序章 第3節
カトル・ファイヤ・フライ。魔術の師となる彼女は、黒く襟の詰まった修道服のようなドレスを身に纏い、僕が転生するまでの間に発展した魔術の歴史を語ってくれた。
「現代の魔術体系となったキッカケは、およそ400年前の事です。魔力を持つが魔術を使う才能のない者たちが魔術を使うことができるようにする研究、その果てに生まれたのがエーテル技術です。その後当初の目的以上の効果が見込めるとしたエーテル技術は、ありとあらゆる物・人に大きく影響を与えました」
彼女は一旦区切り、手元にある湯気の立つ紅茶の入ったカップを手に取り、息を吐き掛けると慎重に口を付けた。
「まだ熱いわ・・・」
口を離しカトルは小声でそういうと人差し指を振る。するとカップ周りの空気を冷やし紅茶の湯気が消えた。
「んっ・・・おいしい」
もう一度口を付け、喉を潤した。再び話は戻る。
「まずはエーテルとはなにか・・・から。端的に言えば魔力の結晶です。それを液体化し体に刻印することをインプラント技術といい、エーテル技術が強く広まった要因となる技術です。その効果は昨日の農民が今日兵士に並ぶほどの身体強化を可能とするほどです。その他には・・・体の一部を改造することなどもありますね。・・・ここまでは大丈夫ですか、レユ皇子様?」
彼女は再びカップに手を伸ばし切れ長のキレイな眼にレユを映した。
「問題ありません。メモも取ってありますし!」
レユは手元に置いている上等な紙に、羽ペンを立てて流れるように文字を紬ぎカトルの言葉を残していた。
「ほう・・・メモを取るとは感心ですね。その歳で文字を書けるほどとはすばらしいですね」
褒められているはずだが、感情の波が感じ取れない独特な陰鬱とした雰囲気。
レユの二度目の人生で得た教訓。魔術師はなぜかメモをとる、または取られることが好きだということ。
それが魔術師へのリスペクトの仕方なのだと理解していた。だからこそその教訓に従い示した。
思った通り好意的に受け取ってもらえた・・・はず。
レユはカトルの言葉を素直に受け入れることにした。
「それでは話を続けます。エーテルを用いる技術は生活必需品から武器に至るまでを一変させました。特に武器はそれまでは剣・槍・弓が主流でした。魔術的にそれに特別な力を付与することでその価値を上げることもありましたが、エーテルはそんなものではありません。魔力の刃を生やす軽量化された剣、矢よりも早く丈夫でしかも安価な弾を打ち出す杖。それらはエーテルを伝い魔力を供給されると威力を増し、魔術の知識がなくても魔術的なことを行うことができるよう工夫を凝らすことも可能になりました」
「それは凄い!」
「ええそうです・・・すごいですね。でもそれは古き伝統として語り継がれてきた魔術体系を壊しかねない。現にその一端は既に失われてしまった。私が教えるのはそんな歴史の奥に押し込まれ価値を失いつつある魔法という古き技術です」
「あっ・・・と」
カトラの皮肉とも自虐ともとれる言葉になんと答えていいか分からずいると、目線を落としていたカトラは、前を向きレユの姿を見て訂正した。
「気を使わせてしまいました・・・申し訳ありません皇子。それでは魔術の講義を本格的に始めます」
カトルは表情を変えることなく淡々と謝罪し、魔術の抗議に入った。
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魔力とは内に揺蕩う力。自身にあって他人にあるモノ。目を閉じれば感じる全身を満たすそれを一部引き出し操る。
手の平に浮かび空気を熱し炎へ変わる。勢いよく燃える盛るが広がらず手元を赤く照らす。
「詠唱なしで炎を生み出した・・・誰かに教わったのですか?」
「いえこれは・・・えっと」
クセでつい魔術を詠唱も無しに発動させてしまった。とはいえ単純な現象を起こしただけ。まだ言い訳はつく。
「宮廷図書の間で少し魔術の本を読んで練習していました」
「なるほどそれは感心ですが・・・図書の間内で魔術を発動するのはお勧めしませんね。なにかと危険ですから・・・」
「そうですね・・・気を付けます」
「とはいえ驚きました。それほどの才能があるのですからもう少し教えるものはレベルを上げましょう」
そうして彼女は立ち上がり部屋の奥へと消え、物音をいくつかおこした後、いくつか分厚く大きな本を魔法で浮遊させて運んできた。
「これを開くのは久しぶりですね。フフフ」
カトルは笑みをこぼした。これまで表情を一斉変えずいた彼女が浮かべたその笑みはとても妖艶で魅力的だった。
「これは魔術大全集。多くの魔術がここに書かれています。全部で8巻あるはずなのですが今ここにあるのは7巻までしかありません」
見覚えのある著者名を視界から消し、開いた内容に目を向ける。
「本当は7巻までしかないのでは?」
「それはありません。いくつかの文献でそれは確認済みですから・・・それではここから始めましょう」
彼女の指差す部分にある記述の魔術を見ながら、はるか昔の記憶より魔術師であった自分のいくつかの記憶を思い出しながらレユは魔術を発動させた。
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場所は変わってカトルのプライベートな庭園。奇妙な実を付けた木から、きれいな花まで多種多様な植物が自生していた。
その奥に少し広い場所があった。そこで魔術の本を広げて書見台に置くカトルと対面でその本の内容を見ているレユの姿があった。
「それにしてもここは凄い!とても魔術で生み出した空間に思えない」
「フフ、感心していただきありがとうございます。ここは現実のある場所を切り取って再現した空間なので魔術で一から生み出したわけではないのです・・・話が逸れてしまいました。それではレユ皇子、準備はいいですか?」
カトルからいくつか提示された魔術を再現したのち、それが彼女の興味を寄せたようで「普段はここに人を入れることはないのですが・・・」と案内してくれた。
ここに来た目的は、ある魔術を発動させること。
「大丈夫・・・イメージはできました」
「すばらしい・・・それではお願いします」
彼女は一歩下がりこちらを見守る。心は平常、特に緊張もない。彼女の冒頭での説明。今はすっかり魔術は衰退してしまったのだと思っていたがちゃんと技術は受け継がれ進化していた。
つまりは僕の知らない魔術があったのだ。すぐにその魔術書を好奇心から手を伸ばし彼女がそれに許可をくれたのだ。
「空よりも遠く、輝く星よりも遠く。より深くあって遅くあるいは速いモノ。その手にあって地平線の先にあるモノ。呼びかけに応じ現れよ”彼方”」
魔術の名前は、”彼方の魔法”。とても単純明快だ。その効果は彼方と繋がる事。
息が詰まる。イメージは黒より黒く、漆黒の中に佇む暗黒。とてもそこは寒く感じた。
気付けば宙に浮かびあがっていた。怖くはない・・・それどころかとても心地いい。
「おお!おお!遂に・・・私は!」
カトルはその姿に目を見開き、その輝く黒曜の瞳には涙を浮かべていた。
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「はぁ・・・はぁ」
これは・・・とても魔力を使う魔術だな。とても便利だと思うが浮かぶだけなら、”浮遊の魔術”が他にある。だけどなにか根本が違う気がしてならない。
「レユ皇子!どうでしたか?」
少し高揚としてカトルは、レユに迫り感想を尋ねてきた。
「ああ・・・そのとても冷たくて真っ暗でなぜか心地よかった気がする」
「ええ、ええ!そうですね」
「ふぅ・・・少し疲れたよ」
とても上機嫌な彼女だったがレユの申告を受けて我に返る。
「はっ!・・・そうですね、今日はこの辺りにいたしましょう。レユ皇子それでは」
とカトルは眠気眼のレユを抱きかかえまるで自身の子供のように慈愛に満ちた顔でいた。
「カトル卿、僕は帰るくらいまでなら歩けるよ」
「いえ・・・少し無理をさせてしまったみたいですから。部屋に着くまでの間はわたくしの胸でお休みください」
そう言うとカトルは、レユを横に抱きかかえて顔を胸のうずめさせた。
「フフフ、ようやく見つけました。まさか皇家の中につながりを持つことのできる者がいるなんて・・・わたしは幸運ですね」
彼女は大切に大切にレユを抱きかかえて庭園を後にした。
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読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字があるとおもいます。
お手すきの際に良ければ報告いただければと存じます。
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