第12話

 翌日の朝から牛木らはとても忙しくしていた。

 薬を調べたところ、部屋に落ちていた薬はエスゾピクロンで、凛には悪夢や幻聴、幻覚を和らげるために使っていると鹿野医師が言っていたのを思い出した。

「凜さんはアルコールをいつもより少ない量を飲んでいて眠りが浅くなり、この薬を飲まなかったため、悪夢にうなされて、それに伴って幻聴が聞こえてしまった。それに加え、誠一さんの薬ももらって更に副作用が生じてしまい、、眠れなくなり、不快感が現れていた。と?」

 片桐にしては大した憶測だ。ここ数日で片桐はかなり成長したはずだ。

「それに付け加えてもう一つ、凜さんは小説を書くのが好きで、耳がいつも以上に敏感になってしまった。よって、二階に居た妹の声も聞こえた……という線も残しておくとしよう」

「また、海生へ行きます?」

「ああ、また連絡を入れて、都合を合わせておくとする」

 それから、連絡を入れたのは直ぐだったが、凜はこの日、体調を悪くしていたようで、明後日の十二月二日に海生精神病院へ向かうこととなった。

 

「度々すみません。今回も二宮凜さんと話をさせてもらいに来ました」

 千葉看護師と凜は直ぐにエレベーターから一階に降りてきた。

「今回も部屋の外で待っていますので、どうぞ、お話してください」

 千葉はそう言うと、凜は一人で鍵付き面会室へと静かに入っていった。「それでは」と、後ろに続いて牛木と片桐も中へ入る。

「もう、体調は落ち着いたのかな」牛木は落ち着いた口調で訊ねる。

「うん、今は大丈夫」凜の表情も落ち着いているようだ。

「今日も質問をするけどいいかな?」

「うん、いいよ」

 牛木は簡単な説明をしてから話を切り出していく。

「幻聴は頻繁に聞こえるの?」

「最近は多いかな。ここ最近はアパートで子供の声がずっと聞こえていて、大家さんに相談したけど、隣は一人暮らしだといっていたの。だからこれも、きっと幻聴……だよね」

 片桐は簡単にメモを取っていく。

「幻聴にしても、それはたしかに聞こえたんだね?」牛木は訊ねる。

 凜はうん、と頷きを見せる。

「その時、何か見えたもの、幻覚等はあるかな?」

「小さな影が窓から見えていてね、子供が動いているようにも見えていたけど……きっと、幻覚だよね。それとも幽霊とかかな?」

 一瞬固まった片桐だがそれもメモを取っていく。

「どうだろうね。私達が実際にいって確認してみるのはいいかい?」牛木は凜に訊ねてみる。

「いいよ、アパートの鍵はおばあちゃんが預かっているから、後はおばあちゃんと話してみて」

「助かるよ。あ、それと、その現象は何時頃起きたのかな?」

「夜寝る前。大体十時ごろかな」

「教えてくれてありがとう」

 少し間があった。

「凜さん、もう一度聞くけど、事件の日は、何か聞こえたり、見たりしたものはなかったかな」

 牛木がいうと、凜は少し黙り込んだ。その後、二十秒の沈黙を切り裂いて凜は話し出した。

「前もいったけど、その日は妹の声がずっと聞こえていたの。それに、目をつむっている時、脳裏で見ていたものがあるんだ。それはフラッシュバックのように速くて途切れ途切れだったけど、音も聞こえたし、映像でも見えていた」

「ほう、それはどういった内容かな」牛木は凜に視線を向けたまま、丸腰になる。

「まず、初めに、妹が勉強をしている姿が見えた。次にパパの姿が映って、妹に何かいっていた」

「それは、どんな言葉か覚えている?」

「んー……真似すると、浪人生の費用も大変なんだ、少しでも働いたらどうなんだ……とか、なんとか」

 凜はイマイチ曖昧そう。記憶をたどるのに苦戦しているようだ。

「その後は何か聞こえた?」

「……妹が癇癪を起こし始め……て」

 凜の言葉が止まった。

「どうしたんだい?」

 凜の表情がゆがんでいく。すると、

「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 凜は急に「ごめんなさい」と何度も連呼し始めた。

「大丈夫ですか?凜さん、落ち着いてください、ね」

 牛木は慌てて宥めようとするが、アクリル板が隔てていて直ぐには出来なかった。代わりに片桐が凜の肩をさすった。

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」凜は大声で泣きわめき始めた。

 部屋から凜の泣き声が聞こえてきたことを察した千葉は、ドアをトントンと叩いて「大丈夫ですか」とドア越しに声掛けをした。

「先輩、どうにか」

 千葉は凜の肩を優しくさすりながら、牛木に向けて焦った表情を見せる。

「あ、ああ、直ぐ開ける」

 そういって、牛木はドアの鍵を急いで開けて千葉を呼んだ。

「凜さん、どうしたんですか、落ち着いてください」千葉は凜の様子を見るなり、急いで凜のもとへ駆け寄り、凜を抱きかかえる。

「凜さん、あの、私なにかしてしまったかな、大丈夫ですか?」

 それを見る牛木は焦りだす。

「ああああ、ママ、ママ、ごめんなさい、ごめんなさいママごめんなさい」

 凜は過呼吸になってしまった。息をするのがあまりにも辛そうだ。千葉はその凜の言葉を聞いて何か察したようだ。

「嫌なことでも思い出しそうになったんだね。大丈夫だよ、安心してね、よしよし」

 優しく宥める千葉の姿が大きく見える。千葉を見ていると、なんとかなりそう。と牛木らは思った。

「一旦、落ち着かせてあげたいので、今日はこの辺にしてあげてくれませんか?」

 千葉は屈みながら牛木の顔を見て話す。

「え、でも、まだ大事なところが……」

「先輩、あまりにも凜さんが可哀そうですよ。今日は休ませてあげましょう」

 片桐の言葉を聞いて、牛木は渋々頷いて了承した。

「わかった……わかりました。凜さん、話はまた今度聞かせてもらうね。今日はゆっくり休んでくださいね」

「凜ちゃん、部屋で休もうか、ね」

 千葉は凜を優しく起き上がらせて部屋を出ていった。

「それでは」牛木は凜と千葉の後ろ姿に聞こえるようにいった。

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