殺虫剤。
『がたっ…』
隣の部屋で少し大きめの音がする。
それと…小さめに、でもはっきりと『ひゃ〜』とか『ひっ…。』とか『いやぁぁ…。』とか聞こえてくる…。
何を…やってんだ…?
なんとなく予測はついているけど、放って置くと薄情者!とあとで睨まれるに違いないので、俺は座っていた椅子から立ち上がって、隣の部屋に向かう。
まぁ、睨まれたら睨まれたで、それはそれで悪くないんだけど…可愛すぎて、しばらく眺めていてもいいくらい。それはそれでまた怒られるんだけど…。
ともかく、何かと格闘しているらしい彼女のいる部屋に向かって、声をかける。
「おぉ〜い。何してんの?大丈夫…?えっ…。」
ドアを開けた途端、すごい勢いで飛び出した彼女に何か手渡されて背後にまわられる。
俺の手には、殺虫剤のスプレー…。
「なになに急に、どうした、どこにいんの?」
…虫と戦ってたわけか。なんとなく予想はついてたけど…。
「え、テーブルの下?まだ動いてる?あぁ、あれね、はいはい…。」
テーブルの下には、少し大きめの蛾が、まだ動いている。良かった、まだあれなら俺もなんとかできる…。取り立てて苦手でもないけどできれば会いたくも、触りたくもないもんな、奴は。
「てか、もう瀕死じゃん。あと少しで、自分でなんとかできた感じじゃないの…?」
俺のトレーナーの背中部分を両手でがっしりと掴んでいる彼女はぶんぶんぶんっ…と音がしそうなくらいに首を横にふる。
「…とどめは…させない?…まぁ、頑張った方だろうけど…毎回これ、俺がとどめさすの…?俺だけ生き物殺してる回数が、お前の分まで換算されて天国か地獄か行く時に査定に響きそうなんですけど…?」
まぁ、それでお前が天国行けるならそれでもいいんだけどね、引き受けても。
…なんて冗談はさておき、俺の背中で羽化しそうなくらいにしがみついてる彼女はまだ動いてるそれを凝視している。
ちょっと動いて、こっちに寄ってくるだけで、びくっとはねる。
「…そんなに、しがみついてたら、俺もとどめさせないよ…?怖かったら、隣の部屋に行ってていいからさ…。」
顔だけ後ろに向けて彼女を見る。
彼女はまたも首をふる。その感じ、別のタイミングだと嬉しいんですけどね…。
「わぁかった…じゃ、そのままでいいけど、ちゃんとついてこいよ?てか、今、お前がなんかセミみたいよ?」
虫嫌いの彼女には、不本意な称号だったのだろう、しがみつくのはやめないが、涙目で睨んでくる…。え、やば…可愛いんですけど…。
「ごめんごめん、悪かったって…。嫌いだもんな〜なのによく頑張ったな〜。」
苦手だけど、丸投げは悪いと思うのか必ず瀕死くらいには追い詰めてから、俺に助けを求めてくる。真面目な、彼女らしいところだ。
もうバタバタもしてないそれを、さっと小さな袋に入れて、ゴミ箱に捨てる。ごめん、成仏してくれ。
「てか、頑張ったのは充分わかったんだけどさ、どんだけ殺虫剤撒き続けたのよ…。」
フローリングはよく見ると殺虫剤が撒かれたであろう所が、部分的に濡れたように光っている。格闘の痕跡がよく分かる。空中を漂う成分で鼻もおかしくなりそうだ。
「これ、ちゃんと拭いとかないとすごく滑るんだよな…。雑巾か、フローリングワイパーか…てか、もうゴミ箱入れたから離れても大丈夫でしょ?掃除しよ、ほら…。わっ……っと……。」
『ドサッ』
「痛って…ほら、だから滑るっていったのに…大丈夫か…?」
滑って咄嗟にかばった彼女は、瞬時に背中の手を離し、俺を押し倒す形で乗っかってる。
顔は真っ赤だ。ちょっと…いい眺め…。
「あら、お嬢さん。いつになく積極的ですね。」
少し意地悪かったかな…?顔を覗き込むと彼女は身体を離そうとしてもがく。離すわけないけど…。
「冗談だって…。こんな殺虫剤だらけのとこで何もしないよ。さっさと片づけるぞ。」
彼女を抱えながら起き上がって、彼女が離れたところで立ち上がる。…雑巾あったかな…。
2人でフローリングをきれいに掃除して、片付ける。
さて、いろいろ頑張った俺にご褒美があっても良いはず。
「…お嬢さん、さっきの続き、しませんか…?」
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