序章 第5節


まずは腕を斬る・・・小剣であれそれは容易い。


放物線を描き黒ずくめの者に向かっていった小剣は空を斬る。


「さすがに簡単には斬らせてはくれんか・・・」


素早く後方に飛び退いた黒ずくめの者は逃走の二文字が脳裏をよぎるが、目の前にいる子供と呼ぶにも小さい者を相手にとはプライドが許さなかった・・・というよりは羞恥心を感じたのだ。


(普通のガキじゃないことはわかった。がどうする?これで逃げればオレの名誉はボロボロになるどころか最悪・・・業界追放だ。それだけは避けたい、ならするべきは一つだ!)


目の前にいる子供のその後ろにある扉。その先にいるターゲット。


(小僧は無視だ、目的を達成してさっさとズラかる!)


腰を落として態勢をつくる。エーテルインプラント技術により視界に表示されるインターフェースから発動するコードを選択した。


コード/ミラージュ、深度4、コード/スプリント、身体負荷5。


初速から最高速度を超えた疾駆と幻影の組み合わせ。強化された眼でもなければ追えない速さとその認識に入り込む幻、この二つで遅れる反応を突くこの技は黒ずくめの者の十八番だった。


狙うは扉の奥にいるタートルット皇国側室、シル・エーギン・タートルットの暗殺。


扉は侵入する手前で溶式セルで溶かして蒸発した霧を強化し煙幕化する。


そして中に入ったらすぐに首を切って脱出だ。


何度もシミュレーションした作戦の一つ、時間のかかる相手が対峙した際にパターンだ。


視界に移る景色が横へ伸びたような錯覚を起こさせるほどの速さで小僧の横を通り過ぎるその瞬間だった。


「・・・居合など久しぶりだな」


目の前の小僧はナイフを腰刺しに仕舞うような恰好を取っていた。そして一瞬月光に照らされた刃が光り腕に痛みを感じた。傍目で確認した時、二の腕が裂け血が噴き出していた。


それでも止まらない。


様式セルを投げ扉に接着すると土が水を浴びて溶けるがごとく煙を立てて崩れていった。上がる煙の中で視界に表示されるインターフェースから”コード/インプル”を使用し煙の量を増やし更に加える。


(コード/トキシック!)


対象はもちろん辺りに広がり始めた煙。色が変色していく。


黒ずくめの者は部屋に侵入した。対象はまだベットで寝ている。


「未だ寝ているとは・・・王族ってのは呑気なもんだぜ」


エーテルインプラントによる身体の恒久的な強化はもちろんいくつか種類があるが、彼は好んで毒を使用することが多いため毒耐性を高くしていた。そのため肌に触れる神経毒の煙を浴びても問題なかった。


黒ずくめの者は、対象の膨らんだ腹が目についた。


「悪いなクソガキ・・・世の中ってのは弱肉強食なのさ。よっぽどの運がなけりゃ弱い奴は生き残れない。その点でいえばテメェはとびきり運が悪い方だな・・・」


そう言ってシル・エーギン・タートルットの首に刃を当てようと近づいた時、煙の中から小僧と呼んだ子供の姿が現れた・・・というよりは、その勢いに煙があたりに散ったことで突然現れたように見えたというのが正しいだろう。


「馬鹿なっ!」


驚愕が表情に表れた時にはすでに、その横っ腹に刺さるように蹴りが入れられていた。


「悪いけどここでは”母上”が起きてしまう。場所を変えようか」


と蹴りを入れたまま黒ずくめの者の視界は一瞬の暗転が入った。気づけば宮廷前の広い中庭にいた。そして蹴られた反動がここにきて自身の体を襲い後ろへ飛ばされた。


「母上?母上だと・・・なるほど!というかどうしてその可能性を忘れていたのだろうな・・・ハハハ」


黒ずくめの者はシル・エーギン・タートルットの子供であるとようやく気付いたようだった。


「ようやくわかったのか?以外に勘が悪いのだな・・・」

「小僧が!・・・生意気言ってんじゃねぇよ。それにいいのか?」

「?」

「大事な母上はオレの撒いた神経毒の演幕の中だ。今頃息ができずに死んでるんじゃないのか?」

「ああそれの事か。それは大丈夫気にしなくていい・・・」

「あぁ!どういうことだよ?」

「ここに移動させた」


すると黒ずくめの者の周りを突然、煙幕が覆った。


「それは凄いが・・・オレには通用しないぜ」

「ああ・・・だから少し手を加える」


足元で何かかが割れる音がした。目線を向けると割れた小瓶が一つ。そこに入っていた液体がすぐに気化すると煙幕の色が変わった。視界がぼやける。


「テメェ何しやがったぁ!」


強烈な頭痛に倦怠感、その後すぐに体のあちこちが動かなくなってきた。これはまさに神経毒であった。


「どうして!・・・オレにぃぃぃい!」

「単純だ。耐性がある者にも効くほどの猛毒にしただけだ。それにその煙幕は辺りに散らないように僕が操作してるからそこから出ない限り永遠にその毒に触れ続けることになるよ」


錬金術の講義で抽出器の存在を知ったものの自分の手で作成した方が質がいいと思った。そこから夜な夜ないくつか便利なモノを作っていた時にできた強力な毒薬。まさかここで役に立つとは思わなかった。


黒ずくめの者は神経猛毒の煙の中で思案する。


(ここから出たとしても、あの小僧は追ってくるだろう。オレの速さにも付いてくるような奴だ。絶対に追いかけてくる。だとしたらここから脱出して小僧を出し抜き目的を達成するにはこれしかない!)


インターフェースより機能を調整する。毒の耐性に関する身体組成を変化させる。本来であればそのような危険な行為は、エーテル技術者立ち合いの元行うべきだ。


(闇市で手に入れたインターフェース拡張機能するアストラル情報体。まさかこんなところで役に立つとはな!)


みるみると毒による阻害を打ち消していき身体は、インプラント技術によって向上した治癒能力によって回復していった。


(そしてここにさらに!)


腰につけていたポーチの中から小瓶を取り出し蓋を開けると一気に飲み干す。魔力を通すエーテル光気管を一時的に広げ供給幅を増やす。外部からエーテル神経体を強化する非合法薬アーク。これにより身体強化はより強靭となりあらゆる攻撃に対して強い耐性を持つ。更にはその膂力は通常エーテル強化時をはるかに凌駕する。


この副作用は、とても強烈になることは想像に難くない。


「ぶあぁぁ!!!」


纏う黒い衣服はそのうちにある体を許容できなくなりはち切れる。そのでも膨れ上がる筋骨は増大である。


「はは、これはなかなかエーテル技術とはこんなこともできるのか」


かなりの強化だが、理性が低くなるのは少々受け入れがたいものがあるな。などと思っていると上半身が露になった男がその巨体に似合わず素早い動きで迫ってきた。


「俊敏性もいい。が目で追うに容易い」


と手に持つ小剣で斬りかかるがそれはまるで蜃気楼のように消えたと思えば背後に大きな気配が現れた。


「死ねぇー!」


庭園のせっかく細工の施された石灰岩のタイルや咲く花々をもろとも破壊するほどのパワーを男は見せつけた。がそこには誰もいない。


「かなりのパワーだね」


男が振り返ると上空に浮かぶ小僧が立っていた。


(毒はもう効いてる様子はない。手元には長い刃物はない・・・まぁ小剣で戦うこともできるが時間はあまり掛けたくない。となれば魔術か)


カトル・ファイヤ・フライより教わった”彼方の魔術”。


「あれから僕もかなり上達したんだ」


使うは暗黒に渦巻く力の一つ”過重”。


男の周りをぼんやりと意識して発動させる。まるで背にとんでもない重さが圧し掛かったような感覚。それがどんどんと強くなっていき徐々に立つことすらままならなくなってくる。そして完全に膝を屈する。


「な・・んだぁ・・・これ・・・はぁ・・・ぁ」


その重さにまともに言葉すら発することができなくなっていた。その最中に宙に浮かぶ小僧が入ってきた。彼は重さを感じた様子はない、その手には小剣が握られていた。


下を向く視線の端に足が見えた。


「さて・・・キミは誰でどうして殺しに来たのか教えてもらいたかったんだけど・・・」


男は唾を飲む。


「どうやら援軍が来たようだ」

「へ?」


凄まじい重さを突然に消えいつの間にか端に映る小さな足が消えかけていた。慌てて視線を上げるとぼんやりとまるで霧が散るように見えた。


それは紛れもなく男が使ったエーテルコードの一つミラージュであった。


「なるほど・・・これは便利だな、それではさようなら」


とそれを最後に、朝を嫌う悪魔のように消えていった。


ほっと息がこぼれるが事態は男の良い方にはいかない。気づけば周りには、城を守るガーディアンが周りを囲んでいた。その手には魔力を燃料に高速で弾を撃つ杖を持ち、その発射口はこちらを向いていた。


「動くな!動けばどうなるか・・・わからぬほど馬鹿ではあるまいな」


そこにいたのは、月光に輝く金色の髪を持ち、鋭い眼をした女性がガーディアンたちが彼女を通すために避けて作られる道を進み現れた。


ガーディアンたちが付ける鎧とは違い嗜好が施された装飾された全身鎧だった。それは彼女の髪同様に金色に輝いていた。


彼女は男を見下ろしていた。


「わたしは、皇国軍上級位”騎士”隊長のエイレ・カレイナ・ラクシャータである。さて・・・不届き者よ、貴様の名前を含めてすべての情報はこれからゆっくりと聞くとしようか」


彼女の首からエーテルの光の筋が大きく金色の瞳にかけて伸びてきた。そして発光した瞳孔の先にいた男を値踏みするように見つめる。


「この男はsnake系のコードを持っているようだ。全員念のためコード/インビジブルライトを併用しろ!」

「はっ!」


ガーディアンたちが顔を覆う兜の耳当ての部分に触れるとバイザーの光が変わった。


「この男にコードブロックを付けろ!そしたらここは撤収だ。ほかの者は被害確認に入れ!」


ガーディアンたちに次々に的確な指示をしている彼女を確認したあとレユはその場を去った。


────────────────────

────────────────────


読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字があるとおもいます。


お手すきの際に良ければ報告いただければと存じます。


また、応援♡または星★を頂ければ励みになります!


併せて、より良い作品を作っていきたいと思っております。


良ければ、『読んでいてこういう展開を期待していた』や、

面白いと思っていただいている点、

『こうなれば面白くなるかも』という点のコメントなどいただけましたら幸いでございます!


どうかよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る