雷鳴と旧友(前編)

 テーブルクロスはこんなものでいいかな。

 おっと、玄関も思ったより埃っぽいですね。

 掃除掃除っと………

 ふう、これで準備万端! って奴です。


 わたしはすっかり綺麗になった小屋の中を見回して、なんともいえない清清しさに浸っていました。

 今朝から雨雲が空を覆うあいにくの天気ですが、それでも気分は晴天。

 掃除って、始めるまでは億劫ですが、やり始めるとなんでこんなに深入りしちゃうんでしょうね。

 不思議です。


 で、なぜこんなにお掃除や模様替えを頑張っているのか。

 それは……1年ぶりの友達と会うのです。

 魔法使いの里での一番の親友。

 彼女にはどれだけ助けてもらったか……里を出るときも泣きながら心配してくれました。

 本当に私には過ぎた友。

 

 コツン、コツン。


 窓を何やらコツコツ叩く硬い音が聞こえたので、ふと目をやると虹色の小鳥さんがくちばしで窓を叩いています。


「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」


 パタパタと窓に近づきガチャリと開けると、虹色の小鳥さんは小屋の中に飛び込んで来て床の付近をくるくる旋回し、少しづつ煙を出しながらそれは小鳥さんの周囲を覆っていきました。

 そして……


「エミリア・ロー、お久しぶり!」


 さっきまで小鳥さんがいた場所には、肩までのびた一部銀髪が混じった栗色の髪にクルクル動く好奇心に満ちた瞳を持つ、紫色のローブを着た可愛らしい少女が立っていました。


「お久しぶりですね、セシル・ライト」


 ※


 お互いソファに座って、淹れたての紅茶を出すとセシルは満足そうに香りを楽しみながら口に運んだ。


「ほんと久しぶりだよね! いきなり魔女の里を出てからもう1年だっけ? も~、 ほんっとに会いたかったんだからね!」


「ごめんなさい、その節は」


「まあ、あそこのお局さんたちとあなたって、明らかに合わなかったから仕方ないけどさ。特に変換の魔法に目覚めてからは余計。器がちっちゃいんだよね」


 わたしはあいまいな笑顔で頷きました。

 その人たちの気持ちも分かるのです。

 ずっと血の滲む思いで鍛錬してきていたのに、いつもお菓子ばかり食べてる私があんな古代の書物に3行程度書かれていただけの「変換の魔法」を……


「いえ、むしろ申し訳ないのです。私なんかが」


「エミリアだからいいんだよ。他の魔法使いだったら絶対悪用したり、魔法使いの里をけしかけて他国に戦争とか仕掛けかねないからさ。ほら、魔法使いってずっと体よく利用されてきてるじゃん? みんな少なからず鬱憤溜まってるし」


「そうでしょうか……」


「そうだよ。普段はあんな隅っこの作物も生えないわ、ドラゴンの巣はゴロゴロあるわの所に追い立てられてさ。どこの国も既存の魔法は危険物みたいにガチガチに対策して。で、都合よくなったら報酬を餌に引っ張り出して。だから、変換の魔法を使えるようになったのがエミリアなのはきっと意味があるんだよ。あればっかりはどこの国も対策しようが無いからね。悪用してたらほんとに戦争だったよ」


 そうなんでしょうか。

 わたしが魔法使いの神様だったら、もっと賢くて皆さんの事を考えている方に、変換の魔法を使えるようにすると思います。

 例えばカリン先生のような……


「そういえばカリン先生はお元気ですか?」


「ああ、もう元気元気。全然変わってないよ! 相変わらずの鬼教官で、新米魔法使いを怖がらせてるよ。で、未だにあなたの事も言ってる」


「ええっ! わたしの事を」


「うんうん。『エミリア・ローはどうしてるかしらね。どうせ鍛錬もせずフラフラとそこらのものを変換してるんでしょうね! もしそうならとっちめてやる!』って」


「わわ……」


 わたしは思わず身をすくませました。

 カリン先生を怒らせるくらいなら、国の兵隊さんたちをまるっとお相手した方が気が楽です。

 あ、もちろん怪我させませんよ。


 セシルはそんなわたしを見て、クスクスと笑いました。


「まさに『愛』だよね。ほんっとカリン先生ってエミリア・ローの事、大好きなんだなぁ。羨ましいよ」


「いえいえ、そんな……」


 そう言って首を振ったとき、突然外から激しい雷鳴が鳴り響きました。

 あらあら、雨雲と思ったら雷雲だったようですね。


「おっ、結構凄いね。めちゃ光ってるよ。雷」


 セシルの言葉に外を見ると、なるほどピカピカと激しい光が。

 

「あ、そうだ。今日、じゅうたん魚を二匹、市場で買ってきたんだ。エミリアって好きだったよね?」


「はい! もちろん! 嬉しいな」


「へへっ、親友の好みはバッチリさ。さて、じゃあ早速私が料理を……って、あ! ラータ油買ってくるの忘れた!」


 あらあら。

 なんともいえない高貴な香りのラータ油。

 これを使ってのムニエルがじゅうたん魚には合ってて、私とセシルの好物なのです。


「大丈夫ですよ。私はどんな調理でもおいしく頂きます」


「いやいや! 今から買ってくるよ」


 そう言って立ち上がろうとするセシルを私は両手でとどめました。

 そうだ、あれっていけそうではないですか?


「ちょっとお出かけしてきます」


「え? どこに? 私も行く」


「危ないけど大丈夫ですか?」


「いいけど、どこいくのさ」


「あそこです」


 そう言って私は雷がピカピカ光る空を指差しました。

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