第10話

 牛木と片桐は捜査で手一杯となっていて、二人は睡魔に襲われていた。終始、微睡を見せていた牛木は無理やり体を起こし上げ、片桐に合図を送る。

 それでも起きなかったので、片桐の目を無理やり両手で開けて「起きろー、行くぞ」と大きな声で伝える牛木。驚いて起き上がった片桐は、瞬発的に姿勢を整えてビシッと立ち上がり「はい!」と謎の声を発した。捜査の真っただ中なのに、牛木はふと笑いそうになってしまった。

 十一月二十八日、午後一時。

 特別に、鹿野医師と話をすることが出来ることになったので、牛木らは早速、丸山精神病院へと向かった。

「失礼します」

 牛木は挨拶をしながらゆっくりとドアを引く。

「まあ、いらっしゃい」

 この人が鹿野医師か。優しい穏やかそうな医師だ。

「私、刑事の牛木と申します。隣にいるのは片桐という部下です」

「こんにちは、今回はどういった要件でしょうか?」

 皺まみれの優しい顔が訊ねる。

「今回は、二宮誠一さんと二宮凜さんに処方していた薬をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」

「うーん、医師の守秘義務がありますが……」鹿野医師は渋っている。

「今回は事件ですし正当な理由がありますし」そこをどうにかと念を押す牛木。

「そうですね、今回は人の死が絡んでますし、処方している薬はお伝えします」

「助かります」牛木が言うと、片桐は早速サイン帳を取り出した。

「ええ、まず誠一さんが飲んでいる薬はエバミール錠1㎎、トラゾドン塩酸塩錠50㎎、酸化マグネシウム錠330㎎、を誠一さんには処方しています」

 錠剤の名前を聞いただけじゃ何もわからない。

「それらの効果はいかに?」

「エバミールは不安や緊張を和らげ、睡眠を促し、よく眠れるようになる睡眠薬です。ただ、副作用として体がだるい、頭が重くて眠れない、不快感に脱力感が現れることがあります。トラゾドンはうつ状態を改善する薬ですが、体が重い、頭痛、頭が重いことが副作用としてあります。酸化マグネシウムは簡単にいうと下剤ですね、尿路結石を予防する薬でもあります。下痢などの副作用が出ることもあります」

 無言でメモを取る片桐は、内心、誠一と会った時に、ついでにお薬手帳も見せてもらえばよかったのにと思った。

「それでは、凜さんの処方箋はどんなものでしたか?」

「ちょっと待ってくださいね、今調べますので」

 鹿野医師はパソコンをカタカタと操作し始める。マウスを持つ右手の動きが機敏だ。

 ようやく鹿野医師はパソコンで何かを見つけたようだ。表情が変わったのがわかる。恐らく凜のカルテだろう。

 再び、片桐はメモの準備をした。

「えっと、凜さんの処方箋はかなり多かったです。まず初めにヒルナミン75㎎、興奮を抑えたり、うつ状態を安定させ気分を和らげる薬なのですが、副作用として尿の糖が増えるなどあります。二つ目のアリピプラゾールという薬は気分を安定させ、うつ状態を改善させる薬ですが、副作用としてじっとしていられない、不眠、筋肉のこわばり、体がだるくなることがあります。三つ目にフルニトラゼパムは入眠を促し、よく眠れるようになる薬ですが、副作用として、めまい、体をうまく動かせない、不快感に脱力感が起きることがあります。四つ目にエスゾピクロン、これも入眠を促す薬ですが、凜さんの場合、悪夢や幻聴幻覚を弱めるために使っています。五つ目のピコスルファートナトリウムは便通をよくする薬です。どうでしょう。凜さんの症状を考えたうえで、私はかなり多くの処方箋をつけていました」

 片桐は固くペンを握っていた拳を緩めていく。

「大体、聞くことは出来ました」

「それはよかったです。かといって、入院をしている凜さんの前では刑事さんもあまり張り詰めた空気を出さないでほしいのです。凜さんの精神状態はかなり弱っていますので」

「ええ、できる限り、優しく聞取りをしていますので安心してください」

「それはありがとうございます。それでは今日はこれで失礼致します」

 牛木は直ぐに部屋を出たが、片桐は立ち上がって部屋から出る直前に、鹿野医師の顔をちらりと見て、会釈して出ていった。

「ふー、捜査はまだまだ続きますね……僕は心ではなく右手が疲れました」

「二宮家にもう一度訪問してみよう、何かわかることがあるかもしれない」

「わかりました」と返事をする片桐。

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