序章 第2節


木剣といえど剣は剣。


「やればできるではないか」


人生の大半を剣を振ることに掲げていた。思い知らされたのはどれだけの技術を高めようと斬れぬ剣であればそれは叶わない。だからこそそこが重要なのだ。


剣の極地。そこに手を掛けた時見えた剣の極技、その一つ。


投影鏡、鋭き殺気を当てて鋭き刀身を得る技。木剣であれ丸太を斬る。


「おっと」


殺気を込めすぎて木剣が折れてしまった。


「見事!良き眠りを」


刀身が派手に折れた木剣に語り掛けて持っている腕を下ろす。


「レユ皇子!今のは!?」


おっと・・・少しはしゃぎすぎてしまった。


「ただの戯れだ。忘れてくれ」

「忘れるといわれても・・・」

「フフフ」


つい笑みがこぼれてしまった。アキュートの驚きに満ちた目の奥にある剣士としての好奇心、それを感じ取ってしまった。


気持ちは痛いほどわかる。


「どうして笑っているのですか?」

「いや、すまない。だけどこれで丸太を打ち付ける鍛錬が必要ないことはわかっていただけたはず」

「たしかに・・・」

「だから・・・アキュート殿、稽古は実戦に近い物を所望したい」


少々無礼とは思ったがあちらが興味を示したように、僕にも興味がある。現代の剣術がどうなっているかを!


「皇子が良ければそう致しましょう。ですがさすがに本気でとはいきませんので悪しからずお願いいたします」

「構わない。よろしく頼む」


────────────────────


新たな木剣を手に構え、アキュートと対峙する。


アキュートは利き手を使わない。さらに魔術も使わないとのことだった。


(これは本気を出させ甲斐があるな・・・)


彼は右手に剣を持ち、左手を背に隠して構えている。幼児を相手にしている眼差しではない。


(だがそれでいい!)


殺気を放ち剣に当てる。


「腹を据えろ」


木剣に言い聞かせて覚悟を決めさせる。剣であるならば斬らねばならぬ。


齢5歳の体。無理をさせれば容易く壊れる。だからと言って方法がないわけではない。


「アキュート殿。あなたは魔法は使わないといったが僕は使わせてもらうよ」

「・・・ええ構いませんよ」


使うは身体強化の魔術。この体は現時点でなかなかの魔力量を持つ。それを身体強化のみに絞って使用する。


(今は剣を楽しみたい!)


みなぎる力を制御して地面を踏み力強く駆ける。剣は中段に構える、腰は低くより低くまるで這うように進む。


狙うは右足・・・と見せかけて左足!!


「ほう!」


レユのフェイントに容易く反応し左足を円を描くように、地面を前に蹴る。そして右手に持った木剣を振り下ろす。


(さすがに甘くはないな)


空振りに終わった一振り。背後から相手からの攻撃を感じ取った。小さな体をうまく使い後ろへ跳躍しつつ宙返りする。その勢いを利用して振り下ろされる一撃に自身の木剣を当てる。


斬らねばならぬ!


アキュートはその殺気に反応し勢いと止めた。


「さすがにこれ以上壊されるわけにはいきません!」


振り上げ中段に構え直す。


狙うは細い隙間。回転する木の刀身の僅かな瞬間に体まで通る閃が見えた。


「シクリッド流、ウスライ!!」


それは素早い横振り。もちろん本気でないが身体強化を計算した多少の痛みを感じる一撃。


木剣が体を叩く感触。


(あれに一太刀入れるのか!剣の道はこれほど進んでいるか!)


勢いに押さえれ後方に飛ぶ。受け身を取りすぐに態勢を整える。


「それほどの身のこなし!一体どこで覚えてきたのですかな!」


すぐさまアキュートは迫ってくる。


「騎士たちの鍛錬を盗み見して見真似ただけだ!」


あれだけ素晴らしい技!僕も試してみたい!


「ウスライ!」

「なんと!?」


アキュートは自身の技が返ってきたことに少し目を開いたがすぐに剣を持つ力を強くした。


「シクリッド流、八方飄」


八つの斬撃が同時にレユを襲う。”一奔”に対する応酬として見せたシクリッド流剣術の技。


一つ目は”一奔”で。二つ三つは身体強化した体を駆使して受ける。残りはその身に降り注いでしまい大きな痛手を受けてしまった。その衝撃で地面に倒れるとその首に木剣が触れる。


「レユ皇子・・・私の負けですね。利き手を使ってしまいました」


アキュートの言う通り、その剣を握る手は左であった。


──────────────────


「レユ様!」


一人のメイドが駆けてくる。この状況だと当然ではある、だが都合が悪い。今の僕は稽古用の服は汚れ、打撲がある。


それを彼女がみれば報告が上がり、アキュートは指南役を降りてしまう可能性がある。それは大変忍びないし、ようやく目的を失った人生のなかで楽しみが消えてします。


(それは避けたい)


皇位継承権第十八位レユ・エーギン・タートルットに仕える専属メイド。ダーランド家という貴族家出身アリス・デフリツ・ダーランド。彼女は父と母からの遺伝を色濃く受け髪の色が非常に特徴的でエメラルド色の髪の内側が黄色になっていた。


彼女が駆け寄ってきた。視線を合わせるように屈むと、きれいに仕立てられたメイド服が汚れるのに構わず僕の身体をあちこち触る。


「お怪我はありませんか?」


髪をかき上げて、心配そうに大きな瞳でこちらを見つめてきた。


「この通り転んだだけだ。心配ないよ」


精一杯の笑みを作り手を広げて無事であることをアピールした。すると広げた腕に手をくぐらせて抱きしめられた。


「本当に良かったです!」


彼女の胸に顔を押し込まれて息苦しい。


「気持ちはありがたいけど苦しいよ」

「はっ!申し訳ありません・・・」


彼女は申し訳なさそうに離してくれた。そして表情をすぐに変えてアキュートの方を振り向く。


「ソリー騎士隊長!もし皇子にケガでもあれば一大事でしたよ!稽古と言っても皇子がまだ5歳である事を忘れないでいただきたいです!」

「すっすまない、ダーランド殿の言うとおりだ・・・皇子申し訳ありませんでした」


アキュートは謝罪とともにこちらに低頭した。こちらも弁明する。


「僕から言ったんだ。実践的な稽古を受けたいと・・・だからアリスもそう怒らないでやってほしい。それにアキュート殿も頭を上げてください」


アリスに向けられた上目遣いのレユの視線。


(もう!なんて可愛いんでしょうか!)


アリスは高鳴る母性を抑えてアキュートに向き直る。


「んっん。今後気を付けていただければ今回の事は報告いたしません!ケガもなかったことですし!」


アリスのその発言に胸を下ろしつつも疑問が沸いたアキュートはレユのほうを見た。その小さな体に確かにあったはずの三つの打撲がきれいに消えていた。


────────────────────


アキュートは騎士寮に戻った。皇国騎士団専用の白銀の14式甲殻鎧に着替えて、緊張を解くように息を吐いた。


「おう!レユ皇子の、剣の稽古はどうだった!」


背後から大きな声とともに背中を叩かれた。振り向くと同僚のアンバーが、少年時代と変わらない屈託のない笑顔でそこにいた。


「痛いな、まったく。・・・とても緊張したよ」

「そうか!皇子はまだ5歳だよな。稽古っていうより子守に近いだろうし、お前も大変だったな!」


アンバーは騎士でありながら不敬な物言いと言われかねないことを口にしてしまう。本人は気にした様子はないことが見て取れるがアキュートは幼馴染としてではなく騎士としてのそれを注意する。


「アンバー。そんな物言いはよせ。せっかく隊長に成れたのに降格させられるぞ、全く。それに子守りなんて失礼だ」


アンバーは注意に気にした様子はなくそのあとの言葉に引っかかった。


「どういうことだ?」

「皇子は・・・凄まじいほどの剣の才能を秘めていた」

「才能?」

「ああ・・・打ち稽古用の案山子が木剣で真っ二つにされた」

「はぁ!?それはどういうことだ!」

「それに皇子と手合わせもした」

「手合わせも!?・・・さすがに勝ったよな?」

「当たり前だ。・・・だが見ただけで私の技を盗んで見せた」

「まさか!水天一碧を使ったのか!」

「さすがに違うさ。”ウスライ”だ」

「ウスライ。だがそれでも・・・凄いな。見ただけで使うなんて」


アキュートは金色の髪をかき上げ誇らしげに語った。


「ああ、末恐ろしいよ。・・・もし剣が主流の時代であればそれだけで王位継承権が繰り上がってもおかしくないほどの・・・それほどの才能だったよ・・・」


そうして表情が少し暗くしつつ彼は話を締めくくった。


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楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、次のなる教育が始まった。魔術に関する授業だ。


「今ではもう詠唱などを行う魔術師も久しくいなくなりました・・・が今でも魔術の基本は現象を記憶し詠唱を覚えることです。魔術を嗜む者はそこから逃れることは出来ません。いいですか!」


とんがり帽子をかぶり、丸眼鏡をかけた切れ長の目の女性。カトル・ファイヤ・フライ。由緒正しき魔術師の家系をもつフライ家のご令嬢。つんとした性格が見て取れるような雰囲気を醸し出す彼女が僕も魔術の師となるようだ。


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読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字があるとおもいます。


お手すきの際に良ければ報告いただければと存じます。


また、応援♡または星★を頂ければ励みになります!


併せて、『読んでいてこういう展開を期待していた』や面白いと思っていただいている点や『こうなれば面白くなるかも』などのコメントもいただけましたら幸いでございます!


どうかよろしくお願いいたします!

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