ピーマン。
「ただいま…っと、帰ってたのか。」
玄関にきちんと置かれている靴を見て、その先に声をかける。灯りもついている、彼女ももう帰ってきているらしい。
「うん、俺もいい感じに早く上がれてさ、明日休みだし、一緒にビールでも飲もうかなって思って、スーパー寄ってさ、そしたらなんか安くて、思わずついでに買っちゃった。見て、ピーマン!すげー安かったの…えっ…。」
ネクタイを緩めながら、奥へ進むとキッチンの床に座り込み、敷かれた新聞紙の上を見つめていたであろう彼女が振り返る。
「どしたの、その大量のピーマン…昨日まではなかったよな…?」
頷く彼女は困ったように笑いながら、経緯を話す。
「家庭菜園やってる先輩から、助けてくれって渡された…?」
たぶん、いつもお世話になってる先輩なのだろう。断ることもできず、持ってきたはいいが、その量の多さに、しばらく固まっていたらしい。
「あ〜予想以上に収穫できて困るとか聞くもんな…。で、どうする、これ…。」
頭をかきながら、自分の持つスーパーの袋の中と目の前の新聞の上を眺め、だいたいの数を把握する。これは、ちょっと多いな…。
「かと言って返せないもんなぁ…。」
ふるふると頭をふる彼女に、わかってる、言ってみただけよ…。とつぶやく。
「ちょっとずつ、色々料理したらそのうち無くなるかな…?」
指折りしながら、ピーマン料理が続く日を数える彼女の手を見る。
「…ずっとピーマン料理…?それは、嫌だな、うん。」
解決方法は…食べる以外にあるだろうか…。
お裾分け、するような人も近くには住んでない。ましてやこの時間からじゃちょっと遅い。食べ物を粗末にする方法は俺も彼女も考えたくないタイプだ。
一番納得がいくのは、すべて美味しくいただく、ということだろう。
「じゃあさ、なんか大量消費レシピとかいうのあるじゃん、あれは?調べてみようぜ。」
スマホを手に取り、ありがちな検索ワードを打ち込む。
「
「…
調べてみるといろいろあるけど…どれも決め手にかける。大量に消費するってことは大量に下ごしらえをするってことだ。だったら簡単に出来るのに限る。
…どれも帯に短し
「…へぇ、ピーマンって和名があるんだ。甘唐辛子っていうんだって。甘くないのにな?苦唐辛子とかに改名すりゃいいのに…。」
苦…じゃイメージが悪くて売れない?でも、苦瓜ってあるじゃん。苦…でも売れるでしょ…。
「…え、じゃあ、ピーマンって何語?へぇ…フランス語とかポルトガル語に近いんだ…。」
レシピ以外にでてくる、ピーマンにまつわるあれやこれやを見て、若干現実逃避気味に知識を蓄える。
「あ、わりぃ…つい違うことを…いやなかなかないもんね、簡単な大量消費。」
じーっと見てくる彼女の圧にまた現実に向き合う。
「あ、これこれこれは?種取ったピーマンを、多めの油でそのまま焼いて、調味料につけるだけ。焼きびたしっていうのかな?え…なになになによ、その顔…。」
彼女は今まで却下してきた俺の案の中でも最高に嫌そうな顔をする。え、そんな嫌…?
「え、なに、ピーマンと油は安易に引き合わせちゃいけない…?全方向兵器になる…?はぁ…?」
「いやいやいや、大袈裟な…そんな少しは跳ねるだろうけどさ、大丈夫でしょ?」
「え、何その目…え、自分でやってみればわかるって…そんなに嫌そうな顔しなくても…。」
「わーかった!わかった!じゃあさ、焼くのは俺がやるから、漬ける調味液っていうの?そっち作って、一緒にやろ。」
いつの間にか俺が主で作る流れになっている…なんでだ…ここにあるピーマンの大半は彼女の先輩から貰ったものなのに…いや、俺も買ってきちゃったけども…。
「…ほんとに嫌なんだな。安心しきった顔しちゃって…。」
このあと俺は、全方向兵器という彼女が名付けた異名を嫌と言うほど思い知ることになる…。
「あっちぃ!あっ、やばっ…あちっ…なんっ…なんなんだこれすっげーはねる!!油やっば…あっ…あっぶね、目元にはねた!あぁー、もうなんだこれ!」
ナメてた、正直ナメてた。
確かに全方向兵器だった…。もう、最強に。油はねがもう凄い。周りにあるもの全てが油はねで覆われるくらい、周りの被害状況はひどいものだ。
思わずコンロの火を消して、はねてきた油のあとを見る。手も顔もとりあえず大丈夫、だけどコンロ周りはだいぶ…ヤバイ。
「ま…じであせった…何これ、ほんとにヤバイね?」
調味液を作り、俺の様子をしばらく静観していた彼女が「それ見たことか」と言ったような顔をする。
「え、これ余熱で火通ったりしない?ダメ?まだ焼くのか…え〜と…。」
眠れる全方向兵器をまた起こすことに
「え、網…?この上で直火…?違う…?あ、これこの間俺が却下したやつ…?ホームセンターで1000円くらいしてたやつだろ?」
油はね防止ネットと書かれたラベルを見る。
確かこんなんで、何か変わるかな…?しかも、1000円って安い?高い?網だよだって…と話していた俺を思い出す。
また今度にしよ、って言ったのに、結局、買ったのか。余程欲しかったのかな…まぁ、ケチって金額にどうこう言うつもりもないから、いいんだけど、使うかどうか…?ってことのほうが心配だっただけだし。
「え、これをフライパンの上に置いて、火をつける…?」
網を包むラベルを剥がし、よく見ると某100円均一店のロゴと300円、の文字が見える。
「へぇ~、あそこにも売ってたんだ…探したの?どうしても欲しくて?…そんなに欲しかったんか…ごめんな?」
コンロに再度火をつける。全方向兵器が目覚める…。
「あれ?」
「え、まじ?こんな…これだけで…?」
油はね防止ネットを乗せたフライパンはパチッ…パチッとさっきと同じ音を出しているのに、1つも攻撃してこない。
嘘だろ…こんなんで…すげぇな…。
驚く俺を満足げに見る彼女。
程なくして火が通ったピーマンは無事に調味液の中に放り込まれた。
「なんだよ~こんな凄いと思わなかった。俺がこいつをみくびってたわ…ほんとごめんっ…でもさぁ、もう買ってたならやる前から教えてくれればいいのに…。」
却下しといてなんだが、初めから知っていれば、こんな目にあわずにすんだのに。
「え…?何が大変か体験しないと…?便利グッズのありがたみはわからない…?」
「いかに油がはねるか思い知れば、たまにしか使わなくても凄く便利ってわかる…?」
ドヤ…とでも効果音をつけたくなる彼女の顔に思わず笑ってしまう。この策士…やるな…。
まぁ確かに、ここまではねるなんて、知らなかったもんな…このプレゼン上手め…。
そのプレゼンのせいで熱した油が目元をかすめたんですけど…?とは言わないでおこう。これが、彼女の目元だったら…そうならなくて良かった。
満足げに油はね防止ネットを洗い、乾燥機に入れる彼女を見て、ふと、こうやってだんだんと尻に敷かれていくんだろうな…と思う。
でも、それもなんか悪くないかな…。
ピーマンは半分くらいになった。
さて、次は…どうしようかな…。
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