桜餅。

バタン、かしゃん…。

玄関の方で、扉を閉めて鍵をかける音がする。彼女がいつの間にか出かけて、帰ってきたらしい。


いつの間にか寝ていたらしい俺は、顔の上の雑誌を外し、ソファーから身を起こす。


「…いつの間にでかけてたの?買い物だったら俺も行ったのに。」


そう声をかけると、手洗いうがいを済ませた彼女がこちらを見る。

テーブルには小さな包みが置いてあった。


気持ちよさそうに寝てたし、最近ずっと忙しそうだったから、そのまま寝かせとこうって思って、と言う彼女は、急須と湯呑みを取り出して、テーブルに並べている。

手際よく、お茶を淹れると、さっきの小さな包みを開ける。


微かに、でも、ふわっと、春らしい香りが漂う。


「あー桜餅だ。買ってきたの?」


なんか、食べたくなっちゃってと笑う彼女は、少し照れくさそうだ。


彼女は食べることが大好きだ。その細い体のどこに入るのかって位、よく食べる。でも、その仕草がとてもきれいで、品がいい。

見てるだけで、幸せになるくらい。


「俺もこの間買うか迷ったんだよな〜。いちご大福と草餅もあったから余計迷っちゃってさ…。」


全部買ってきても良かったのに…なんて笑う彼女は、ほんとに楽しそうだ。

お茶しよ?こっちきて?なんて誘われたら、行かない理由なんて思いつくわけがない。


誘われるままに席につく。お茶の香りと、桜餅の香り。春だなぁ…。


「桜餅ってさ、葉っぱとるんだっけ?」


取る人もいるらしいけど、もったいないよ?これが美味しいのに。と彼女はかぶりを振る。まるで、わかってないなぁ、これだから…と言わんばかりだ。


「そっか、桜餅はそのまま食えて、食えないのは柏餅か。」


そうそう。とどこか誇らしげな彼女は、まず一口とお茶を啜る。


「桜ってさ、葉っぱの塩漬けだけじゃなくて、花もあったよな…?」


桜茶?と彼女が聞き返す。そうそれ、アレってなんかお祝いごとだったよね?


お姉ちゃんの結婚式の時、親族同士の挨拶ででたことあったよ。とまた一口お茶を啜る。


「俺たちはいつにしよっか…?」


湯呑みから離した唇が、ぱくぱくと小さく開閉する。驚きすぎでしょ?まさかイヤとかじゃない…よね?


俺がそんなこと言わないと思ってた?

まさか。ずっと考えてたよ。


春の暖かな空気と、お茶の香り。桜餅を嬉しそうに食べる君。


そんな瞬間に毎年必ず居合わせたい。

それだけで、今プロポーズする理由は充分でしょ?


返事は、桜餅食べてからでいいよ。

俺も一緒に食べるから。

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