おかあさんと雪の花(前編)

「すっごいね、エミリア・ロー! あなたの作ったアクセサリーめちゃ売れるんだね。半日も経たずに完売って……」


「えへへ、それほどでもですよ」


 今日は何度も買い出しに来ている、この国の首都で最大の都市ジェロネの街に恒例の「変換の魔法」で作ったアクセサリーを、親友セシル・ライトと共に売りに来ているのです。 


 セシルの感動したような声を聞き、わたしは内心鼻高々だったけど乙女として恥じらいを持ち、謙遜しました。

 

「凄いのはわたしではないのです。自然の造形美なのです」


「ま、そりゃそうだけどさ……でも、それを加工したのはエミリアじゃん。あんたにそんな才能があったなんてね~。魔女の里では魔術を使うとき以外は、お菓子ばっか食べてるイメージしかないからさ」


 むむっ、失礼な。

 確かにお菓子はとってもとっても大好きですが、キチンと魔術の訓練の時間を割いて、殿方の前で恥ずかしくないよう言葉遣いや立ち居振る舞いの練習だってしていたのです。


「所で、セシル。あなたはまだ魔女の里には帰らないのですか? カリン先生もお待ちになってるのに……」


「だから帰りたくないんだってば。戻ったら速攻で『鍛錬よ! セシル・ライト。怠けてた分しっかりやるわよ!』ってツノ生やしてギャアギャア言うに決まってるから」


 カリン先生の口調を見事に真似して、まるで邪悪なドラゴンのように表情を歪めるセシルにわたしは思わず吹き出した。


「それ、カリン先生見たらお怒りになりますよ」


「里を離れたときくらい愚痴らせてよ。向こうじゃ絶対無理なんだからさ……って、ここ凄いね。アチコチに露店ばっか」


 目の前にはジェロネで一番の路面店街となっている、ピラストリ大通り。

 馬車も複数台楽に行き来できる広さの道の左右に、文字通りビッシリと様々な露店が何十メートルと並んでいます。

 私もお仕事や買い出しの後で、この通りを歩くのが大好きなのです。

 

 ポカンと口を開けるセシルを見て、わたしはクスクスと笑いました。


「気に入ってくれて何よりです。この通りはわたしも大好きなので」


「うん! こういう熱気溢れてる所って大好き! ね、ね? せっかくだから見て回ろうよ」


「はいはい。言われずとも」


 そう言って口に手を当てて笑ったわたしは、ふと露店と露店の間に目がとまりました。

 お店同士の間に出来た狭いスペースに木の箱を置いて、そこには薄汚れたやせっぽちの女の子が座っていました。

 目の前にはしなびた野菜や果物。

 そして靴磨きの道具。

 そう。

 彼女は物売りでした。


 ジェロネくらいの大都市になると、貧富の差も大きく「持たざる環境の子供」は小さい頃から彼女のように物売りや靴磨きで家庭を助けたり、または親の無い子供はそれによって生計を立てる。

 でも、そこにも残酷な競争はある。

 稼げる子とそうで無い子……


「どうしたの? セシル……ああ、物売りか。可哀想にね、全然売れてないんだ」


「はい。しかも結構長い間、みたいですね」


 わたしたちは顔を見合わせると、その子の所に近づいた。


「ねえ、良かったらそのリンゴをもらえるかな。1こ」


「わたしは靴を磨いてもらおうかな。いい?」


 私たちの提案にその子はパッと顔を輝かせると、いそいそと靴磨きの準備を始めた。

 競争原理は大切ですが、切り捨てるのは違いますもんね。

 

 そう思いながらもらったリンゴを食べようとしたその時。

 

「おい、シャロン! ちっとは稼げたのか!」


 乱暴な声と共に、大柄な男の人が早足で歩いてきました。

 その声を聞いた、シャロンと呼ばれた女の子はビクッと身をすくませました。

 男の人は彼女の座っている前に置かれている器を見ると大げさに舌打ちをして言いました。


「はあ!? 全然じゃねえか! ふざけるなよ。お前を養ってやってる分、全然取り返せてないじゃねえか。無駄飯ぐらいが。やっぱハーフエルフを買ったのが間違いだった!」


 ハーフエルフ……

 わたしは思わずシャロンの顔を見ました。

 

「何回説教しても響きやしねえ。また……教育かよ!」


 そう言ってシャロンに手を振り上げた、男の人の手を私は掴みました。

 暴力反対です。


「あ!? なんだお前。女は下がってろ……って、なんだ! 腕が……動かねえ!」


「おじさま。私たちはお客です。この子の果物を買い、この子に靴を磨いてもらおうとしています。何か問題でも?」


「てめえ……俺に……ケンカ売るのか」


 男はそう言うと、もう一方の手に鉄のナックルを着けました。

 ああ! 「男」なんて下品な言い方すいません。

 でも……子供に暴力を振るおうとする人を殿方とは呼びたくないので。

 

 そう思った次の瞬間、男はわたしに向かって拳を振ってきましたが、特に問題なくもう片手で受け止めます。

 

「こ……こいつ……なにもんだ……って、がああ! 手が……潰れる」


「おっさん、早く謝って。あなたじゃこの子には勝てない。手を握りつぶされるよ。悪いこと言わないから」


 セシルが焦った表情で男にコソコソと耳打ちします。

 まあまあ、何て失礼な。

 それじゃ、わたしが凄い乱暴な人みたいじゃないですか。

 こんな花も恥じらう乙女をつかまえて……


「わ……悪かった」


「では、この子に暴力を振るいませんか?」


「ふ……振るわない、振るわない! だから……早く離して……下さい」


「エミリア、謝った! この人謝ったからもう終わり!」


 セシルの言葉を聞き、わたしは改めて目の前のおじさまを見ました。

 ああ……大変。

 涙目になってるじゃないですか。

 

 わたしは慌てて手を離すと「謝れるのは尊いことです」とニッコリと言いましたが、途中で走って逃げちゃったので、聞いてらっしゃらなかったみたいです。

 この言葉、お気に入りなのに……


「あ、所でセシル。今の私ってはしたない事してませんでしたか? もしそうなら、殿方に見られてしまってたら大変です」


「あ〜、大丈夫じゃないかな……多分。殿方も惚れ直すと思うよ」


「ええっ!! そんな……恥ずかしいです」


 何故かセシルは引きつった笑顔でしたが、細い事は気にしない主義なのです。

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