雷鳴と旧友(後編)

「うわあ……」

 

 空中浮遊の魔法で空に向かったわたしとセシル。 

 セシルがポカンとした表情でつぶやくのを私はニコニコと眺めていました。

 友達が感動する姿は楽しいものです。

 

 実際、わたしたちの目の前には暗い雷雲の間を行く筋もの雷が自由に、だけどそれでいてどこか規則性や統制を感じるように上から下へ光の線を引いています。

 その神々しさを感じる圧倒的な力の美はまさに「雷槌トールハンマー」の名にふさわしい、神の武器を思わされます。


「さて、じゃあ行きましょうか」


「え? まさか……あの雷を」


「はい。今夜のお魚の調味料にぜひ、と」


 そう言ってフワフワと雷に近づいた瞬間。

 

「エミリア、危ない!」


 その途端、私の目の前が光で包まれましたが、これは織り込み済。

 事前にまとっていた魔力の繭にすばやくさらなる魔力を加えます。

 すると、雷槌トールハンマーはぶつかったボールのようにあさっての方向に飛んでいっちゃいました。

 これでよし、と。


 さて、では……

 わたしは目の前に落ちる神秘的な雷槌トールハンマーに向かって変換の魔法の詠唱を唱えます。


「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」


 で、後は雷に向かってこのドームを……と、わわっ!

 驚いた事に光のドームが弾き飛ばされそうになりました。


 これはこれは……

 さすがに今までのとは比べ物になりません。

 でも……こうでなくちゃ!


 わたしは、自分が久しぶりにワクワクしているのを感じました。

 身体の血がたぎるとでも言いましょうか。

 魔法使いの血が騒ぎますね。


 私は先ほどの詠唱を再び行い光の玉を出すと、自分の人差し指を噛んで血を出しました。

 そして……


「彼の地に住まう雷鳴をまといし偽りの物。わが血において描きし扉より、かりそめの身を抱き……出でよ!」

 

 と、唱えながら血で空中に文様を描きました。


 すると、そこから見るも立派な稲妻の光で出来た狼のような魔獣、ケルベリオンが姿を現しました。

 うんうん、お久しぶりの再会ですね、旧友よ。

 これは魔法使いの魔力を媒介に、異世界の物質で作られたかりそめの命を持つ……要するに魔力で出来た「なんちゃって魔獣さん」ですね。


「ちょ……ちょっと……エミリア・ロー! なんでケルベリオンなんてだしてるの?」


 後ろでセシルのすっかり裏返った声が聞こえてきます。

 まあ、確かにドラゴンさん相手でも出る事の無い、魔法使いの里でもとっておき扱いのなんちゃって魔獣さんですからね。

 と、言っても魔法使いの里でも、実はこっそり召喚しては一緒に遊んだりしてたんですけど……


 でも、今回は必要なんです!

 雷には雷。


 わたしはケルベリオンに命じて雷に飛び掛らせました。

 

「ケルベリオン! あそこに……おもちゃがありますよ!」


 身体の雷を嬉しそうに周囲に撒き散らすと、ケルベリオンは近くの雷に飛びかかり……それとともに、わたしの出した電撃の魔法を浴びてさらに力倍増です。

 そして……


 よし! 噛み付いた!


 その直後、光のドームをタイミングよく雷に……


  その直後ズン! と言う身体の芯から震わせるような重い衝撃とともに、雷鳴をキャッチしました!


「きゃあ! やった!」


 思わず大声を出してしまい、慌てて口を押さえます。

 

「わわ、恥ずかしい。乙女とあろうものが。殿方がいたら大変でした……」


「ケルベリオン出して、電撃魔法ライトニングボルトも追加して、雷を捕獲しといて、乙女もなにもないでしょ……安心して。殿方とやらがいたら、間違いなく気を失ってるだろうから、見られることはないと思う」


 ※


 さてさて、無事に小屋に戻った私たちは早速キッチンで先ほどのドームを置きます。

 わわ、凄い……

 ドームの中でなにやらぐつぐつと光を撒き散らしながら凄い音を立ててます。


「これさ……ここで割ったら大惨事なんじゃない?」


「ですね。ではこちらの壷の中で」


 そう言うと、隅においてある魔力を帯びた特性の大きな壷の中へドームを落としました。

 すると、大地を震わせるような物凄い重低音を上げてドームは割れ、壷の底は中から目に突き刺さるような光と、香ばしい油の香りを立ち上らせるドロドロの液体で満たされました。


「おお~! すっごいいい香りじゃん!」


 セシルが歓声を上げています。

 私も思わず手を叩きました。

 本当は大声を上げたかったのですが、乙女としてそのようなはしたない事はしたくないのです。


「うん、じゃあこれは……『トール・ソース』と名づけましょう」


 そして、焼き終わったじゅうたん魚に、魔法をかけた特性のおたまでトール・ソースをすくい、上からとろーっとかけると、じゅわ~っと耳においしい音と、香ばしい香りを上げながら魚の表面がカリッカリになりました。


「おいしそう……」


 私たちはさっそく頂く事にしました。

 セシルが持ってきてくれた、果実酒がお供です。


「ああ……これは……」


「うん、最高ですね」



 さすが天の雷。

 脳の奥まで震わすようなこのコクと旨味……

 そして、相変わらず目に刺さるような神々しい光。

 なんだか文字通り「自然を頂いている」って感じです。

 

 そういえば、カリン先生は自分で栽培した野菜を食卓に出してはよく「自然を頂く気持ちを忘れないために栽培してるの」って言ってたな……

 ああ、段々カリン先生に会いたくなってきました。


 でも、そのときにはもうちょっと鍛錬してるふりをしとかないとですね……


 私たちはおいしい料理とお酒を楽しみながら、お互い積もる話にしばし時間を忘れて過ごしました。

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