第2話
その夜は長い雨が降っていた。青森県青森市は大雨警報まで出て、川沿いに住む人達へ向けての洪水警報、山沿いに住む人達へ向けて土砂災害などの注意が促されていた。二宮家一階にある寝室のカーテンはしっかり閉じてある。ベッドに枕は二つある。しかし、横になっているのは一人だけだ。テレビは感染症のニュースを垂れ流しているが誰も聞いていない。四年前から流行り出した感染症は世界の行動を制限して、人々を生きにくくさせたままだ。
午前二時十五分になっても雨は続いたままである。それなのに二階にあるベランダに続く扉は開きっぱなしのまま。カーテンは勿論、周りの床もびしょ濡れで、部屋の中にあったテキスト用紙も滲んで散乱しめちゃくちゃだ。叩きつけるような雨粒と暴風は一瞬にして二階の部屋を荒らしていった。
それなのに、二宮家は平然としていた。そう、異変に気が付く人が居なかったのだ。
某年十一月十四日、死の臭いがしたのは確かな出来事だ。
警察が二宮家を訪ねたのは事件から翌日のことで、パトカーから降りてくる警察を見て、一瞬にして周りにいる人殆どは緊張し、張り詰めた空気を纏い始めていった。
青森県警察捜査第一課の牛木は周りを見渡して軽く挨拶をする。立ち入り禁止テープを中腰で潜りじっくり現場を眺めながら白手袋をはめていく。手袋をはめるとキュッと気持ちが締まる。
地面に顔を近づけると、雨上がりの土と錆びた鉄の混じった臭いがしてきて、ほんの少し牛木は顔をしかめた。
「先輩、もしかして、飲んできました?」
牛木を見ていた片桐が冗談交じりのちょっかいを出す。勿論、出勤前に酒を飲む訳ない。
「馬鹿いえ。ここ最近は酒を飲んでいない、というより飲む暇がないんだ」
振り向きもせず牛木は死体があった地面を観察しながら答え、続けて話をした。
「それより見てみろ。ここにシミがあるだろ。これは二宮圭の血痕で間違いないだろう。確証は二宮圭の頭部に損傷があったからだ。普通二階程度からの落下じゃ、そう簡単には死なない。現に二宮奏は死んでいない」
レンガ造りの小さな花壇の端を牛木は指差す。
「本当、運が悪いですよね。辺りはすべて土なのに、頭部をレンガに……」
農家である二宮家の庭の足の踏み場はかなり悪い。牛木の履く革靴に柔らかい土が跳ねた。
「奏さんは今、病院にて眠っているようですが、いつ目を覚ますかはわからないそうです」
顔を寄せて片桐は告げた。
現在、奏は昏睡状態となっている。一番の重要人物の話を聞けないのは致命傷といえた。
「仕方のないことだ、ただ命は助かったようで何よりだ」
「でも、困りましたよ。話を聞けないんじゃ何も進まない」
両手を腰に当てて力なく首を振る片桐。
「まあ、詳しいことは署に行ってから調べるとしよう」
そうして牛木は手袋を脱いで素手で革靴の土を払った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます