夢の中へ(後編)


 2階に上がった私たちは、美味しそうなトール・ソースの匂いに出会いました。

 これは……我が家のキッチン。


「おっ、これトール・ソースじゃん」


 セシルがそう言うやいなや、キッチンに先ほどの蠱惑的な格好のシャロンが出てきました。

 そして、キッチンの奥からエプロンを着けた私……シャロンの深層意識の私が出てきました。

 そして、もう1人の私は座っているシャロンに、できたてのシチューを出しました。


「どうぞ、シャロン。特性のトール・ソースのシチューです」


「有り難う、エミリア」


 そう言ってシチューを飲んだシャロンは、満足そうにもう1人の私に言います。


「美味しかったわ。でも……もうちょっと食べたくなっちゃった」


「え? それは……どのような料理ですか?」


「ふふ……それはね……エミリア、あなたよ」


 そう言ってシャロンは立ち上がると……もう1人の私を抱きしめて、そのまま唇に……あわわ!


「ダメです!」


 そう言うと、思わず出してしまった氷の霧でもう1人の私だけ凍らせました。

 ああ……やってしまった。

 でも、シャロンは無事みたいですね、ほっ……


 シャロンは慌てた表情で私を見ると、上の階へ駈け上がっていきました。


 やれやれ、最上階ですか……ここは3階建て。

 ならば、次に夢魔が居るはず。

 早くやっつけないと、私の方が倒れそうです。恥ずかしさで……


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 最上階に上がった私たちが見たのは、見るも壮麗な教会のチャペルでした。

 ただ……


「うわあ……エミリアづくし」


 呆れたような口調のセシルの言葉に反論できません。


 壁の壁画は全て私1人か、私とシャロン。

 何とも丁寧なことに、ステンドグラスも私を描いて居るではありませんか……


 そして、ずっと奥に神父の前で並んでいるのは真っ白なドレスを着た……私とシャロンでした。


「汝、病めるときも健やかなときも、この者と愛を育むことを誓いますか」


 神父の言葉にもう1人の私は顔を赤らめて言います。


「はい、誓います」


 そして、シャロンも恥ずかしそうに微笑みながら同じ事を。


 これは……ちょっと、限界かもです。

 顔や身体が熱くてたまりません。


 でも……


「エミリア、あの神父だね。夢魔は」


 ですね。

 とは言え……あんな顔をしているシャロンの前で……忍びない。

 でも……ごめんなさい!


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 詠唱と共に神父の周囲の空間を大きな網に変換し……セシルの電撃の魔法をかわした、その先に待ち構えていた網によって、そのまま捕まえました。

 そして、そのまま物体移動の魔法によって魔法使いの里に送り返しました。

 カリン先生に「大切に扱ってあげてください」と書いたお手紙も添えて。


「え……うそ……」


 夢魔が居なくなると共に、目の前のもう1人の私も、そしてチャペルも崩れていく姿を見ながらシャロンは呆然としています。

 このシャロンはあくまで彼女の深層意識が作ったいわば幻。

 目が覚めれば、彼女も「変な夢見たな……」と思うだけ。

 でも……


 私は崩れゆくチャペルの中を走り、シャロンの前に立ちました。


「もう……いい。行って。どうせ……夢なんだ」


「いいえ、夢ではありません」


 そう言いながらシャロンを抱きしめます。


「大丈夫ですよ、シャロン。私はここに居ます。ずっと……一緒です。愛する貴方」


 遠くで「うわあ……ごちそうさま」と言うセシルの声が聞こえたけど、知らんぷりです。


「本当に……約束ですよ。先生。いつか……きっと……」


 シャロンの声が薄らいでいくと共に、私とセシルの意識も徐々に……


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


「先生、おはようございます」


「あら、シャロン。おはようございます」


 私はパタパタとキッチンを行き来しているシャロンを見て、目を細めました。

 そこには昨日までの疲れた様子など微塵もありません。

 顔色も居たって良好。


「昨夜はぐっすり眠れましたか?」


 すると、シャロンは顔を真っ赤にして「ええ……まあ」と答えると、またお料理に取りかかりました。

 彼女にとってはあの事はあくまで「昨夜見た夢の出来事」

 まさか、私たちが実際に夢の中にいたなどと知るよしも無く。

 触れずにおくのが優しさという物でしょう。


「あらら、おはようシャロン! 昨日は寝れた? 変な夢とか見てない?」


「え!?」


 シャロンは顔を引きつらせましたが、首をブンブンと振って必死に笑顔を作りました。


「もちろんです。夢なんて見ずにグッスリと。その節はご心配おかけしました」

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