第17話
「はい、牛木です」
「ああ、刑事さん。私、ち――」
「千葉さんでしたね、今回はどのようなご用件でこちらにお電話を?」
「はい。二宮凜さんについて少しお話したい、と思いまして」
「そうでしたか、ご協力ありがとうございます。それで、凜さんが何かいったのですか?」
「凜のPTSDの根源は母親で、時を追うごとに、そのトラウマの対象が母親から妹さんに変化していったのは知っていますか」千葉は訊ねた。
「ええ、一応その線も考えていましたが、やはりそうだったのですね」
「凜さん、刑事さんが帰った後、私にいったのです。事件の夜、妹が癇癪を起こしていてとても怖かった。と」
その時、凜の思いだしたくなかった「何か」がわかったような気がした。
「他に、凜さんはいっていましたか?」
「いいえ、私にはそれっきりで、後は刑事さんに直接話したい、といっていましたよ」
「そうですか、それでは何時頃ならいいですか?」
「明日の午前から大丈夫ですよ」
「わかりました。部下と二人で向かいます」
そうして電話は切れた。
まさか、凜が直接話したいというとは思っていなかった。牛木は一旦部長に進行状況を報告して、明日の午前十時に凜のもとへ向かうことになった。
「凜さん、今日は話せそう?」
牛木は凜に確認を取る。
不安そうな頷きを見せる凜。片桐は「無理しないでね」と優しくフォローを入れる。
「事件の夜、前に、脳裏で見ていたものがあるっていったでしょ。そのことなんだけど……」
「きっと何か、思い出したくなかったことでもあるんだよね。落ち着いていいからね」
牛木は前みたいに泣かれないよう、かなり慎重に言葉やニュアンスを選んでいる。
「私が脳裏で見ていたものはね、ベランダで、妹とパパが揉め合いになっているところなんだ」
「なんだと」
「妹はパパをベランダから突き落とした」
牛木はゴクリと唾を飲み込む。なんと言葉を返していいかわからず、続けて、凜が話し出した。
「その前に、パパは妹にこういった。奏は本当ママにそっくりだ。と」
今、凜は必死に現実と向き合おうとしている。その証として、話すことを止めない。
「それを聞いた妹は更に怒りだし、パパにつかみかかっていった……ベランダの扉を開けて……」
凜は泣いていた。
「……パパをベランダから落とした……そして、妹も自分の身を投げ捨てた……」
一分の沈黙が流れた。
牛木と片桐は混乱状態だ。違う意味で凜の頭の中も混乱している。
「涙を拭いてください。凜さん」
沈黙を破ったのは片桐の優しい言葉だ。
「凜さんは、その一部始終をどうして、そんなに詳しくわかるのかな」
牛木は慎重に訊ねてみた。
凜はティッシュで鼻をかんでから答えた。
「それが、私にもわからないの。これがもし、妄想だとしたら、パパは死んでなんかいないでしょう?ねえ、だから、事件を現実だと受け入れるのが怖かった。受け入れてしまうと家族の中に、犯人がいるとわかってしまうから……そして、ママに似ている妹を思い出したくなかった。だから、私はあの時の私の頭の中を受け入れたくなかったの」
再び、泣き出した凜だが構わず話をしていく。片桐からもらったティッシュだけでは足りなそうだ。
「私は、自分の治療をするために入院したの。だから、私自身のためにありのままを証言しようと思った……の」
凜は電池が切れたように、急に静かになった。泣いて話過ぎて、心も体も完全に疲れ果ててしまったようだ。
「凜さんの証言はしっかりと抑えました。安心して休んでください」
電池切れかけの凜は少しだけ思い出したかのように首を上げていった。
「あ、でも、ただ一つ、妹が自分の身も投げ捨てた理由がわからないの。ただ、それだけ、それだけ……妹にも悩みがあったんだろうなぁって、私だけじゃないんだろうなぁって……」
その理由を考えるにはあまりにも複雑な感情だった。
「残念ですが、私達は奏さんの目覚めを待つことしかできません。奏さんの取調べが決まったら連絡します。事件のことも奏さんに問い詰めていくつもりですので、凜さんはここで治療に専念してください」
「はい……わかりました」
「今日は、ありがとうございました」
牛木はただただ、礼をいうことしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます