第17話 嘘

 メアリー・シジャ・リィラカルが女王暗殺を企てた罪で投獄された。

 ――そこまでは問題ない。

 子爵令嬢メアリー伯爵令嬢グレイシアも捨て駒に過ぎない。


 問題は実行犯と主犯を、たった二日で確定させた調査の予想外の早さだ。

 実行犯であるグレイシアは自責の念に堪え切れず、自らの罪を明かす形で判明したとはいえ、そこからメアリーに辿り着いたスピードは異常だった。

 女王の婚約者であるヴァレリオがよいノイズとなり、真相に到達するまで数日の時間は稼げると見込んでいたが、当てが外れてしまった。


「あー、くそっ、でかいのは諦めるか」


 貸金を生業とし、呪い師として情報も売買していた男は忌々し気に吐き捨て、事務所の奥に貯め込んでいた楽器類や金の調度品を惜しむように睨み付ける。伯爵家から利息として、一部は子爵家から報酬として奪い取ったものだ。

 まとめて売り払えば純度の高い魔石二つくらいに替えられたかもしれないが、欲を出して捕まってしまって元も子もない。

 身軽に移動するため、金貨と宝石、魔石を袋にまとめて詰め込み、男は軽装のまま小さな馬車に乗り込んで王都を出発した。当然、追手はいない。


 男は隣国の人間である。

 フェンイザードに不正入国後、自由に動くためにまずは身分証を奪い、国民の一人として成り代わる事を決めた。

 歳と顔立ちが似ている人物を適当に選び、殺害した男性が、たまたま王都で貸金業をしていたのは幸運だった。男はフェンイザードで出稼ぎをするつもりだったから。

 獲物カモになりそうな奴を見つけては罠に誘導し、味方のように近付いてカネを貸し付け、最後は全て搾り取る。

 善良な人間ほど回収率は高い。損切りはしたが、予想以上の収穫だった。


 王都から遠く離れ、母国への道を真っ直ぐに向かう。

 王都周辺は広野が広がっているが、山道は避けられない。夜明けまではまだ随分と時間がかかる。今日中の山越えを諦めて野宿をするか迷い、雲一つない月夜を見上げて進むことを決めた。

 早く行動するに越したことはない。

 少しの休憩を挟んで、男は馬を走らせ、山道を登り始めた。


 山の中腹を過ぎて、木々に囲まれ月明かりが届かない暗い道をゆっくりと進んでいく。ちょうど獣も眠っているのかと思えるほどの静寂の中。


「人族って本当、ひかりものが好きだよね。わからなくはないけど」


「――――!!」


 御者席で馬の手綱を握っていた男は、荷物しか入っていないはずの馬車内から話しかけられて、全身が総毛立つ。

 幌が裂けるのも厭わず、男は声の方向に向かって短剣を一本放った。

 暗闇の中、うっすらと見えた人影は口角を持ち上げながら、飛んできた短剣を片手で受け取るように掴んだ。


「だ、誰だ! お前! 一体いつからッ」


 男は手元のランタンを持ち上げて背後の人影を照らす。

 金色と黒の奇妙な二色の髪の子供が姿を現し、男に向かって不気味に微笑みながら掴んでいた短剣を平然と握り潰して見せた。


「ま、お前はあの女達みたいに直接命を狙ってきたわけじゃないし、どこからどこまでが罪かは人族の基準でどうでもいいし、すんごい急いでたけど、この通り逃げられて全然間に合わなさそうだし、見逃してもいいかなーとは考えたよ。特に旨味とかもないし」


 少年は男に話しかけているようで、全く会話になっていない独り言を続けながら、もう片方の手で巾着袋を持ち上げた。

 それはフェンイザードで稼いだ貴金属を入れたものだった。

 頭に血が上った男は手綱とランタンを手放し、もう一本の短剣を引き抜きながら奪い返そうと手を伸ばす。


「それを返せ!!」


「どーぞ」


 拍子抜けするほどあっさりと、少年は袋を男に向かって放り出した。

 慌ててそれを掴む。口は縛られたままで中身が飛び出すことはなく、確かな重みを実感する。


「中身、確認しなくて大丈夫?」


 煽るような言葉に男は巾着の口を緩め、中に宝石や金のきらめきをうっすらと確認すると、もう奪われないように片手で抱え込む。

 意図が読めない行動ばかりする不気味な少年に、男は刃を向ける。


「お前、何が目的だ? この金を取り戻しに来たのか? それとも宝石か? 魔石か?」


 男の問いかけに、少年は酷薄に笑みを深める。


。――そこにはあるのは価値のない石ころだけだよ」


「……は?」


 少年の言う意味がわからず、しかし無意識に男は袋の口の中に視線を落とす。

 ――宝石の透明感も、金の煌びやかな輝きもなく、袋の中は土塗れでざらついた、艶のない石が詰められていた。


「は? は? ――え、」


「ぼーっとしてるけど、大丈夫? ほら、このロープ掴んでおかないと、変な方向に進んじゃうんじゃないの。ほらほら」


 音もなく真横に移動してきた少年が、手綱を持ち上げて微笑む。

 ぞっと背筋に冷たいものが走る。得体の知れない存在に手綱を握らせておくわけにはいかない。短剣を手放し反射的に奪い返すと、少年は愉しそうに笑い出した。


「あっははは! 本当に掴んだ。でも、そんな必死に取り返す必要ある?」


「ああ!? そりゃ握ってなきゃ、馬が」


「嘘つき。?」


「…………何……言って」


 濁り水のような緑の目が正面に流される。

 まさか。そんな荒唐無稽な事が起きるはずがない。男が視線を向けた先には、馬車を引いていた馬がいなくなっていた。車輪が転がり続けて、不安定な坂道を下る。


 蹄の音が消え、車輪が回り続ける音が響く中、ガキンと金属が折れる音が上がる。

 少年は馬車のブレーキバーを千切り取り、適当に放り投げた。


「はぁ。あっけな」


 心底つまらなそうに呟いて、少年の顔から笑みは消えた。


「まぁあれだよ。落ちてるゴミに気付いたら、知らんぷりするより拾ったほうが気分いいでしょ。あ、お前みたいなのにはわかんないか。どちらにせよ――それが、これからお前が死ぬ理由だよ」


 慣性で走り続けていた馬車は道に沿って曲がる事が出来ず、崖に向かって突き進んだ。

 男は事態が呑み込めないまま、馬車と共に山から地上へ落ちていく。


 少年は重力にも縛られないとばかりに宙へ浮かび、月のように見下ろす。


「意味ある死を得られて良かったね」


 人族はやたら、生きることに、死ぬことに意味を求める。

 価値のない石を大事に抱え、効果のない手綱を握り締めて、独りきりで死んでいく命への手向けとして、魔族ライは微笑んで見送った。

 ドシャ、と強い衝撃の音の後、ライは再び真顔に戻る。


「あー…………これ、人族ならスッキリした気分になれたのかな」


 空虚な呟きを聞く者は誰もいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る