第03話 崖っぷちの国
「アリアナ様。朝でございます、体調はいかがでしょうか」
ナーラの声に瞼を持ち上げる。
朝だと声をかけられたが、カーテンは閉められたままで薄暗い。
「おはよう、ナーラ。心配をかけましたね。もう大丈、」
「ええ、大丈夫ではございませんよね。もちろん理解しております」
きりり、と強い口調で断言される。
おかしい。いつものナーラであればアリアナの言葉を遮らないし、アリアナの主張を知らん振りしない。
上目で様子を伺う。
赤みを帯びた茶髪をひっつめて、吊り上がった切れ長の金の瞳は鋭い。狼のような美しさと強さを思わせる、いつも通りのナーラに見える。
「……大丈夫ですよ?」
「湯浴みを済ませる体力はあるようで、大変喜ばしい事です。執事から本日の予定は全てキャンセルと承っております。陛下にゆっっっっくりとご静養いただくため、尽力する所存でございます」
「なるほど。今日の
痛みや体内の異常で発熱しても、致命傷そのものは一晩寝て起きたら回復する。アリアナは自分の身だから実感出来るが、それが出来ないナーラは気を揉んでしまうのだろう。
なお、半分ほど不死身関係なく、無理をしがちな日頃の行いが原因である。
溜息混じりの降参宣言を聞いたナーラは、ようやくアリアナが起き上がろうとするたびに布団をかけ直す妨害を止めた。
「
「畏まりました。しかし陛下、一つだけ訂正をお許しください」
アリアナが悩むより前に、ナーラがカーテシーを見せて、ひと声。
「我々は皆、アリアナ様の力となれる事に喜びを感じております」
「…………そう、ね」
言外に『もっと頼りにしていい』と言われているとわかり、アリアナは気弱な自分を出してしまったと反省する。
口には出来ない。正しい王は間違わない。謝罪をしてはいけない。
(今のは、王様らしくなかった)
例え、自分が王に相応しくなくとも。
今、彼らの王は自分しかいないのだ。
臣下の敬意に報いるために、安心して身を任せられるくらい頼れる王に。瞼の裏に思い浮かべ、アリアナは真摯であろうと背筋を伸ばす。
「……不在の間、皆のよき働きを期待する。励むように」
その後、アリアナが使用人達の負担を軽くさせるために出来る事といえば、気を遣わせたり、用事を言い付けない事くらい。
つまり、二度寝した。
――かつて、勇者と呼ばれた異邦人がいた。
神の祝福をその身に宿し、ある王家の元に現れたその青年は、目を見張るほど強さを見せた。
その力に可能性を感じた王家の姫君は、青年と共に魔王討伐の旅に出る。
旅路の果て、彼らは人族の夢である魔王討伐を成功させた。
青年は勇者と呼ばれ、姫君は聖姫として、二人は救国の英雄として歴史に名を刻んだ。
二人は結婚し、一国の王族として、魔獣を駆逐した
英雄二人によって、今やフェンイザード国は世界随一の安寧国と謳われている。
――――表向きは。
世界全体で見れば平和が訪れたのはフェンイザードだけで、他国は魔王の脅威に晒され続けていた。
救済を望むのはごく当然の連想だった。フェンイザードと接している近隣国であれば、尚の事。
二人の英雄は、魔王討伐の対価をちらつかせ、恐ろしいほど不平等な条約を他国に結ばせた。
それだけであれば、まだ良かった。
結婚した英雄二人は、『二人揃わねば、魔王討伐は叶わず』と聖姫の懐妊を理由に、魔王討伐の日程を延期。
聖姫は生涯で五人の子宝に恵まれ、二回の流産を経験。
産前産後およそ一年の期間を、その回数分、延期した。
その結果、疲弊していた二つの小国が魔獣の侵略を止められず、滅亡。
誰も手出し出来なくなった土地に蔓延る魔獣を討伐。穢れた土地を浄化し、国土として取り込んだのは、フェンイザードだった。
この時点で、他国から敵意を集めていたのは想像に容易い。
それでも人族存続の為、未だ叶わぬ魔王討伐の実績を積み続ける二人に縋るしかなかった。
そして、魔王討伐の吉報が世界にもたらされて、十年の月日が経つ頃。
フェンイザードによって救われた国に、再び魔王が出現した。
一度国内から魔王を滅ぼしたところで、穢れを放置した土地から魔獣は発生し、そこから新たな魔王となる個体も生まれてしまう事が判明したのだ。
土地を浄化する力を持つのは、フェンイザードの聖姫のみ。
聖姫が産んだ子供達にも同じ力を持つと知ると、王家は他国との婚姻を拒絶し始めた。浄化の力を独占するためである。
そうなれば、一度魔王を退けた他国は、またいずれ出現する魔王の脅威に晒される。
フェンイザードに謙り、多くの資財と犠牲を払ってもなお、フェンイザード以外の国には一時的な平穏しか約束されないという、あまりに残酷な現実だった。
その事実が露呈しても、表面上平穏なままであった。
しかし、唯一魔王を屠る事が出来る勇者――アリアナの祖父が崩御した十年前に、事態は一変する。
もう救われないのだと嘆き自国を捨てた人々が、フェンイザードへ移住してきた。
流れ込む人々をフェンイザードは歓迎したが、五年ほど時間が経つと雲行きが怪しくなり始める。
勇者が死に、続いてアリアナの祖母、聖姫も病に
関わった、手にかけた貴族が、国民が、たくさんの人が、処刑された。
そうして、王位継承権を持つ聖姫の血を引く者は、王都を離れて療養していたアリアナだけになっていた。
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