第4話
二宮家の家族構成について調べていた。すると気になる点が幾つか見えてきた。
二宮家の家族構成は娘の奏を基準にして、父親である圭と祖母である伸江、祖父の誠一であると思っていた。しかし、新たなる真実として、圭にはもう一人の娘がいたということだ。その娘の名前は凛といい、奏の姉にあたり、現在は同市内にあるアパートにて一人暮らしをしているとのことだ。
これが、何故、不可解な点かというと、凜は事件当日アパートではなく、二宮家に帰ってきていたという事実が上がってきたからだ。一人暮らしをしている凜が何故、その日に限って実家に帰ってきていたのか不審に思った牛木は、凜を聞取り対象としたかった。
しかし、それは困難なこととわかった。何故かというと、凜は精神を患う二十一の成人女性で、十一月十六日から精神病院に入院をすることが決まっていたのだ。そして今日は事件から九日過ぎた十一月二十三日。凜は七日前ととっくに入院をしていた。
入院先を調べ上げようとしたが、入院先は特定できるものではなかった。
代わりに、伸江と誠一の昨晩の過ごし方や、事件について何かしらの関わりが無かったかを調べることにした。
早速、二人は二宮家を訪ねた。家に居たのは伸江だけであった。ドアを開けて牛木らの顔を見ると、伸江は一瞬にしてかしこまった素振りを見せる。警官を見て緊張するのはそんなに珍しいことではない。特に気にすることもなく、牛木らは二宮家にお邪魔した。
牛木らはリビングにある腰掛に案内された。そして少し待った。
伸江はおぼんを両手で持ち、二人の前に湯気の出た緑茶を丁寧に置いていく。
「お気遣い、ありがとうございます」
片桐は軽く頭を下げた。それに続いて牛木も礼をした。
「いいえ、お熱いのでお気をつけて」
伸江は丁寧な口調で優しい忠告を入れる。
十一月二十四日、午前十時から第一発見者となった伸江の聞取りは開始されることになった。
「今日はひとまず、よろしくお願いします」
「はい、お力になれるかはわかりませんが……」
「些細な情報でも構いませんので」
そういって、牛木は少し前のめりの中腰になる。片桐は胸ポケットからサイン帳とペンを取り出して、メモの準備をする。
牛木は「よし」といい、片桐に合図を送る。片桐は固くペンを握りしめて準備オッケーの合図を返す。
事件の日何をしていたか、どのように眠ったか、どのようにして遺体を見つけたのか、等次々と聞取りをしていった。
伸江が証言したことで手掛かりとなったのは、十一月十六日に凜が精神病院に入院することになったため、十一月十一日にアパートから実家に戻ってきていたということだ。凜は一階にある座敷で過ごすことが多く、夜は伸江のベッドで眠っていたという。しかし、伸江が証言したことで気になったのは事件の夜中のことで、凜が一瞬目を覚まして、三十分程寝室を抜けていたという点だ。とても重要な情報を手に入れることができた。それを一つも漏らさないよう、片桐は終始ペンを走らせることを止めない。
「その時の時間は覚えていますか?大体で構いませんので」
目を大きく見開く牛木は、貴重な情報を聞き逃すまいと、少しの沈黙も丁寧に待つ。
「時間帯は特に気にしなくて、特に確認を取ったりはしなかったのですが、夜中だったのは確かです」
伸江はそう証言した。
「その時、誠一さんは既に就寝していましたか?」
片桐はサイン帳とペンを構え、頭だけを起こして訊いた。
「いいえ、主人は躁鬱の病気を持っていまして、処方箋を飲んでからリビングで午前二時頃まで、電気をつけっぱなしのまま、ソファーで仮眠を取り、それから寝室で眠るのが殆どで。そんな生活に慣れてしまったもので、十四日も主人のうるさいイビキも聞かずに眠りに就くことが出来ました」
それを聞いた片桐は牛木が言葉を発する前に問い質した。
「誠一さんが躁鬱になったきっかけはなんでしょう?」
少し考えた後に答える伸江。
「躁鬱になったきっかけは……確か、競馬などのギャンブルに手を付けたことだったと思います。負けた時と勝った時の浮き沈みが激しい人で、昼間も眠っていることが多いのです。主人は一カ月に一回、最寄りの精神病院にて通院をしています」
伸江はなんでもこまごまと説明をしてくれる。刑事としてはとてもありがたい。
牛木はダメもとで一つ質問をした。
「電気をつけっぱなしにして眠ることのメリットとは何かわかりますか」
「いいえ、それについては私も訳が分からなくて。後で主人に訊いてみてください」
やっぱり、そうだろうと牛木は思った。
片桐はサイン帳を両手で軽く閉じて牛木に目で合図を送る。牛木はそれに反応した。刑事同士が目配せをするのはもはや沈黙の会話といえるだろう。それ程、勘が鋭くなっているのだ。
「翌日、誠一さんと話をさせていただきますので、今日はここらで、おいとまさせていただきます。ありがとうございました」
二人はタイミングを合わせて立ち上がり、軽く頭を下げた。
「あ、捜査はまだ終わってはいませんので、また聞取りや連絡をさせていただくかもしれません。その日はまた、ご協力お願いします」
玄関を出る前に付け加えて牛木はいう。
伸江は礼儀正しく静かに「はい、わかりました」と頷きを見せる。
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