第11話 騒動のその後
「では、本題に入りましょう。昨夜、陛下が下がられた後の事を順番に報告を致します」
コホン、と咳を一つ。
アリアナも話を聞くため姿勢を正した。
「私は第一騎士団と連携し、参加者を逐次下城を見送りました。個人差はあれ、全員困惑した様子は見られましたが、疑わしい行動した者は見つかりませんでした。薬物探知犬も反応はなく、毒物の持ち込み、持ち出しをした参加者はいないと思われます」
「わたしが倒れる寸前に先に帰った者はいますか?」
「いえ。参加者名簿を確認し、全員を見送りました。その後、出入り口と通路を含め、会場内を隈なく捜索し、ここでも不審物が見つかった報告は上がってません」
つまりアリアナが口にした毒は、パーティが始まる前から持ち込まれ、参加者の中に関係者はいないと考えられる。
そうなると、毒を混入したのは城内関係者に絞られる。
アリアナが口にした果実水は、直前に給仕係から受け取ったものだ。
そして目の前で、彼女が毒見をして無事も確認している。
「わたしに果実水を持ってきた給仕は?」
「彼女は第二騎士団によって取り押さえられました。今は落ち着いていますが、貴方が倒れて、恐らく一番錯乱していましたね」
給仕の彼女はナーラの次くらいにアリアナに仕えて長い人物のため、生きている事に少しだけ安堵する。
しかし、一番に疑われてしまっている状況に楽観視は出来ない。
未遂に終わったとはいえ、王族に毒を盛れば――極刑一択。
アリアナ個人としては、よく知る相手を疑いたくない。同時に女王として厳正に判断し、刑を処さねばならない。
小さく息を吐いて、迷いと甘えを切り捨てる。
「彼女はまだ取り調べの途中、でしょうか」
「いいえ。彼女はまだ貴族牢に拘留していますが、あくまで保護です。取り調べはされてません。実行犯は既に見つかっているので」
「そ、そうなんですか?」
覚悟を決めていたアリアナは、ヴァレリオの報告に愕然とする。
容疑者は捕えているが、犯人に繋がる物証は見つかっていない。そんな内容だと予測しつつ聞いていたので、既に特定している仕事ぶりにも驚く。そしてやはり彼も含めて休めてない人数が多そうである。
(実行犯は見つかっている……? 捕えている、ではないなら、逃亡中?)
それにしては、全員が落ち着きすぎている。
アリアナの困惑と疑問に答えるようにヴァレリオは静かに頷いて、一枚の紙をテーブルに出す。
「実行犯は当日、陛下の化粧係をしていたグレイシア・フェン・ストリクス。彼女はこの遺書を残し、使用人室で自害しているのが見つかっています」
「――……そう。グレイシアが」
ストリクス家は王家に仕える騎士の家系だった。
彼女に騎士の才能はなく、化粧係として元はアリアナの母に仕えていた。母が生家へ帰る時、使用人の一部を置いていった。アリアナが雇い直したが、グレイシアはその一人だった。
ソレル病によって両親を失い、特効薬によって回復するも後遺症が残った伯爵位の兄を支えていた。
十八歳という歳の近さと境遇に、近しいものを感じて、気にかけていた。
《アリアナ様の唇に毒を乗せたのは私です。命をもって償います。》
彼女の最期の心情が読み取れないほど、短い遺書だった。
毒は口紅に含まれていたのか――アリアナは無意識に唇に触れる。先程身支度の際、保湿に蜂蜜が使われていたのは、毒を警戒していたのだと今更気付く。
「遺体には浮き上がった血管が黒く変色する毒性反応があり、昨夜の陛下と同じ症状だったため、同じ毒を飲んだと思われます」
ひえ、と漏れかけた声を飲み込む。
外見の変化に気付いてなかったアリアナは、昨夜の自分が恐ろしい姿になっていた事実に思わず首を竦め、頷く素振りで誤魔化した。
「まだ解析途中ですが、毒は恐らく魔獣由来のもの。口紅の毒性そのものは弱かったですが、果実水に反応して活性化する反応が確認出来たとの事です」
「……恐ろしい毒ですね。水だけでなく酒にも同じ反応が出たら、悪用されそうです」
唇の上に乗せただけでは弱い毒。しかし果実水を飲んだだけで、体の中で猛毒に変わる。
食べ合わせの毒はいくつか存在しているが、初めて聞く組み合わせの毒だ。
「彼女の遺書を発見したのが未明の事。すぐにストリクス家に騎士を派遣すると、ストリクス伯爵の遺体が見つかりました。一部白骨化している状態から、死亡したのは少なくとも先月以前だろう、と」
「そんな報せ、受けていません」
「隠蔽されていたようです」
遺書の隣に置かれたのは、借用書の束。
彼女の給金を上回るとんでもない金額の上に、完済証明の判が捺されている。
「今朝、この貸金業者に確認を取りました。三年前から伯爵に貸していたもので、一週間前に妹と名乗る代理が現れ、返済されたものだと。証言からグレイシア嬢本人だと思われます」
「ストリクス家の使用人は、」
「他家に雇われた三名分の話を総括すると、ニヶ月前に退職金と紹介状を待たせて全員辞めさせたようです。兄妹二人から、給金を出せなくなる前に、と。他二名の調査も続けますが、使用人が関与している可能性は低いでしょう」
「……わたしも、そう思います」
五人の使用人に満足いく給金は厳しくとも、兄の爵位報酬と妹の給料を合わせれば、屋敷を維持しつつ借金を返し、二人で慎ましく生きられただろう。
しかし兄が何らかの形で亡くなり、状況は一変。
爵位がなければ、王城で勤務出来ない。
爵位を継ぐ手続きにも、相応の金がかかる。
追い詰められていたのだろう。遺書に綴られなかった彼女の苦悩が目に浮かんだ。
「状況的に、グレイシア嬢は実行犯ではあるが、単独犯ではないと考えられます。恐らく金銭を理由に殺害依頼を受けたのでしょう。証拠はありませんが、伯爵の死を隠蔽した件で脅迫を受けていた可能性もあります」
アリアナは毒を盛られても生き残り、翌日には完治して呑気に食事を取っていた。その一連の様子を、グレイシアは見て知っている。
――だから一度くらい、と魔が刺したのかもしれない。
グレイシアの本心はわからないが、どちらにせよアリアナは彼女を責める気はない。
ただ、グレイシアを唆した卑怯者には煮え滾る怒りを覚えた。
「……状況的に、という事は、犯人に繋がる証拠はなかったのですね」
「はい、現時点では見つかっていません。グレイシア嬢の単独ではない可能性も、私の憶測に過ぎません。しかし王都の貴族である彼女が魔獣に関する知識があるとは思えず、毒の入手経路など不明点も多いです。交代制で調査は続けているので、陛下は引き続き警戒し、護衛の増員を」
「いえ、わたしの護衛はフォルスだけで充分です。彼が今この国で一番強く、わたしも暗殺によって命を落とす事はありません。わたしに人員を割くなら、調査に回してください」
「しかし、」
「人が増えれば、休める人も増えるでしょう?」
報告内容の密度を考えれば、ほとんど眠らず調査を進めているのが伺えた。目の前の婚約者も含めて。
「ヴァレリオも休んでくださいね。王命を下す前に」
「……かしこまりました。ご恩情、ありがたく頂戴致します」
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