第6話

 翌日、午後四時三十五分に青森警察署の電話は鳴った。電話を掛けてきたのは誠一だ。

誠一が医師と話をしてきてくれたおかげで、電話を通じてわかったことは沢山あった。

凜と誠一の主治医は鹿野医師といった。 

医師の守秘義務というものが定められている限り、簡単に聞取りをするということもできないのだ。グレーな部分だが、身内である誠一の手柄だ。

誠一は優秀だった。刑事さんが絡むことになるかもしれないが情報は提供していいものか、とも聞いてくれた。誠一の口からどのように事件の説明がされたのかはわからないが鹿野医師は了承を得てくれたようだ。

電話は録音されている。根詰めて片桐がサイン帳にメモする必要もない。

 凜は『自閉症スペクトラム障害』と、後天性の『摂食障害』『被害妄想』『幻覚幻聴』『PTSD』『アルコール依存症』と多くの病を持つ精神障碍者ということ。

担当医である鹿野医師は、以前から、アルコール依存治療のため入院を促していたということ。それを受け入れた凜は入院準備期間として、近々、自家用車で実家に戻ることを決心していた。凜の入院先は海生精神病院という。

やはり、流行りの感染症のため外出は出来ないとのことだったが、警察からの頼みであれば、面会は許してくれるであろうということも知ることができた。 

 誠一が電話を切るのを待ってから、牛木は直ぐに海生精神病院を調べ上げ、病院に電話した。

「こちら、青森警察署の牛木と申します。突然なのですが、今、入院されている二宮凜さん一家の事件について聞取りをしたいのですが、よろしいでしょうか」

 鹿野医師のいっていたように外出は逃亡の恐れと、感染症対策としてできなかったものの、面会は一階にある鍵付き個室であれば大丈夫と報告を受けた。

「翌日の十一月二十七日の昼過ぎに聞取りのため面会にお邪魔させていただきます。是非とも、事件捜査のためご協力お願い致します」

 そう告げて、電話を切る牛木。

少し、空気を吸いに行こう。牛木はそう思い、玄関を出た。警察署の外にある自販機で缶コーヒーを買う片桐の姿が見えた。

「先輩も、飲みます?」

 自販機から缶コーヒーを取り出した後、牛木の顔を見た片桐は財布のチャックを開けようとする。

「いらん、後輩に奢ってもらうなんて俺のプライドが許さん」

「はあ、そうですか」

 片桐は財布をしまい、一人で缶コーヒーを飲み始めた。

「それより、片桐。凜さんとの面会及び聞取りが出来るようだ。明日、病院へ向かうからな」

「はい。でも精神障碍者の証言なんて、あてになるのでしょうかねぇ。なんにせよ被害妄想と、幻覚に幻聴があるんでしょう。僕は難しいと思いますけどね」

「妄想持ちでもこれは捜査の一部で刑事の仕事だ。証言は鵜吞みにしなくとも聞くことは大事だ」

 そういって、牛木は自分の財布から百二十円を取り出して、ホットの缶コーヒーを買った。もう十一月だ。雪は降らないにしろ肌寒くて仕方がない。手を缶コーヒーで温めてから、一口飲むとホッとする。そうして、二人は署の中へと戻り、支度を始めることにした。


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