インスタントコーヒー。

カリカリ…サラサラ…きゅ…スッ…。


いろんな音をさせながら、目の前の彼女はわかりやすそうなノートを仕上げていく。


「相変わらず、見やすいな、ノート。」


彼女は嬉しそうに、でも、得意げに笑う。


「俺のも書いて…?」


なんて、ダメもとでお願いしてみると、『それじゃ頭に入んないからだめ。』なんて、頭を振る。…ちゃんとしてますね、相変わらず。


常に成績上位の彼女と、可もなく不可もなくな成績の俺。


幼馴染でもなければ、こうして一緒に勉強することもなかっただろう。


普段、学校ではほとんど一緒にいない俺たちがこうして、毎回テストのたびに勉強してることは、誰も想像しないし、俺だってちょっと信じられない。むしろ、彼女に得はあるのか…?俺が教わるほうが多いんだから、彼女は1人で勉強した方がはかどるはずだ。


でも、だとしても、こうしてなぜか一緒にいる。


「日本史って漢字ばっかで、頭入ってこなくない?近現代とか、もうほんとにさ…訳わかんない。大日本帝国憲法発布とか…漢字何文字よ?ダメだ、もう…眠い。」


気づけば、それなりの時間が経っている。

日曜日の昼過ぎに集まって、というか、彼女が俺んちにきて、もう3時をまわる頃だ。


「コーヒーでも、飲む?」


何気なくでた言葉は、休憩の合図。


彼女は勉強道具を少し片づけ、俺は台所でコーヒーを淹れる。と言ってもインスタントだけど。


「ほい、砂糖たっぷり、ミルク多め。」


座ってる彼女に、マグカップを渡す。


彼女はお気に入りのマグカップを受け取ると

、ひと口飲んで、『美味しいね。』と笑う。


彼女のお気に入りのマグカップがうちにあって、コーヒーの好みの配合もしっかり頭に入ってて……信じられるか?これで付き合ってないんだぜ?


そう、幼馴染ではあっても、彼氏彼女では、まだない。

そう、まだ…ない。


一緒にいることが当たり前過ぎて、改まって踏み切れていない…。

なんとでも言えよ…俺もそう思う。


『覚えにくいならさ、なんか興味のあることと一緒に覚えちゃえばいいよ。』ひとしきりコーヒーを楽しんだ彼女が言う。


「その年号であった他の出来事ってこと?世界史と合わせるとかってことか。1889年、大日本帝国憲法…。」


ふと思いついて、スマホの検索画面に年号を入力する。


「へぇ…インスタントコーヒーが発明された年…へぇ…そうなんだ。」


スマホの画面をいじりながら、彼女の方も見ると、両手で持ったマグカップと俺を交互に見ていた。


「しかもさ、今のインスタントコーヒーの作り方って、アメリカで発表したのに、発表したの日本人だって!」


彼女はまた、マグカップをみた。



「大日本帝国憲法発令と同じ年、インスタントコーヒーが世に初めて出て、しかもその後ちょっと時間はずれるけど、今の製法を発明したの、日本人なんだって。凄くない?いや、だって明治時代だよ?明治時代に日本人が、異国の地で異国の飲み物を誰でも手軽に飲めるようにしたとか、凄くない?」


うんうん、と彼女もうなずく。あ、なんか可愛い…。


マグカップの中、ゆらゆら揺らめくこげ茶色の液体が、背中を押す。



「…そう考えるとさ、俺が生まれた年、お前も生まれたとか凄くない?」


きょとん…とする彼女に、まぁ、そういう反応だよね、と苦笑する。たぶん、俺今からすっげぇくさいこと言うと思う。


「たまたま、偶然って、言えばそうだけど、でも、憲法とインスタントコーヒーとか、全然関係なさそうなことがさ、凄い歴史の出来事として、同じ年にあったんだよって、後世に語り継がれるわけだ。だから、俺たちが同じ年に生まれて、しかも近くにたまたま、住んでて、今こうして試験勉強してるって言うのも、奇跡みたいな…って俺何言ってんだ急に…。」


急に変なこと言い出した感は否めないのに、彼女は黙って聞いている。


「だから、その…頭のいいお前とそうでもない俺が一緒に語られることなんてないはずで、でもその2人が一緒の年に生まれたとか、一緒に過ごしたって出来事がさ…後世に語り継がれた、ら、いいなって…。」


わかるような、わかんないような…そんな顔した彼女が、次の言葉を待っている。


俺はインスタントコーヒーをぐいっと飲み干した。


「だから、その…お前が好きだ。これからもいろんなこと、一緒にしたこと、1つ1つ思い出にして、子どもとか、孫とかに伝え…って、これじゃプロポーズか…あは、俺何言ってんだろ…。」


『プロポーズしちゃダメなの?』


俺の照れ隠しをさえぎるように彼女が聞く。


「えぅ…あ…の…いっ…いや、ダメじゃないけど…いきなり全部すっ飛ばしてプロポーズじゃ嫌だろ…?」


彼女が微笑む『嫌そうに見える?』


…反則だろ…ずるい、ずるすぎる。


「あぁ、もうなんかよくわかんなくなっちゃった…カッコ悪…。でも、とにかく、好きだ。一緒にいてくれ…ください…。」


『喜んで。』


そういう彼女は、俺のマグカップをすっと持ち上げると、こう言った。




『彼女が入れる、おかわりのコーヒー。もう一杯いかがですか…?』


誰でも手軽に淹れられるコーヒーと、誰でも言えそうなイマイチしまらない告白をする俺…。

でも、飲んでくれる人の気持ち次第で、どっちも幸せになれるなら、それも、まぁいっか…なんて思える。


正真正銘今日から彼女の淹れてくれたおかわりは、苦いけど、甘い、最高の味だった…。




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