麩菓子。

「でさ、なんて言ったと思う?」


俯いて字を書く私の顔を覗き込むようにして彼は聞く。

私は顔を上げることなく、そのまま答える。


「…さぁ?…つまんない、とか?」


「…お前、それ普通に悪口だかんな…。でも、まぁ…正解っちゃ正解か…。」


そう言ったきり、私の前の席に後ろ向きに跨る様に座った彼は、私の机の端にあごをのせてうなだれる。

書き物してる時には、やめて欲しい。

ちょっと書きづらいし…近い。


クラス替えがあったばかりで、みんなのプロフィールを交換していこう、なんて企画が持ち上がって、その1枚を『書いて』と渡してきたのはクラス委員になった彼なのに、これじゃ綺麗に書けないかもしれない。


「…で、なんて言ったの?」


書く手は止めずに、次を促す。

ちょっとないかな…でも、興味津々で聞く話でもないみたい。


女子から人気がある彼は、しばしば告白されてその相手とデートをしたり、メールや電話をすることがあるらしい。


実質付き合ってるのでは?と毎度思うが、彼曰く、『今まであんまり知らなかった子がほとんどだから、いきなり付き合ってとか言われても、まずはお試しというか、親しいお友達からでどうですか?って感じ』なのだそうだ。

…そして、毎度、お試し期間でその先に進むことはなく、ある意味彼が振られたような形で幕を閉じる。…毎回って凄くない?なんか実はすごい裏の顔があるとかなのかな…。

でも、過去にそうなった子達からも、あいつ実は酷い奴だった…という噂を聞いたこともないのだ。


「それがさ…思ってた感じと違うの。明るいし誰にでも優しいから、付き合ったらもっと甘い感じになるのかと思ったんだけど、全然甘くない。なんか…アレだね。あの…麩菓子ふがしみたいな感じ。…だってさ。なんだよ、麩菓子って…。」


顔をあげて少し高めのトーンで口振くちぶりを真似て、そう言ったきり、また不貞腐ふてくされたように机に頭を乗せる。

書けと紙を持ってきたのなら、邪魔しないで欲しい…なんて思うけど言わない。彼は私の前ではいつもこんな感じだ。努めて平静に答える。


「小麦グルテンを加工して焼いて黒砂糖を絡めた昔ながらの駄菓子。」


「いや、そういう説明じゃなくてさ…。」


ばっ…と頭をあげ、ツッコミを入れるタイミングが、絶妙だった。


「うん…ふっ…ふふ…。」


堪えきれずに笑う私に、また顔を覗き込む。


「もう、笑ってんじゃねぇか!酷くない?麩菓子だよ?麩菓子!どこにそんな駄菓子に例えられる男がいんだよ?!ってここにいたわ、俺か?俺が何したっていうんだ…。」


「ふふっ…ちょ…っと、だめお腹痛い。」


さすがに書く手が止まり、彼を制止すべく右手を挙げる。


「麩菓子…って…。中身甘くないからだめとかそういう感じ?まだ好きにもなってない女の子に甘いとかどんな男よ?だって俺最初から、お友達からって言ってんのに…。てか、麩菓子だめ?うまいじゃん麩菓子。てか、何か?中まで甘くなれば文句ないわけ?周りが黒糖で中まで甘いって…かりんとう?かりんとうになればいいの?俺…?」


一気にまくし立てる彼の語彙力に感心しつつ、私は限界を超える。


「ぶっ…ふふっ…も、やめて…一旦止まって…ふふっ…。」


…論点がずれまくっている。麩菓子に例えられて振られた彼は、女の子たちの期待に応えるべく、かりんとうを目指す…って何これなんの話…?可笑おかしくなってしまう、お菓子かしだけに…なんて。


「そもそも、麩菓子とかりんとうの違いって何?」


…自分で言い出したんでしょうに…とは思ったが、まぁ、話にのってあげる。


「材料はほとんど変わんないみたいだけどね…。焼くのと、揚げるのの違い…?」


「そっか…揚げるのか。油…か…。」


え、いや、そっか…って何…。揚がるつもりなの?どうやって…?納得したような顔をする彼の真意をはかりかねる。


「…まぁ、いいや。俺から好きで付き合ってって言ったわけじゃないし、てか付き合ってもいないし、振られたわけじゃない。うん、違うはずだ。特になんとも思ってない子に麩菓子呼ばわりされた位、なんとも思ってないもんね。」


揚がるのを諦めたのか、1人心を落ち着けるかのように喋り続ける彼。


…少し可哀想になってきた。けど、ここで、次があるよとか、他にいい人見つかるといいね、とか軽はずみなことは言えない…。


数ヶ月前、私は、彼からの告白を断っている…。


あの時は、まだふざけ合えるいい友達くらいの感覚で、私はどちらかと言うと内向的、彼は、今の通り外向的で女子人気も高い。たくさんの女子に囲まれている彼を、彼女として、私が独り占めするなんて想像がつかなかった。


「もっと他の人のこと、見たほうがいいよ。私なんかじゃ、釣り合わないから…。今までみたいに、友達で居たい。…だめ、かな?」


今思えば、なんと酷い断り方か。

でも彼は、それに怒るでもへこむでもなく、「そっか…そうしてみるわ。じゃあ、まだ友達としてよろしくな!」とこちらが拍子抜けするほどあっさりと引いたのだ。それから、またこの関係は続いている。何も無かったかのように…。


それから、気まずくなることもなく、彼はこうして私に話しかけてきては、振られ?たことを、愚痴って帰っていく。


…そうして今、彼がまた誰のものにもならなかったことに、ひそかに安堵している自分がいる…。


今更、と思うだろう。自分で振っておいて…ごもっともです。…どうして、あの時振り絞ってくれた勇気に私は、勇気をだして答えようとしなかったんだろう。


もう、遅いよね…。


「てか、麩菓子とかかりんとうとか、チョイスが渋くね?もっとシュークリームとかマカロンとかなんか今っぽい菓子で例えて欲しいよな、マジで。」


まだ、麩菓子にこだわっている。

拗ねた顔が、可愛いと思ってしまった。


「何のお菓子だったら、納得できたの?」


「うーん。なんだろ?麩菓子特性を引き継ぐ洋菓子…。」


「麩菓子特性って何…?周りだけ甘いってこと?」


「うん、そんな感じ。あぁ、メロンパンか!」


最早、何を目的にしてるのだろう…。

くだらないことを真剣に考える、そういうとこ、なんか、好き。


頭の中で、思わず溢れるその言葉を打ち消すかのように、頭を振り、プロフィール用紙の残りを書く。


「はい、できた。私、ちょっと飲み物買ってくる。」


机でだらけている彼の鼻先に、紙を寄せると私は、逃げるようにその場を後にする。

教室の出入口で、もう1人のクラス委員とあって、「書いといたよ。」と伝えて、足早に廊下に、でた。顔が、熱い。



好きな食べ物  麩菓子

苦手な食べ物  わんこそば

好きな教科   体育たいいく

苦手教科    社会しゃかい

好きな動物   モモンガ(可愛くて…。)

好きな色    黄色きいろ

長所      みみがいい。

短所      我慢がまんは苦手。

得意なこと   水泳すいえい

苦手なこと   規則きそく正しい生活


ひとこと    よろしくお願いします。



…たぶん、彼は気づくだろう。

教室から、椅子が倒れた音がする。


私が出せるなけなしの勇気は、これが今は精一杯…。ほんと、これが精一杯。




だから、神様。お願いします。

これから始まる追いかけっこと隠れんぼ。どうか、せめて…普段の顔に戻るまで、彼に捕まりませんように…。

  

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ありふれた日常を愛おしむ(短話集) ふらり @furarin

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