第9話

「凜さんは、学生時代の友達との関係はどうだったのかな」

「小学校のクラスの人数は十四人。その中で女の子は私を含めて三人だけ。一人はA型、もう一人はO型、そして私はB型でしょ。A型の子はね、勉強はできなかったけど、優しかった。O型の子はなんだか意地悪で、叩かれて泣くこともあったな。でも、三人はいつも一緒に居たよ。勿論いつもO型の子が悪戯してくるわけでもないし、寧ろ三人で話している時がとても楽しかったのを覚えている」

 凜は昨日の出来事のように話をしていく。古い記憶にしてはとても鮮明だ。

「中学の頃はどうだったのかな」

「中学になってからはO型のこと離れてしまったけど、A型の子とはずっと三年間同じクラスで小学の頃よりも仲が良くなった。それに中学校では新しい友達もできた。その子はB型で絵の上手な子だった。その頃に、私、摂食障害と性同一性障害の診断を受けたっけ」

 凜の口から『性同一性障害』という新たなワードが出てきた。

「性同一性?それは初めて聞いたなぁ。今は診断されていないようだけど、もう治ったのかな?」

「うん。学業を卒業してから治ったと思うの。でも中学校の頃好きだった吹奏楽部の先輩とはまた会いたいなと思っているよ。当たり前だけど、もう恋愛感情とかないけど憧れって感じかな」

「好きだった先輩について、中学の友達に相談とかしなかった?」

「したよ。ずっとしていた。受け入れてはくれたけど、二人は服飾科のある女子高に行っちゃった。私は情報科の共学高校へ進路を決めて、離れ離れになっちゃった」

 牛木と凜の会話はまだ続く。凜の口調は終始早口で、サイン帳に情報をメモしている片桐の掌はつりそうだ。

「何故、情報科を選んだんだい。何か特別な理由でもあったのかい?」

「私は、パソコンのWordで文字や文章をタイピングするのが好きだった。そして、中学三年の頃、将来は小説家になろうと夢を抱いて、情報知識を吸収しようと情報科を選ぶことにしたの」

「小説は今でも書いているのかい?」

「うん。今でも幾つか新人賞に応募している作品はあるよ」

「それは凄いね。大学へ行こうとは思わなかったのかい?」

「最初は大学の文学部に進みたいと思ったけど。文章を書く以外の能力はなかったし、それに奨学金を借りるにしても申請がおりないと思ったから、私は東京のIT企業でPGをすることにしたの」

 凜の口からは次々と言葉が出てくる。

現在進行形で物語でも作っているのだろうか。いや、それはない。だって、それにしちゃあ、出来すぎだ。と牛木は思った。

「何故、PGになろうと?」

「私、何故だかわからないけど他の子よりも多く資格を取ることが出来てね、先生や親に就職の道を勧められたんだ。そこで提案されたのがPGだったの」

「そうか。進められていたからPGの道へ進むことにしたんだね」

「そう、趣味で小説家を目指していけばいいやと軽く思っていたから、無難に先生や親から進められていたPGを目指すようになったの。でも、私はそれ以降、孤立するようになった」

「どうしてだい?高校での生活はどうだったんだい?」

「入学式の日はいろんな人と会話をした。でも、二年と上がっていくと同時に、高校の女の子は皆。恋愛に行き急ぎ始めるようになって、私は、その何かが馴染めなかったの。それに表では友達の噂を立てて、裏では聞き役だった女の子の陰口を言っているのを知った。それを知ってから私は信用できなくなって、孤立するようになったの。後、学校のトイレで食べ物を吐いているのを聞かれてから、過食嘔吐への偏見を持たれるようになって、トイレの上から水をかけられたり、ベランダでお弁当を食べている時、ドアの鍵を閉められたり、上靴や机がなかったりしたこともあった」

「要するにイジメだね。それで、人間不信になり孤立することが多かった、と?」

「まあ、そんな感じ。それからは女の子を信じられなくなってしまったし」

 一気に情報を吸収しすぎた片桐の頭の回路はショート寸前だ。

 それを察した牛木は、片桐を落ち着かせるため二十秒程話す間を開けた。

 小さく片手で手形を切る片桐。聞取り中だから二十秒で許せ、と牛木は心の中で誤る。そして、メモを取る側にならなくて良かったと思ってしまった。

「そうか。あ、そうだ。もう一つ聞くよ。事件の日は眠れていたのかな」

「その日はお酒を我慢しようとして一本しか飲まなかったから全然眠れなかった。薬の効果も薄くて、それに、一粒部屋で落としてなくしちゃって、飲めなかった薬があった」

「それは、なんという薬かな?」

「私の薬は一錠ずつじゃなくて薬を一日分ずつ、一包化してもらっているから、その時落とした薬の名前はわからなかった」

 両手で腕組みをする牛木。

「その錠剤、部屋を探したら出てくるかな」

「ベッドの下とか探したら出てくるかもしれないけど、私が飲み忘れたのはそれが初めてで最後だったから、特に気にはしなかったよ」

「そうなんだね」

牛木の頭はだいぶ整理されてきていた。

そして、牛木と片桐は顔を見合わせて同時に頷きを見せる。

「話してくれてありがとう。今日は疲れたでしょう。凜さん、部屋に戻ってゆっくり休んで良いよ。あ、でもまた聞きに来るかもしれないからその時はよろしくね」

 疲れて、張り詰めた空気から解放されると安心したのか凜は気持ちよく「はい」と頷いた。

 凜は最後、小さく手を振った。牛木は人柄にもなく手を振り返してしまった。

 車に戻った二人。疲れが一気にのしかかってきた。

「ひゃぁー疲れましたよ、先輩。もう右手が手じゃなくなってます。痺れて感覚麻痺です」

 まだジョークが言える片桐だ。まだ完全なる精神まで疲れ切ったようではないが、手は大層疲れたことだろう。

「先輩の予測通り、凜さんは本当に友達が少なかったようですね。それに、先輩のいっていたように、血液型と性格は凜さんの中でリンクしていた。友達が少なく、それに伴い、視野が狭くなっていた。確かに僕も聞いていてそう感じました」

 いいながら、シートベルトをつける片桐。

「その固定概念から、AB型の母親を怖れて、同じ血液型の妹、奏さんをリンクさせて、怖れるようになってしまったということだろうな」

 エンジンをかけて、アクセルを軽く踏みながら牛木は話す。

「それと、気になった点が一つ、高校の記憶はあっても、小学や中学の記憶を丸々覚えているって記憶が良すぎませんか?」

「それが、凜さんの特徴だろうと俺は見込んでいる。小説を書き始めてからは色んな情報を仕入れるため更に聴覚や視覚が過敏になったのかもしれない。つまり、凜さんのいっていることはあながち間違っていないのかも……ということだ」

「そこまで予測しちゃいます?それが当たっていたら……」

 牛木はうん、と頷きを見せて答える。

「凜さんの妄想はかなり重要な証言となる」

 車につけられた時計を見ると午後六時を過ぎていた。十一月ともなればすっかり日も暮れてしまう。日中通った外灯のない獣道を、牛木は通りたくないと心の中で嫌がったが、通らずには帰れない。片桐が隣にいるだけ十分安心できる。

「先輩、凜さんと誠一さんの飲んでいた薬の内容を調べてみるのはどうですか」

「それはアリだな。丸山の 鹿野医師のもとへ訪ねてみるか。今日中に連絡を取っておくから、明日にでも話を聞いてみよう」

 運転しながら牛木は答える。こうして、片桐と事件について考えながら運転していると暗闇の怖さも何とか紛れるような気がした。

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