第5話

 翌日、伸江は早朝五時に起きて畑仕事へ出かけていったが、誠一は家に居ると聞いて、牛木らは再び二宮家を訪れることにした。

そうして、誠一の聞取りが開始された。

 昨日座った腰掛に牛木はピシッと背筋を伸ばして座る。今日着ているスーツは妻からのプレゼントで、皺をなるべく作りたくなかった。それに比べて片桐は腰を丸めてサイン帳と睨めっこしている。スーツは見るからにしてよれている。

「今日はよろしくお願いします」

 牛木の言葉の二秒後に、やる気のないような頷きを見せる誠一。

 どうやらまだ眠剤が効いているようで眠たそうにしている。それを察した牛木はちゃんと聞取りができるのか不安に思ってしまった。隣に座る片桐もそう思ったに違いない。

「大変なことになってしまったなぁ、刑事さんよ、どういった風に終止符を打つつもりですかい?」

 牛木は誠一の目を見て、静かに首を振りながら答えた。

「それが、まだ事件の見通しはついていません。解決するにはまだ先が長いと予測されます」

 それを聞いてあからさまに落ち込んだ様子を見せる誠一はカクリと頭を下げ、強く目を擦る。

「……そうですかぁ、なんだか……モヤモヤしちゃって、事件以来ずっと気持ちが晴れないんですよ」

 気持ちが晴れないのは刑事も一緒だが、躁鬱持ちの身内である誠一だ。かなり心にダメージを負っていることだろう。

「昨日、伸江さんからお話を伺いましたが、少し気になる点がありまして。幾つかお伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい……」

 相変わらず誠一は元気がない。

「伸江さんから伺いましたが、誠一さんは躁鬱をお持ちのようですね。その際に飲まれている薬などはどういった薬でしょうか」

「安定剤、睡眠薬になるかなぁ……あ、後は体調がすぐれない時の下剤です」

 片桐はペンを走らせる。字は羅列していて読みづらい。自分が解釈できればいいという気持ちでメモを取っていく。

「もう一つ、些細なことですが誠一さんは毎晩、薬を飲んでから午前二時頃まで、電気をつけっぱなしにしたリビングで仮眠を取り、その後に寝室で眠りに就くと伸江さんはいっていましたが、それは何故ですか」

 牛木は少し早口で質問した。

「幼い頃から、ずっと電気をつけながら寝ていましたので、こんな爺さんになっても電気をつけたまま寝ると安心するんです。それに私は株についてのニュースを見るのが好きなんですが、妻はバラエティー番組を好んで見ていたので、寝室のテレビとリビングにあるテレビを分けて使い、夜は過ごしているんです。でも、そんな情報、事故にせよ事件にしても関係あることかなぁ……」

「些細なことも聞いていくことが聞取りですから、できるだけ事件の日、何をしていたかなど、詳しくお伺いしていきたいのです」

 牛木がいかに真面目かわかる台詞だ。それを片桐は横目で見て、うんうんと小さく頷いていく。

「あの夜は……何をしていたっけなぁ……申し訳ないが、薬を飲んだ後は殆ど記憶がないんですよ……ああ、でも前日の午前中は凛と一時間遅れで同じ精神科へいったのは覚えています。私が先だったような……」

「え、凜さんと同じ精神科に通っているのですか。すみませんが、通院先の名前を教えていただけますか」

十分興味がそそられる証言だ。牛木の上半身が少し前のめりになる。

「ええ、そうですよ。名前は丸山メンタルクリニックです。凜は、今アルコール依存の治療を受けられる特別な精神病院に入院しているんですが、連絡はつかないし、その他の詳しい病気も知らなくて……記憶が持ちませんでしたねぇ……」

「凜さんってかなり多病な精神障碍者なのですか。それと現在、アルコール治療を受けている凜さんの入院先は知っていますか。こちらも事件を後回しにはしたくないので、可能であればその入院先にお伺いしたいと思うのですが」

 誠一は片手で頬を支え考え込む。片桐は入院先の病院名をメモしようとペンを構えて、じっと誠一の口元を凝視する。

「入院先はわからないです。でも、凜は私と同じ担当医から随分前から入院を勧められていたようなんで、明日にでも病院にいって、凜についていろいろと聞いてみますよ。電話番号はこの警察署宛でいいんですか」

 凜の入院先は誠一でもわからなかった。片桐は残念と心の中でぼやいて、サイン帳の上にペンを置く。

 牛木は一瞬困った様子を見せたが、「ええ、ご協力お願いします」といい、席を立つことにした。

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