第06話 不行儀な騎士
「アリアナ様、起きてらっしゃいますか?」
「まだ寝れます」
寝覚めの悪い夢を見た気がする。
アリアナは布団を被り直すが、ナーラはアリアナの病弱期間からの侍女だ。手間をかけさせまいとする行動を熟知している。
ナーラは肩を竦めて、「そうではなく」と言葉を挟む。
「午後に謁見依頼が来てます。ほぼ断りを入れましたが、ヴァレリオ様と、テオドール様はご判断いただきたく」
「テオですか? 侯爵ではなく?」
形式上、
「はい。侯爵と共に王都へいらしていたようです」
テオドールは侯爵子息で現在十一歳。彼の領地がアリアナの療養地の近くだったため、彼が生まれた頃からの知人だ。アリアナは弟のように可愛がり、テオドールも姉のように慕っている。
単純に親密な関係なのもあるが、テオドールはそれ以上に、特別な存在なのだ。
「許可します。ヴァレリオは昨日の報告も兼ねているでしょうから、テオを先に回してください」
「ではこちらで準備を進めておきます。昼時ですが、食欲はいかがでしょう」
「……あります」
かなり空腹だ。昨晩以降、水しか飲んでいない。
毒殺騒ぎを起こしたばかりのため、自室に運ばれた品全てナーラが直に毒見してから、アリアナは食事にありつけた。
食後、午後の来客に備えて身支度を整えた。
紺色に金刺繍を施したワンピースドレス、装飾は少なめ。深紫の長い髪は丁寧に纏め上げた。化粧で血色も良くなり、健康そうな見た目に満足する。
不意に扉からバン、と音が鳴った。
「陛下ー、侯爵がいらっしゃいましたよー」
適当なノックと、扉越しの間延びした呼びかけ。
あまりにも無礼な様子に侍女達は呆れ顔。アリアナもいつも通りな彼の声に肩の力が抜けた。
扉を開けてもらえば、扉前で待機していた騎士服を着た声の主とすぐ対面する。
「フォルス、まさか貴方が侯爵に応対したんですか?」
「安心してください。陛下を呼んでこいと片眼鏡に追い払われてきたところです」
「安心しました」
ちなみに片眼鏡とは執事の事である。
失笑するアリアナを、フォルスは騎士とは思えぬ気の抜けた無表情で見つめた後、踵を返す。
「んじゃ、行きましょうか。陛下」
王族の側に仕える事が許されるのは本来、貴族の中でも高位の者のみ。
しかし、何事においても例外はある。特に前を歩くこの男は、異例中の異例だ。
フォルスは平民である。
小さな集落で時折現れる魔獣を倒し、荒地を畑にする仕事をしていた。
平均的でやや筋肉質な体格、短いアップバングの髪と覇気のない目の色は凡庸な土色。顔立ちは整っているが印象に残らない、一般的な若き農民の一人。
貴族社会と無縁だった彼はある日、身一つで王都にやってきて騎士に志願した。それは難なく叶ったが――。
『自分は陛下のための騎士になりに来た。弱い奴の下っ端になるつもりはない』
騎士業に貴賎は問われない。
しかし上下関係は厳しく、配属先に身分は考慮される。平民の騎士が任されるのは王都内外の巡回警備。
王族の護衛が出来るのは、実力と貴族に連なるごく一部のみ。
平民では不可能だと笑う者、現実が見えていないと憐れむ者、下民に現実を知らしめんと意欲を燃やす者、もしくは彼らに便乗した者。
その中には平民も、貴族も、隊長格も含まれていた。
――――その全員を、フォルスは倒した。
『話は聞いた。そうまでして貴殿が私の騎士に志願する理由は何だ?』
入団からたった三日、
というより、団長まで一騎打ちで倒され、騎士団がたった一人の平民に制圧されかねない最悪の事態を収めるため、アリアナが出張るしかなかった。
多少身を削いだとしても、敵に回したくない逸材だ。他国に引き抜かれる前に苦い条件を飲んででも囲い込みたい。
『理由? 陛下に一目惚れしたので』
『……ひ?』
その場にはアリアナとフォルス以外に、騎士も貴族も使用人までいて、――その場は騒然とした。
失われた英雄二人の孫娘と、彼女の前に新星のように現れ、己の強さを示し恋心を明かした平民の騎士。
誰もが知る勇者と聖姫の英雄譚。
物語の続きをなぞるような二人の邂逅は瞬く間に広がり、貴族間のみならず市井にもフォルスの存在が知られることのなる。
そうして『彼こそ勇者の再来ではないか』と期待されるまでに、話が膨らんでしまった。
「陛下、そんな熱視線向けないでもらえます? 自分、これでも仕事中なもので」
現在。様々な思惑が複雑に絡み、彼は望み通り女王の護衛騎士に任命された。
異例の辞令に不安はあったが、払拭する勢いで彼はアリアナの身を守る実績を積んだ。襲撃を防ぎ、余数を減らさずに済んだ事は数え切れない。
問題があるとすれば、彼の態度と、事あるごとに口説いてくる事だ。
しかも無表情で。
「普通に見ていただけですが……フォルスは本当に、わたしの目が好きですよね」
「はい。目以外も綺麗ですし、そのふわっとした服も似合ってます。でもやっぱ、目が特に綺麗ですよね」
王族の血筋には虹彩に二つの色が出る。
勇者がアースアイと呼んだ事から、それが一般的となった。
アリアナの瞳は中央は橙色、外側は水色が波打つように縁取っている。
フォルスは戴冠後に出回ったアリアナの肖像画を見て、その『目』に一目惚れしたと言う。
「そんで、なんで自分は陛下にじっくり見られてたんです? ああ、もしかして自分へのご褒美でした?」
「違います。未だにフォルスが勇者だという噂を根絶出来ない事を憂いていたんです。半分くらいは、貴方の誤解を招く言葉足らずが原因だと思いますが」
「陛下のためなら自分、それっぽくやれますけど」
「その態度も減点対象ですよ」
誤った印象はマイナスにしかならない。もしもの時に困るだろう、と事あるごとにアリアナは苦言を呈するが、フォルスは決まってこう返す。
「自分は陛下とも、陛下以外の誰かとも結婚するつもりないんで。天涯孤独には無用な心配です」
失うものなどないと無敵な禁じ手を使ってきて、アリアナは閉口するしかない。
正直に言えば、彼のように身命を賭して結果を残す配下は、王として非常に心強い存在だ。主として、彼に払う代償が少ない程、なお良い。
(でも、王として失格でも、普通の幸せを得てほしい……と、思うくらいはいいはず)
本人は乗り気ではないが、見合いを設定すれば案外とんとん拍子に考え方が変わるかもしれない。アリアナは病床ではそういう恋愛小説も嗜んだ。
それでフォルスが家族を得られたなら、きっと幸せに繋がる。
(国の犠牲になるのは、わたしだけでいい)
(――――とか、考えてそ)
仄かに口角を上げるアリアナの心境を見透かすように、フォルスは目を細める。
その土色の瞳に一瞬、濁り水のような深緑の透いた光が揺らめくが、誰に気付かれる事もなく瞬きの瞼の中に隠されてしまう。
(本当に馬鹿だなぁ、この子)
フォルス・ラペンテッタ。
昨年成人した十七歳。片田舎の凡人。剣の腕一つで女王の膝元に傅くのを許され、勇者の再来だと期待される、平民の騎士。
そんな人物は存在しない。
全ては虚飾、――ライが用意した偽りの姿である。
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