第12話 主犯の見込み

 ヴァレリオとの会議を終え、部屋に戻ったアリアナにナーラは一冊の本を差し出した。


「そういえば、新刊が出てましたよ」


 その後まんまと読み耽り、気付けば日が暮れていた。


「ナーラ、恐るべし」


「いや、陛下がちょろいんですよ」


 主人の傍らで待機していた騎士フォルスが訂正した。

 彼女の策に対し素直に負けを認め、その後は私室で過ごした。



 そして、深夜。

 体の上に重みを感じ、アリアナは目を開く。

 仰向けに寝ていたアリアナの腹の上には愛蔵書が積み上げられて、一番上には水差し。


「動くと大変なことになっちゃうよ」


「本当に大変なことになっていますね!?」


 この一年で一番悪質な睡眠妨害に一気に眠気が飛んで、思わず声を張ってしまう。

 ちょっとでも動いたら本だけでなく、布団すら水浸しになる。声がするので室内にライがいるのはわかるが、アリアナは目の前でぐらつく本の塔から視線を逸らせない。


「ら、ライ、あの、待ってください、どれも大事な本なので、こんな悪戯に使うのは、やめ、」


 一番上のは今日ナーラに渡された読みかけの本、真ん中には母が翻訳した外国の写本、下にら父が勉強のためにと渡された文字の本、あれは五歳の誕生日に兄から贈られた絵本……。

 不安定な土台の上の積み上げられた本は、ほんの一瞬でバランスを崩し、傾いていく。咄嗟に目を瞑った。


「嘘だよ」


 腹の上の重みが完全になくなっても物音一つもなく、アリアナは恐々と目を開く。

 片手に水差しの瓶、片手に積み上げた本を器用に持ち上げているライが寝台の横に立ち、愉快そうに微笑む。


「今夜はちゃんと起こそうと思ってさ。刺激が強すぎた?」


「もう二度としないでください」


「あ、やりすぎました。二度とやりません」


 ゆっくりと上体を起こし、凄みを利かせながらアリアナは静かに威圧する。

 本気の怒りを感じ取ったライは軽薄な態度はそのままだが、気まずそうに笑顔を歪ませた。


 アリアナにとって少しも面白くない冗談だが、仕方ない、と怒りを鎮めた。

 ライが二度とやらないと言えば、本当に二度目はないのだ。そこはよくわかっている。


 ライに本を持たせたまま、アリアナが本棚へ戻していく。

 上から一冊ずつ丁寧にアリアナへ手渡し、片付けを手伝う姿勢からも反省の意は感じ取れた。


「おかげさまですっかり目が冴えましたが、何でしょうか」


「冴えてほしいのは頭の方なんだけど……まぁいいか」


 ライは次の本を差し出す。ベストセラーの探偵シリーズの一冊だった。


「じゃあ、今回殺意を向けたのは、どこの誰で、何が目的だったのか、どこまでわかってる?」


 唐突な質問にアリアナは眉を顰める。

 そんな反応も予想通りだったのか、ライは気にせず愉しげに続けた。


「戴冠式は滅ぼされた亡国の愛国者、パレードは魔石出荷制限を防ごうとした他国の雇われ暗殺者、揉み消した毒殺未遂は……まぁいいか。それで、アリアナは今回どう思い付いてる?」


「……わたしは、って事はライは、何かしら思い付いているんですか?」


「俺は人族と違って情報仕入れが早いからね。アリアナに毒盛った伯爵令嬢が尊厳死を選んで、まともな手がかり見つかってない事までは知ってるよ。それ以上の事は、どうだろうね」


 まるで色々わかっているような言い草に、アリアナは疑惑の目を向ける。

 目の前に、差し出したままの本を受け取れとばかりに揺らされる。アリアナは渋々止まっていた片付けを再開した。


「……人族こちらはまだ、実行犯グレイシアが単独犯ではない疑いの段階なのですが、ライはどこまで把握しているのか、教えてください」


「だーめ。魔族おれだから知れた話を女王アリアナが知ったらまずい事になるかもしれないし、そのあたりの区別はまだ出来ないでしょ」


「う……」


 意地悪ではなく、理由あっての黙秘だったらしい。アリアナは睨んだ事を少し恥じた。

 確かにライからどれほど有用な情報を提供されても、人族が手がかりとして裏付けが取れなければ虚言と変わらない。


「だからアリアナに使われた毒がどの魔獣のものか、くらいは教えてあげる。人族そっちでも明後日くらいにはわかる話だろうし」


「! もう特定したのですか?」


「リザードバルファ、穀物被害でよく聞く名前でしょ。巣が近くなければ基本的に威嚇しかしてこない、遭遇しても比較的安心のやつ」


 その魔獣は穀物に付く虫を主食にする、危険レベルの低い魔獣だ。

 あくまで人的被害の話で、虫を食べるついでに作物を引きちぎり、畑を踏み荒らし、土と水を穢すので、産業的にはかなりの害獣である。


「あれね、アリアナに上がってくる話よりも頻繁に現れてんの。群れなら討伐依頼出してるけど、少数なら近隣の農民が殺してる」


「えっ、まさか農具で戦っているわけではありませんよね?」


「対魔獣コートかけずにそんなことしてたら、農具入れ替えで鉄の消費量増えるか、作物のほうが腐って生産率落ちて数値でわかるでしょ。でもどっちもない」


 アリアナは記憶を探り、過去十年分の記録に大きな変動はなかったため、とりあえず頷いた。


「だから別の討伐方法があるの。リザードバルファは大顎開けて威嚇すんでしょ? そこに酸味の強い果物投げ込む、そうすると勝手に死ぬ」


「それだけで!?」


「そ。まぁ、やるとリザードバルファの体液が猛毒になって、放置すると一帯の魔素が穢れるから、焼却処理必須だけどね。わかってんのか臭いからなのか知らないけど、投げて燃やすまでが一連ワンセットになってたよ」


「……妙に詳しいですね?」


「ありがたいと思って欲しいんだけど?」


「大変ありがたいです」


 人脈も経験も、本来であれば戴冠前に積み上げるべきものだ。アリアナはどちらも得る前に王になってしまい、知識でしか補えない。今回のような文章だけでは得られない知識は、非常に得難いものだ。


「その話、フォルスなら知ってるかもしれません。彼から情報を引き出せたら、毒の解明が早まるかも……」


「そいつが毒の特性知ってたら、真っ先に容疑者候補じゃない?」


 思わぬ言葉にアリアナは目を丸くする。

 毒の特性を知り、グレイシアに暗殺を依頼した主犯が、フォルスである可能性――……。


「絶対に無いです」


「何? そんなに信用してるの?」


「勿論。彼は毒なんて使わなくても、わたしを殺して国外逃亡なんて余裕でしょうから」


「そっち? 絶対裏切らないとかじゃなくて?」


「人は理由があれば裏切ります。どんな形であれ、人に永遠なんてありませんから」


 きっぱりと断言するアリアナの表情は天気の話でもしているような素面で、ライは肩を竦めながら最後の一冊を渡す。

 一番下の棚に収めて、向かい合う。


「じゃあ、アリアナの専属侍女は?」


「ナーラの生家は主に林業ですが最大生産領ハノーカノミなので、知る手段はありそうですね。ただ、暗殺を企てるなら彼女本人が来ると思います。そうすればわたしが一番油断するとわかってるはずなので」


「ふーん。じゃあ、後継者は? そいつの養育者も王にするために手を貸すんじゃない?」


「ん……暗殺の主だった理由は、現行王政への怨恨と否定です。わたしがいなくなれば、次の王は政治に関わっていた王都の貴族から選ばれるでしょう。同じアースアイを持つテオの将来は悲観的、侯爵は王の血縁の立場が得られず終い。わたしが死んで一番痛手なのは彼らだと思います。三年後ならまだしも、今は可能性として低いかと」


「なるほど。じゃあ、婚約者は?」


「ヴァレリオは……あまり想像がつきません。彼とは円満な契約関係だと思ってますが……ああ、でも契約内容が公爵に知られたら少々不都合は……しかし命を狙うとは思えませんし……」


 顎に手を当てながら怪訝な顔でぶつぶつと思考を零すアリアナに、ライは大袈裟に涙を拭う仕草を見せる。当然目元は乾いている。


「そんな……契約したの? 俺以外と?」


「あの、女王は立場上、色んな契約をしなければならないので、その……魔族との個人的な契約はライだけですから、見逃してください」


「いや冗談だってば。俺を滑らせたいの? 転がしたいの? まぁいいけど」


 悶々と考え込むアリアナの思考を断ち切れたのを確認して、ライはしおらしい素振りを即止めた。

 問題無し。

 私情を挟まない冷静な判断力に、ライは笑みを深め、告げる。


「その四人のうち、一人の関係者が主犯だよ」


「――確か、なのですか?」


「その反応は思い至った、って感じだね」


 アリアナは苦々しく顔を歪めながら、頷いた。

 信じられないと言わんばかりに愕然とした後、再び考え込む。今度は頭を全力で回し、表情には焦りと必死さを滲ませる。


(ライの言葉が事実なら、あまり猶予はないかも)

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