序章 第4節
皇子の一日とは実に忙しい。
日が出る前に起床し、身支度を整え、軽く食事を摂る。その間にその日のスケジュールをメイドのアリス、カーレン、エリーザのいずれかの者が読み上げてくれる。食事を終えると、魔術・錬金術の講義、皇国式武芸の稽古、皇国の歴史教育、王族のとしての立ち振る舞い、これを一日でこなしていかなければいけない。
これが実に難儀なモノである。だがこの先どういう身の振り方をするにしろ、世界で生きていくには必要なこと・・・それが特に、以前の記憶から1000年以上も空白の期間があればなおさらなことだ。
今は錬金術の講義受けている。例に漏れずこの技術もエーテル技術の発達により衰退の一途をたどり、魔術との違いはその一部に吸収されたことだ。
シャキー・ストリーム・アルバラ錬金術匠。彼女の家系は錬金術を専門とし、またその技術により1世代で貴族にまで上り詰めた。今はその6世代目それがシャキー。
彼女は皇国錬金術匠の職位を獲得した若手のホープ。ではあるもののここにもエーテル技術の影響が強く、その一部は吸収されて権威を失いつつあるようだった。
無造作な茶色の髪を後ろでまとめたそばかすの彼女は本を凝視しながら説明する。
「んー錬金術はー、あらゆる物質の特質を抽出し──」
もう何度も聞いた基礎的な説明だ。錬金術師であったときにうんざりするほど聞かされたモノ。彼女の言葉を引き継いで説明するのなら、掛け合わせることで特別な力を持つ薬を作り出すことができる。なかでも価値の高いモノ効果の高いモノは──
「──”霊薬”と呼ばれるようになる」
伝統的で長く使われたフレーズ。時代が変わっても本質が変わらなければ言葉は同じモノが使用されるということなのだろう。
シャキー自身もあまり気が乗らないのかさっさと次に進みたいように見える。だから黙ってうなづくだけ・・・なぜなら僕もそれに同意しているからだ。
(早く触りたい、この機材を!)
僕が錬金術師として生きていた時代にはなかった進歩している部分。それが目の前に置かれている。
「それでは”抽出器”の説明をしていきます」
彼女の口から語られたことを要約すると①抽出器に物質を入れる②魔力を注ぎ込むことで起動させ物質の特性を定義する。③すると定義された情報を元に素材が投入されると特質を自動で抽出していき、効果を発揮することができるまでに至る。あとはそれを液体やら個体やらにしていく工程へと続いていく。という流れだ。
時代も進んだものだ。抽出する作業は実に面倒ですべてが手作業だった。それが今や自動になったのだ・・・素晴らしい!
「それでは最初に”薬草”の特性を抽出しましょうか」
シャキーから手渡された瓶から葉を取り出し抽出器の大きく口の開いたガラスの瓶に入れる。そのあと抽出器に設置された銅製の加工された球にふれるとそこから魔力を注がれ起動した。
”薬草”の効能は治癒。それの力をたくさん集めれば当然その特性は強く表れる。抽出が終わり、特性は紫結晶を溶かし希釈させた液の詰まった瓶に保存された。
保存された特性情報のその姿に懐かしさを感じていると少し違和感を覚えた。
(・・・この特性情報は細部の詰めが少しが甘いな)
これではどれだけ情報を重ねてもすべての効果を発揮することは出来ない。がシャキーはこれを特段不信がる事もなく『うん!うん!上出来ですね!』と褒めてくれている。
(ならこの器ではこれが限界ということなのだろうか?)
レユは疑問を抱いたが、それを口にすることはなかった。
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久しぶりの母との対面。
腹の大きくなった彼女は移動することができない。そのためこちらから部屋に伺うことになっていた。
「失礼します、レユ・エーギン・タートルットです」
扉をノックして自身の身元を明かす。扉が開くとそこにいたのは母の御付きのアッシ上級メイドだった。齢50を過ぎ重ねた年月が肌に現れているもの今でも快活なひとだ。
「レユ皇子様お久しぶりでございます。中へどうぞ」
アッシの案内を受け中へ入ると、部屋の奥で母が装飾の施された椅子に腰かけ窓の外を眺めていた。
こちらの視線に気づくと振り向いてくれた。彼女の元に寄り、対面の椅子に座る。
「レユ・・・久しぶりですね。息災ですか?」
「はいおかげさまで元気にやっております」
「私はなにもやってあげられてはいないわ」
「そんなことはありません母上には大きな愛をいただいております。それに元気に生んでくれたおかげでぼくはこのように生活できているのですから!」
そうは言ったものの彼女の言動に嘘はない。母親らしいことはあまり受けていない。がそれには理由があった。彼女は僕を生むと病気がちになってしまい外にでることが難しくなったのだ。
だが”優秀な子孫を残す”という側室の仕事をこなさなくてはならない。そして一度の流産を経験したのち三度目の妊娠。そこからは多くの者が彼女に付きっ切りになった。
基本的に外に出ることは出来ない彼女と必然的に会えない時間が多くなった。
別にそのことで腹を立てていることはない・・・というか中身は立派な400酸歳越えだ。むしろ彼女のことが心配だった。流産なんて経験をしもう一度妊娠するまでにどれだけの苦悩があっただろうか。それは今の続いているはずだがそれは知る由もない。
だからここでかけられる言葉は、労いの言葉と生んでくれた感謝を伝えることだ。
シルは少し驚いた様子でいたが笑みを浮かばせた。
「フッ、ハハハ。どこでそんな浮いた言葉を覚えてきたのですか?」
「何を笑っているのですか!これは本心です」
「それは、フフ。ごめんなさい笑っちゃいけないわね。フフフ」
「もう!母上」
良かった、理由はどうあれ笑ってくれた。生んでくれた彼女には感謝している。だからこそ出来るだけ幸せでいてほしいとそう願うばかりだ。
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良く食べよく眠る。それは万病の薬であり成長の根幹だ。
だから今宵もたっぷりと眠る・・・というとき嫌な気配を感じた。
(こういう場合はなにもなかった試しがない・・・仕方ない)
ベットから降りて服を着替える。城を闇雲に出歩くのもいいが、ここは久しぶりに解放しよう。
「そんな日もあってもいいものさ」
生活する中では不必要な能力はすべて機能させていない。使えるが使わないし必要がないからだ。
その一端を緩めると体を通して周りの情報の質が変わる。つまりは気を巡らし実体のない触角のように確認している状態だ。
生物の気配と同時に、悪意や敵意または危険性を感覚。端的に言えば嫌な予感を探っていく。
「ふむ」
気配につられて歩みを進めると王城の宮廷と居館と続く間通路。月明かりが細窓より差し込むそこに薄い人の気配があった。
(・・・意図的に気配が薄められている)
そしてその者が向かう先には母の住まう居館があった。
恐ろしい想像をするのは難しくない・・・それが現実になるのは避けたい。
早急にたどり着くため身体強化の魔術を使う。強度はアキュートと手合わせした時よりも高い。
「・・・だれだ、お前は?」
道すがらに幾人かの憲兵が倒れていたがそれを超えてどうにか辿り着いた。
(最低限の処置はした。あとは体が強いことを祈るばかりだ)
今は目の前にいる者に集中しなければ・・・。
雲間に隠れた月が顔を出し、その光によって正体が見えた。
黒ずくめの異装で顔も隠している。明らかに表にいるような人間じゃないことはたしかだ。
突然、勢いよく振り返るとナイフを、慣れた手つきでこちらに向けて投擲した。
鈍く時折光りながらも迫ってくる刃物の柄を握り取る。
「ちょうど手持ち無沙汰だったから助かる」
その言葉に反応し舌打ちした。
「チッ!なんだ・・・ガキかよ」
黒ずくめの者は素早く迫ってこようと走り出したかと思えば陽炎のように揺らめき消えた。
気配は感じる、霧のようだが横を通り過ぎ背後で姿を現すと、手に持つナイフを勢いよく振り下ろした。
斬らねばならぬ、斬らねばならぬ、剣を持つ者、この世界の数多を斬らねばならぬ
ナイフを元より研がれていた。だが同種の刃物を斬るほどではない。だが事実として小剣脊を斬ってみせた。その結果として黒ずくめの者は目の前にいる子供の背中から、小剣を振り下ろしたが傷を負わせることは出来なかった・・・どころか今まさに反撃の一撃を受けるところだった。
・・・斬らねばならぬ。
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読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字があるとおもいます。
お手すきの際に良ければ報告いただければと存じます。
また、応援♡または星★を頂ければ励みになります!
併せて、より良い作品を作っていきたいと思っております。
良ければ、『読んでいてこういう展開を期待していた』や、
面白いと思っていただいている点、
『こうなれば面白くなるかも』という点のコメントなどいただけましたら幸いでございます!
どうかよろしくお願いいたします!
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