第24話
【アルヴァトロス領最外縁・第二防壁上にて】
……うわぁー土煙が森から立ち昇ってる。
もう木々がカモフラージュになってないな。ありゃ報告通り、三十万規模の兵が出撃してるわ。
「ねぇーなんでニーナの頭には
「はぁ馬鹿ですねラフム。それが出てたら魔術兵って一発でバレて狙い撃ちにされるじゃないですか。だから魔術に覚醒した者は、第一に魔力コントロールによる
「でも可愛いのだ。可愛ければ閣下ももっと興奮してくれるのだ。地味なニーナにオススメなのだ」
「ハァァアアッ!? きッ、貴様ッ、貴様や爆乳未亡人共が沸いたせいで気にしていたことをッ!? ふ……ふぅー、わかりましたよ! 私もそれくらい出せますもんほらーァッ!」
「わぁ~ッ蒼くてキラキラで綺麗なのだぁ~!」
「えへへ……っ!」
こんな時でも戦犯姉妹は楽しそうだ。信じてくれてるんだろうな、俺の采配を。
彼女たちだけじゃない。防壁下に集った領民たちも、恐怖の虜になることはなく、輝く瞳で俺をまっすぐに見上げてくれている。
「……光栄なことだ。これも、過ぎた勇名のおかげか」
――『英雄アルヴァトロス』。国外では『化け物』『恐るべきアルヴァトロス』とも呼ばれているが、どれにせよ俺みたいな小市民には似合わない名前だよ。胃が重くなる。
されど、肩書なんて食えもしないものを信じて、十万を超える者たちが心の平穏を保っていられるんだ。そう思えば必死こいて頑張ってきた甲斐があったな。
「さて、どう戦うかな」
顎に手を当て考える。するとニーナとラフムが少し驚いた顔をした。
「か、閣下。やはり今回の状況は大変なのですか? もちろん、並の将なら厳しい状況かと思いますが、閣下ならばと……」
「ラ、ラフム頑張るから大丈夫なのだ! 仲間のシュレヒトも十万の領民くれたし、いざとなればみんなで閣下を護るのだっ!」
ってお前ら何言ってんだ……?
「俺は、勝つか負けるかを巡る策など考えてはないぞ?」
「「???」」
いいか? 俺はな、
「
◆ ◇ ◆
【アルヴァトロス領前、ズカキップ軍】
「――なんだ? 誰も壁上から撃ってこないぞ……?」
数十分後、ズカキップたち三十万の軍勢は第二防壁の前に辿り着いた。
勝手に森を切り拓いて土地を広げおって……と怒りはあるものの、それはともかく慎重に壁に近づいた。
既に前衛には暴風魔術師『死に風イルク』を置き、
「迎撃がないどころか、人の気配すら感じない……! まさかアルヴァトロス軍め、この新たな防壁を時間稼ぎに、内側に逃げたというのか!?」
――途端、ズカキップの喉から哄笑が溢れた。
「ワハッ、ワハハハハハッ!!! あの化け物がッ、吾輩らから逃げおったぞォーーーーッ!?」
呵々大笑と腹を押さえるズカキップ。
それに遅れて兵士たちも笑い出す。『恐るべきアルヴァトロスに挑む』――その大業に緊張気味だった心が、
「フヒッ、ハハハハッ! まぁ当然の選択だな! 三千の兵しかない状況で、三十万の兵が迫るのを見ればなぁ!」
「そりゃ英雄も引くわなぁ! 今頃、シュレヒト辺境領の方角から逃げ出してるんじゃないか!?」
「おいおいっ、それじゃ戦わずに勝っちまったってことかよ!?」
「なんという惰弱! 英雄の勇名も地に堕ちるな!」
笑い転げる獣人兵たち。
緊迫した心境から解き放たれたこと。そして“英雄と戦わずに済んだ”という口には出来ない安堵感も相まって、誰もが過剰に大笑していた。
将たるズカキップも久方ぶりに気を休める。
「ふははっ。アルヴァトロスの不敗神話に泥を付けただけでも、十分な戦果か。――だが『斬照のバブム』よ、これで撤退とはいかんよなぁ?」
「当然ですぞ、ズカキップ閣下」
傍らに立つ老魔術師、狸獣人のバブムが頷く。
世界大戦を生き延びた数少ない老将だけあり、冷静に戦況を見極めていた。
「敵が完全逃亡したならよし。ですが、内側に引き込ませただけなら勝利とは言えますまい。むしろ勝負はここからですぞ?」
「うむ、そうさな。おい兵たちよッ、あまり気を緩めすぎるなよ!?」
『オォオオーーーーッ!』
気合十分に兵らは応えた。
たとえ逃げていないにしろ、あの
――帰ることが出来れば、だが。
「閣下。まずは目の前の防壁を突き破り、内側に入り込むとしましょうぞ」
「む。おいバブムよ、鉤縄を掛けて登らせていくのは駄目か? 十メートルはあるふざけた防壁だが、『死に風イルク』なら風魔術で飛べるだろう」
「それでは駄目ですじゃ。理由は三つ。一つ、三十万の兵に十メートルもの壁を上り下りさせては時間が掛かり過ぎ、また事故を起こす危険があること。二つ、その方法では『死に風イルク』が僅かな時間、敵前に孤軍となってしまいます。壁から顔を出したところで強力な魔術攻撃を受けたら、大損失になりますぞ?」
バブムはそこで言葉を切り、将たるズカキップに納得させる時間を与えた。
「ふむ……一般兵の損失はともかく、魔術兵を削られるわけにはいかんな。特に一等魔術師たるイルクは死なせられん」
魔術師は希少な存在だ。三千人に一人程度しか生まれず、また強大さも個人の才能と練度によって分かれる。
とりわけ『死に風イルク』『斬照のバブム』『火炙りの魔女ニーナ』などの『一等魔術師』は各国家の宝である。
なにせ一等の称号は、『国際魔術連合』の判断の下、真に人外兵器だと認められた大天才にしか与えられないのだ。
ゆえに年に一人ほど現れればいいほうで、雑兵の命とは比べるべくもなかった。
「よし、理由二つ目の時点でわかった。魔将バブムの意見を取り立て、正面から壁を突き破ろうぞ」
「有難う御座いますズカキップ閣下。流石は、先んじてアルヴァトロス領を襲撃した猛将であらせられる」
「チッ、負けていたら意味がないわ。……ちなみに理由の三つめは?」
「あぁ」
ふと問いかけるズカキップに、バブムは落ち着いた表情を一転、裂けるような笑みを浮かべた。
「理由は単純。我が魔術を以って、
「むっ……!?」
――バブムは歴戦の老将である。武装強化という術式持ちゆえ先陣を駆けるタイプではないが、それでも強化した兵団を指揮し、アルヴァトロスと戦ってきた。
そして、全敗してきたのが彼である。ゆえに怨みも骨髄だった。
「……わかった。兵たちの士気も上がるだろうしな、頼んだぞバブムよ」
「ははぁ!」
慇懃に老将は一礼すると、手にした杖を地面に強く打ち付けた。そして、
「【洗剣術式】発動ッ、《千剣蛮華》!」
兵士たちの剣が一新する。褪せた鈍色に魔力が奔り、目も眩むような輝きを放つ宝剣と化した。
これぞバブムの至高の術式である。あらゆる剣に概念的不壊性と超切断力を与え、並の兵士らを大剣聖軍に変貌させることが可能なのだ。
「さぁ戦士たちよ、どこからでも斬りかかるがよい! 今の汝らは絶対無双の剣士であると、このバブムの魔術が保証しようぞッ!」
『オオォォッォォオオオオオオオーーーーーーーッッッ!!!』
老将の言葉に活気付き、獣戦士たちは一斉に壁に斬りかかった。
「ぬぉおおッ、硬い!? だが見ろッ、傷は入っているぞ!」
「前回は火炎魔術五人の魔砲でもビクともしなかったそうなのにッ、一般兵のオレらでもいけてるぞ!?」
「化け物の被造物をブッ壊してやるッ!」
かくして猛攻が始まった。
一面に渡って宝剣を振りかざす獣戦士軍。【創造術式】により生み出された超硬度の純結晶防壁と【洗剣術式】により生み出された魔宝剣がぶつかり合い、けたたましい異音が響き続ける。
「破壊するのじゃァッ! 斬れッ、斬れッ、斬れッ、斬れィイイイッ!」
『ウォオオオオオオオオォオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッ!』
老将バブムの怨嗟と兵団の勢いを前に、ついに時は訪れた。
高く分厚い壁の一角が、崩れ去ったのだ。
そこから差し込む眩しい陽光――ついにウルス王国軍は、アルヴァトロス領の防壁を打ち破ったのである。
「オッ、オォオオオオッ! やったぞぉおおーーー!」
「穴を広げろッ! 突撃だぁあああああーーーー!」
「いくぞぉおおおおおおおーーーーーーーーっ!」
後は角砂糖を溶かすがごとく、勢い付いた大軍勢は防壁の穴を押し広げ、いよいよを以って英雄の土地に踏み込むのだった。
「ふはははははは! いくぞ諸君ッ、このズカキップに続くのだァーーーッ!」
『オオオオオオオーーーーー!』
そして進撃が始まった。防壁内の草原に降り立った大軍勢は、すぐ先に広がる美しき街並みと内地の壁を目指し、駆ける、駆ける。
「今の我らは
ズカキップら獣戦士軍の意気は最高潮に達していた。
英雄の創りし芸術的な街。そして彼を奉じる信者共を撃滅し、その先にある防壁を破壊してやろう。
ああ、そうして亀の甲羅を叩き割るようにアルヴァトロスを引きずり出した時、彼は見ることになるだろう。自身の街と民草が、獣戦士らにより犯し壊された様を。
その瞬間の絶頂を夢見て、ズカキップたちは駆ける。
栄光への階段を踏みしめるように。
「行くぞォオオオオオオオーーーーーーーッ!」
そして。
ついに三十万の大軍勢の先頭が、草原を抜け、街に踏み込まんとした瞬間。
『終わりだ』
足元の地面が、崩れ去った。
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