた、というならばわかる。


 だが何ゆえ辺境領の者たちが付き従っている? 一体どんな事情でここに?



「なんだ、何が起きているんだ……!?」



 混乱の境地に立つシュレヒト。


 そんな彼の敷地内へと、ついにアルヴァトロスと謎の軍勢はやってきた。



「――ごきげんよう、シュレヒト辺境伯。息災なようで何よりだ」


「っ!? ご、ごきげんよう、アルヴァトロス男爵……! ほ、本日は一体、どうされたのですかな……!?」



 本来ならば、出会い頭に切りかかるつもりだった。


 されど状況が変わってしまった。万に及ぶ謎の大軍勢を背景にされては、とても迂闊に手が出せない。



「ず、ずず、ずいぶんと、大人数でのご来訪のようですが……! 彼らは一体、どんな用事でここに……?」


「フッ――さてな。俺もまるで見当がつかない」


「なっ?!(ンなわけねーだろーーーー!!!)」



 明らかな挑発行為である。


 ここまで堂々と民衆を引き連れてきて、彼らの意図がわからないなどありえない。



「いやなに。俺自身はただ挨拶をしにやってきただけなのだがな。それがどうしてこうなったやら……」


「ッ!?(な、なんと白々しい演技をッ!?)」



 よもやこの男は、『なんか歩いてたら民衆が勝手についてきちゃった』とでも言いたいのだろうか?


 そんなことが起こるわけがない。


 確実に民衆たちは、アルヴァトロスに誘惑を受けてここに集まったと見た。


 ならば、その理由は……?



「ひ、人々よっ、我が辺境領の民たちよ。諸君らはなにゆえ、私の前にやってきたので……?」



 努めて冷静に振る舞うシュレヒト。

 そんな彼に対し、人々はこれまで見たことのない笑顔を浮かべて、



『自分たちッ、アルヴァトロス様の領地へ移り住もうとおもいまああああああああああーーーーーーーーーーーーーすッッッ!!!!!』


「ハッ、ハァアアアアアアアーーーーーーッ!?」



 最悪の事態が巻き起こった……!


 ここでようやく理解する。かの恐ろしきアルヴァトロスが、なぜこの地を訪れたのかを。

 それはシュレヒトを抹殺するという、そんなものではなく……!



「う、うあああああ!?(この男は、私から領民を奪うつもりでやってきたのかぁーーーッ!?)」



 まさに悪魔の所業である。


 もしアルヴァトロスがシュレヒトを害せば、かの英雄は殺人者として帝国から裁きを受けるだろう。今の絶大な人気も陰りを帯びるはずだ。


 しかしあの男は、命ではなく民を奪い取るという真似をかましてきたのだ。領主を領主たらしめる、稼ぎ口となる領民をである。



「ぁ、あ、アルヴァ、トロス……!」



 ――英雄を謀殺しようとした結果がこれである。


 所詮は、戦場で成り上がった男。ゆえに邪知を用いて殺そうとした結果がこれだ。


 かのアルヴァトロスは政治戦争においても恐るべき戦闘力を有しているのだと、シュレヒトは嫌というほどわからされた。



『それで領主様ッ、お答えは!?』


「うぅぅうううう!?」



 断れるわけがなかった。


 領民の移動については原則、領主の許可がいる。

 ゆえに断ることも出来るが、それでどうなるというのだろうか?


 数万人の領民の願いを断れば、待っているのは暴動である。


 それに領主の許可がなかろうが、夜逃げして他所の土地に移る手立ても存在していた。

 よってもはや詰みである。



「私たち、アルヴァトロス様をお支えしたいんです! 我らはあの方の理解者なのですッ!」

「我ら職人一同、伝説の英雄謹製の素材で、歴史に残るような品を作り上げたいのですッ!」

「偉大なる隊長閣下は、欠損した戦友を全て癒すことをお約束してくださいました! 我ら一同、その道に続いていく所存ですッ!」



 一体どのような話術を使ったのか……。

 民衆に愛され、職人に夢を見せ、軍人には希望を抱かせたアルヴァトロス。


 そんな彼の所業を前に、シュレヒトは怒りと絶望感に震えながら、やけくそで笑顔を浮かべたのだった。



「ぃ、いッ、移動を許可すりゅぅううう~~~~~~~~ッ!」


『やったあああああああああーーーーー! ありがとうございました領主様ぁーーーッ!』




 かくしてこの日。

 辺境領十万人のうち、八万人が大移動することになったのだった……!(※残る二万人は引っ越し準備に時間がかかる勢)



「おぉ、こんな申し出を許可してくれるのか。このアルヴァトロス、辺境伯の懐の大きさには感服する思いだ」


「うぎぃいいいいいいーーーーーー!?(このクソ英雄があああああーーーーーーッッッ!?)」





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・なんて懐が大きいんだシュレヒトさん――!【聖人不可避】

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